表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/34

30

 星見ヶ丘にはいつものように人影一つ見当たらず、快晴の空から降る陽射しが荒れた地面をキラキラと彩るさまが、かえってこの場所の寂しさを誇張させているようだったが、今の私にはそれがどこか心地よく感じられた。

 木枠を乗り越え、ロープの先の崖を見下ろす。

 本当に高い。町からここへはだらだらと長い上り坂が続くだけなのに、ここまでたどり着くと一気に垂直に真下まで落ちる地形は、私の人生そのものじゃないかと気付いて、口から乾いた笑いが漏れた。

 何度も星を見るためにやって来たこの場所に、今は死ぬために来たのだ。私が祖父を殺したのもある意味ではこの場所だったから、私の死に場所には相応しいのかもしれない。

 私のことを大切に想ってくれる人など、もうこの世に誰一人いない。生きている意味が何一つない。

 しかしいざロープを跨いで崖際まで行こうとすると、心臓が破裂しそうなぐらい激しく騒ぎだして、どうしても足が進まない。

 臆病者。生きる意味などないのに、死ぬのも怖いのか。自分は祖父を殺したくせに。

 そうだ、遺書を書こう。

 ふとそう思い立って、鞄からノートと筆記具を取り出し、まだ飛び降りないことの言い訳をするように、じっくりと時間をかけて文面を考えた。

『お母さん、お父さん、ごめんなさい。私は生まれてくるべきではありませんでした。邪魔な私が死んだ後、二人が仲直りしてくれることを祈っています。それから、私と仲良くしてくれた友達に、私を慕ってくれた後輩たちに、私を信頼してくれた先生方に、心から謝りたいです。私は、あなたたちが信じてくれたような人ではありません。私は、』

 視界が滲んで見えなくなってくる。ノートが雨粒を受けたように濡れた。だけど空は悲しいほど晴れわたっている。

 これだけ晴れていたら、夜は星が綺麗だろうな。今日は満月だから小さな星は見えづらいかもしれないけれど、それなら月見をすれば良い。そうだ、せっかく星見ヶ丘に来たんだ。どうせなら夜までここにいて、星を見て、それから死のう。

 それから死のう。


 陽はゆっくりと沈んでいき、町がオレンジ色の夕焼けに染められて、それから夜が近付いて、家々の明かりが灯りはじめたころには、美しい満月が空の中ほどまで上っていた。

 私の人生も、あと少し。まさか十五年で終わるとは思わなかったな。

 この広い空の下で、何もかもを失って、本当に一人きり。私は静かに月を眺めて、心が完全に落ち着くのを待っていた。

 もうじき死ねる、もうじき死ねる。さあ、今行くんだ! ロープを跨いで、もう一歩進むんだ!

 自分に対して号令をかけるように、心の中で叫ぶ。

 足が震えている。やっぱり怖い。怖くて仕方がない。でも、やらなきゃ。生きるわけにはいかないんだから。

 目を閉じて、大きく息を吸い込んで、気を落ち着かせる。そして――。

「小夜子……?」

 後ろから声がした。

 振り向かなくても分かる。

 この声。私の人生の中で最も美しく輝くひと夏に、毎日聞いたあの声。

「何してんだよ」

 なんで今来るの。どうしてこんなところに。どうして、あなたはいつも……。

「ねえ、美月。私、もう、ダメみたい」

 振り向いてはいけない。決心が鈍るから。

 分かっているのに、私は振り向いてしまった。

 美月。いつもどおりの美月だ。私の、一番の親友。

「美月!」

 その姿を見た途端、懸命に抑え続けてきた感情が決壊して、涙がボロボロと流れてきた。

「助けて……助けて美月!」

 もつれる足を必死に動かして彼女の元まで走った。そして抱き付いて、わんわんと泣いた。

「美月、美月! 私の、一番の親友! 美月だけだよ、私のことを見捨てないでいてくれるのは……!」

 泣きながら、私は叫んだ。

 なぜ今まで忘れていたんだろう。世間での評価がどうであれ、美月には関係ないことじゃないか。私がカンニングしようが、それがバレて評判を落とそうが、そんなことで美月は私を嫌いになったりしない。そもそもカンニングの件を知りもしないだろう。何があっても美月だけは、私の味方に違いない。

「美月!」

 強く、強く、抱き付いた。この手が振りほどかれることはないと信じた。なぜなら私たちは、親友だから。

 そして私の思う『友情』がどれほど身勝手で独りよがりのものだったか、次の瞬間に知った。

「さわるな!」

 叫ぶと同時に、美月は私の両肩を叩き付けるように押してきた。

 私はそのまま後ろに倒れ込む。

「……え?」

 呆然として、尻もちをついたまま美月を見上げる。

 金色の髪が、月明かりに照らされて輝いている。

「美月……? な、なんで、こんなことするの……?」

 美月は……泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ