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「……もういいから、付いてくんなって」

「お願い、教えてよ。どういう意味なの?」

「……どういう意味って、何が」

「さっきの言葉だよ。どうして周りの人たちが倉元さんのことを見下してると思ったの? それが学校に来ない理由なの?」

「うるさいな。お前には関係ないだろ」

「関係あるよ。同じクラスで、同じ部活で、あなたと私は今日出会って、一緒に会話してる。私たちは関係あるんだよ」

「あなたとか、馴れ馴れしく言うな」

「じゃあなんて呼べば良いの? 『美月ちゃん』って呼ぼうか?」

「もうあっち行ってろよ」

 星見ヶ丘を出て、町中へと続く坂の途中、立ち去ろうとする倉元さんの後に付いて私は執拗に声をかけた。鬱陶しがられているのは分かっているが、それでも放っておけなかった。

 学級委員としてとか、天文部の部長としてとかじゃなく、もっと純粋に、倉元さんのことが放っておけないと感じた。

 彼女は自分を偽っている。そしてその態度の原因は、おそらく過去の出来事に由来している。

 詳しい事情は知らないが、きっと私たちは同じなのだ。彼女を放っておくことは、私自身を放っておくことと同じだ……と言えば、大袈裟になるだろうか。

 少し強引にでも距離を詰めて、彼女のことを知りたいと思った。

「ねえ、どこへ行くの?」

「どこでも良いだろ」

「良くないよ。行き先がないのに歩き続けても仕方がないでしょ」

「行き先がないなんて言ってないだろ。お前に言う必要がないって言ったんだよ。頭悪いな、お前」

「わ、私のどこが頭悪いのよ! 私がいつもテストでクラス上位の成績なこと、知らないんでしょ!」

「勉強だけ出来ても、お前は馬鹿なんだよ」

「どこがよ!」

 そこではたと倉元さんは立ち止まって、ゆっくりと振り向いた。私は息が上がって肩で呼吸しているような状況なのに、彼女は口を結んで悠々としている。どうやら体力はあちらの方があるらしい。

「お前、あたしを見て、なんであたしが世間と折り合いを付けないか分からないんだろ? それが馬鹿だって言うんだよ。ちょっと考えれば、分かりそうなもんだけどな」

 私は言葉に詰まってしまった。

 ひょっとしたら……という思いはずっと前からあった。一年の時、初めて彼女の姿を見かけた時からずっと。

「じゃあ、聞いても良い?」

 彼女は少し目を逸らした。直後に私の口からぶつけられるであろう言葉を、正面から受けるのを避けるように。

「倉元さんって、とっても綺麗な顔立ちだし、その髪の色と言い、ハーフ……とかなの?」

 この町に潜む形のない何かを睨み付けるように、彼女は視線をどこか遠くに据えたまま、小さく息を吐いた。はっきりした返事はしないが、私は肯定と捉えた。そしてそれこそが、彼女と周囲を隔てたうず高い壁の正体なのだろうと思った。

「ごめんね、私……倉元さんが抱えてきた生きづらさとか、そういうの、何にも知らないのに……」

 外国人やハーフの子供は、不当な差別やいじめを受けやすい。皆、自分と違う存在を恐れて排除しようとするのだ。中学三年にもなった今は、そういった人権問題などにもある程度敏感になれている私たちだけれど、小学生以下の幼いころの方が、そういった迫害はひどかったのではないだろうか。

 そう言えば倉元さんは転校してきたのだった。前の学校で一体何があったのだろう。彼女が世界のすべてを憎むように睨みながら生きている理由に、やっと思い至った気がした。

「ごめんね、本当に……。私、倉元さんが言うように、馬鹿だったよ。倉元さんが転校してきた理由も、何にも気付かなくって……。その髪も、校則違反なのにどうしてそんな色に染めてるんだろう、とか思っちゃってた。本当に、ごめんなさい……」

 自分の無理解を心から恥じながら、私は謝罪した。

 少しの沈黙の後、彼女は堪えきれなくなったように「ふふっ」と噴き出して、そのままケタケタ笑いだした。

「な、何……?」

 何だか分からないが、心底楽しそうに「あははっ」と笑い続けている。さっきはあんなに笑顔を隠そうとしたのに、ストッパーが外れたみたいに笑い続ける。意外と豪快に笑うんだな、倉元さんって。

「いやいや。なんか、勝手に頭の中でストーリーを組み立てはじめたな、と思って。お前、結構面白いな」

 途端に恥ずかしくなって、顔が真夏の砂浜みたいに熱くなってきた。自分の顔がどれだけ真っ赤になっているか、鏡があれば見てみたい。いや、見たくない。

「ま、間違ってた……?」

 半泣きになりながら尋ねる私に、倉元さんは白い歯を見せながら、これまでになく優しい声色で返す。

「いや、大体合ってるよ。あたし、ハーフだから。パパが日本人で、ママがフィンランドの人なんだ。生きづらいってのも否定しないけど、転校したのはパパの仕事の都合だから。あと、この髪は普通に染めてるだけなんだよね。地毛は茶色っぽい黒だよ」

 私はぽかんとしてしまう。

 何と答えれば良いのか分からない。

 結局この人は不良なのか、そうでもないのか……。髪を染めているのは校則違反だが、そもそも学校に来ない人に校則も何もない。

 まだ倉元美月という人物のことを上手く掴めないままでいるが、一つだけ分かったことがある。

「倉元さんって、黙ってるとクール美人って感じだけど、笑うと赤ちゃんみたいでかわいいね」

 感じたことをそのまま口に出してみた。ほんの十分ほど前には彼女のことが怖くてガタガタ震えていたとは思えないほど、今は素直に思ったことをうち明けられる。

「ぶっとばすぞ」

 もちろんそう返された。

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