32
遠い昔。祖父と二人でここに座って、星を見上げた。私はあの星は偽物だと言った。偽物だけど、綺麗だと言った。
そんなことが、なぜだか急に思い出された。
偽物――それは私の人生にこそ相応しい言葉だ。自分の本心を隠して、良い子ぶって、周りのご機嫌を取って。そんな私が初めて素のままの自分をさらけ出せた相手が美月だった。この友情だけは、偽物なんかじゃなかった。なかったはずなのに……。
ブルブルと震える腕を、その場に泣き崩れてしまった美月の肩へ持っていく。
ぽん、と肩を叩いて、適当な言葉を並べて慰めれば良いのに、どうしてもそれが出来なかった。
美月の肩に触れないギリギリの距離で、私の腕は止まってしまった。
「さわるなよ!」
癇癪を起こした子供みたいな涙声で美月は叫ぶ。
私は何も言えない。美月が泣きながら鼻をすする音だけが、月夜の下の空白を埋めた。
「……あたし、死のうと思った」
やがて口を開いたのは、美月の方だった。
「あたしの人生には、お前しかいないのに、そのお前に捨てられて、もう、生きてる意味が分かんないから、死のうと思った。……それで、ここを思い出した。ここから落ちれば、死ねるかなって」
ああ、同じだったんだ。美月も、私も、同じだったんだ。
「でも、ここに来ると、死にたくなくなった。だって、お前と一緒に星を見たのもここだったから。あたしの人生で、一番楽しかった想い出の場所だもん。死ぬためにここへ来たのに、ここに来ると生きたくなった」
美月は自分の膝に顔をうずめたまま、もう一度ぐずりと鼻をすすり上げた。
「それでも、毎晩来たよ。ここに来る理由が、だんだん変わっていった。いつの間にか、お前を探すようになった。いつかみたいに、ここにお前がいるんじゃないかって気がして、毎晩探しに来た。……今日、やっと会えた」
美月の声に、少しだけ嬉しそうな響きが加わった。
「美月、聞いて。あのね……」
涙の味を体全体で噛みしめながら、私は美月の前に座って、同じ高さに目線を合わせて、小刻みに震える声で話した。
これまでの、私のすべてを。
昔はやんちゃだったこと。祖父のことが大好きだったこと。この星見ヶ丘での過ち。そして祖父を殺してしまったこと。それから、良い子として生きるように努めたこと、美月と出会って初めて素の自分を見せられたこと、その後、学力の低下と友達関係の問題でどうすれば良いのか分からなくなったこと。そのせいで美月にキツく当たってしまったこと。そして今日、テストでカンニングをしてしまったこと、親の喧嘩を聞いたこと、思い詰めた果てに、ここで死のうとしたこと……。
すべてを、すべてを話した。
美月はただ黙って聞いてくれた。
膝にうずめた顔から、泣き腫らした赤い目がちらちらと見えた。
そして私は、美月の手を握った。美月の両手を、私の両手で握り合わせた。美月の手は震えていた。私の手も震えていた。
「あのね、美月。私の人生は、嘘ばっかりだったよ。良い子のふりして、頭も悪いのに優等生ぶって、誰にも本心を見せずに、嘘で固めた『入宮小夜子』を演じてた。どうしようもないぐらいの嘘つきだよ」
美月は顔を上げた。真正面から見つめ合う。逃げずに、真っすぐ見つめ合う。
「でもね、こんな私でも、一つだけ本当のことを言えるよ。信じてもらえないかもしれないけど、どうか、聞いて」
二人の手の震えが、一つに重なった気がした。
「美月。美月は、私にとって、一番の親友だよ。本当に、本当に、大好きだよ」
私の目を見つめたまま、美月はまたぐしゃぐしゃと泣きだした。私も泣いた。そして心から、美月と出会えて良かったと、そう思った。
「ごめんね、ごめんね。大好き」
しばらくそのまま、手を握り合い、共に泣いたが、やがて美月が「へへっ」と小さく笑った。
「二人でここに来るの、あの日以来だな」
「……ああ、そうだね。初めて会った日だよね」
「あの時のお前、めちゃめちゃ強引だった」
「もう、今さら蒸し返さないでよ。自分でも思い出すと恥ずかしくなるんだから」
泣き腫らした顔を上げて、美月は空を仰いだ。つられて、私も見上げる。
「今日は月がでかいから、星、あんまり見えないな」
「良いんだよ。月が綺麗なら、それで良い」
いつだって夜を照らしてくれた、美しい月の光。
「星は、良いね。地上には、私のことを大切に想ってくれる人なんてもう一人もいないけど、それでも、星空が綺麗だから、それだけの理由で、生きたいと思える」
「……小夜子、お前は本当に馬鹿だな」
「え? な、何よ! 何が馬鹿なのよ」
「自分のことを大切に想ってくれる人が一人もいないって、本気で言ってるのか?」
「だって、事実だよ」
「一人もいないわけないだろ」
「……なんで?」
「あたしがいるだろ」
……ああ、そっか。
そうだよね。そんな当たり前のことを忘れていたなんて、私は本当に馬鹿だ。
「ははっ! あははははっ!」
自分でもよく分からないが、私は笑いだした。二人きりの時に美月が見せるような、豪快な笑い方。
「あははははっ!」
美月はぽかんとしていたが、やがて一緒になって笑いだす。
二人で大口を開けて共に笑う。二人とも、目は真っ赤に腫れ上がっているし、顔には涙の跡が残っているが、まるで悩みなんか何一つないみたいに、大声で笑い合った。
私たちの声が、遠い星空へ吸われていく。
白々とした月明かりに、美月の髪がキラキラと光った。
ああ、この色だ。
私はずっと、この色を追いかけ続けてきたんだ。
おじいちゃん。お星さまは、やっぱり金色だったよ。




