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「なんでこんなことするの……? ハッ。お前、よくその言葉が言えたな」
目に涙を溜めたまま、口角だけ無理に引き上げて、嘲るような笑いをぎこちなく作ってみせた美月は、私の言葉を何度も繰り返した。
「なんでこんなことするの、なんでこんなことするの……」
「美月……」
「なんでこんなことするの……? その言葉を、この一ヶ月、あたしがどれだけ、どれだけお前に言いたかったか。小夜子……裏切ったのは、お前だろうが!」
涙声で叫ぶ美月の言葉が、私の心臓を突き刺す。
私は、何も言えない。
「なんでこんなことするの? あたしが何をしたの? あたしたち、友達だったよね? 親友だったよね? あたしがお前に、どれだけ聞きたかったと思う!? 毎日連絡しようとしたよ。文字を打ち込んで、その度消して。だって、なんて聞けば良いのか分からない。お前がなんで怒ってるのかさえよく分かってないのに、どうやって謝れば良いのかなんて分からない。この一ヶ月、毎日、毎日、朝から晩まで、夢の中でも、ずっと、ずっと、あたしは心の中で、お前に聞き続けたよ。なんでこんなことするの? って。でもお前、答えてくれなかった。あたしなんかもう、友達じゃないと思ってるんだろ!」
「……ち、違う。美月は、私の一番の親友で……」
「嘘を付くな!」
「本当だよ……」
「だったらなんで、裏切ったんだよ!」
「……わ、私は、私はただ……」
「結局お前も、あたしのこと見下してたんだろ! 『かわいそうな倉元さん』にちょっと優しくしてあげようって、そのぐらいの感覚だったんだろ!」
苦しそうに肩を上下させる美月に、私は何と声をかければ良いのだろう。
美月がこんなにも苦しんでいたことに、どうして今の今まで気付かなかったんだろう。
私は、私は一体……。
「だから言ったろ。あたしは、お前とは違うんだって」
「……違うって、何が」
「何もかもだよ」
「それじゃ、分かんないよ。言ってくれなきゃ、分かんないよ」
「だから、何もかもだよ。お前が持ってるもの、持ってて当たり前だと思ってるもの、あたしは全部持ってないんだよ。親も、信頼してくれる大人も、世間からの好意的な目も、学校での居場所も。……それに、友達も」
美月の悲しげな顔が、月光と一つになって、儚く揺れた。
「お前にとっては友達なんて使い捨てなんだろうな。新しい友達が出来ても、邪魔になったら捨てれば良いと思ってるんだろ」
「私はそんなことしない!」
「実際にしただろうが!」
美月の体が、そして心が、震えている。
「お前にとってあたしは、一時の遊び道具でしかなかったんだろ。だから、夏休みが終わって学校が始まったら、もういらないって、捨てたんだろ」
……ああ、そうだ。美月の言うとおりだ。私は美月を裏切ったんだ。一番の親友を、つまらない世間体だのプライドだののために、捨ててしまったんだ。
「いつまでも続くって、あたしは思ってた。だって、『親友』だから」
美月の頬を涙がつたう。
同じように、私の頬にも涙が。
でも、二人の涙は別物なんだ。私の苦しみなんて、美月の苦しみに比べれば、本当にちっぽけなものだったんだろう。美月をそこまで追い詰めたのは、私なんだ。
美月は再び声を張り上げて、泣きながら叫ぶ。
「お前には、何でもある! 信頼も、実績も、将来も! 親にも愛されてて、それに、友達なんて、数えきれないほどいるんだろ! だから、その中の一人ぐらいいなくなっても構わないって、そう思ってるんだろ! でもあたしは違う! あたしには何にもない! あたしには、あたしには、お前しかいないもん!」
美月はボロボロと泣き崩れる。
――私は一体、何をしていたんだ。
大切な親友を裏切って、それで、一体何を得た?
「初めてだったもん……。あたしのこと、友達だって言ってくれたのは。あたしのこと、大切にしてくれたのは」
どこで、何を、間違えたんだろう。何より大事なものを捨てて、私は何を探していたんだろう。
「あたしがどんなに学校が嫌だったか、分かるか? 周りはみんな見下してくる。何もしてないのにいじめてくる。それが嫌だから強気な態度を取ったら、今度はそれを理由に嫌われる……」
美月が以前語ってくれた小学生時代の話を思い出す。そうだった。美月のあの態度には、明確な理由があるんだった。
それなのに私は美月に対して、学校に来いとか、あの目付きをやめろとか、周りの子たちと仲良くしろとか、簡単そうに言ってしまった。
「あたし、ほんとに嫌だった。学校に行く前の晩は寝れなかったし、当日の朝は吐きそうになった。またいじめられるんじゃないかって。あたしのすべてが否定されるんじゃないかって。毎日なんか到底無理だけど、でも、それでも、週に一回でも、頑張って学校に行ったよ。だって、学校に行けば、お前がいるから」
涙が止めどもなく溢れてくる。だけどこんなものは、偽りの涙だ。美月の純粋な悲しみの涙とは違う、自分勝手な、偽物の涙。
「お前に無視された日、あたしがどれだけ辛かったか。このまま窓から飛び降りて死んでやろうかって思ったよ。なんでこんなことするの? って、お前に聞けなくて、次の日にも、吐き気を抑えながら登校した。お前が喜んでくれるかなって思って、星座の本を鞄に入れて」
息が出来ないほど苦しい。けれど美月は、この何倍の苦しみの中でもがいていたのだろう。
「お前は卑怯だよ。お前は卑怯だ。あたしは一人で生きていく覚悟が出来てたんだ。それなのに、お前は半端な優しさで、あたしに希望を見せた。そして突き放した。お前は卑怯だよ。あたしは友達なんていらないと思って生きてきたのに」
美月は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。これまでの苦しみのすべてを吐き出すように、涙があふれて、あふれて、止まらない。
「あたし、お前と出会って、お前に優しくされて、お前に友達だって言われて、初めて気付いたよ。あぁ、あたし、ほんとは友達欲しかったんだって……。何もかも、全部、ぜんぶ、お前のせいだよ小夜子」
美月はそのまま泣き崩れてしまった。
赤ちゃんみたいに泣きじゃくる姿に、今こそ、お母さんみたいに近寄って、優しい言葉をかけなきゃ。
なのに、体が震えて動かない。
言わなくちゃ。
美月、ごめんね、許して――。
言わなくちゃ。
声が出ない。どんな言葉も嘘になる気がする。
頬をつたった涙が口の中にまで入ってきて、喉の奥に詰まったすべての言葉をせき止めた。
グレープフルーツより、苦い味。




