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倉元美月。
学年きっての問題児として有名な女の子。
一年の二学期に転校してきて、腰まで届く派手な金髪と映画女優のようなぱっちりした目鼻立ちで、その日のうちに学校中の話題となった。
しかし皆が羨望や憧憬の念を込めて彼女に向けた眼差しは、ものの一週間も経たないうちに、失望あるいは嫌悪に意味合いを変えてしまった。
近付くと敵意をむき出しにした目で睨まれる――とか、話しかけても無視されるしひどい時には舌打ちされる――とか、容姿を褒めたらなぜか逆上された――とか。そんな噂が爆風のように広がって、クラスの違う私の元まで毎日届けられる有り様だった。
彼女の姿は遠目に二、三度見たことがある程度だったが、噂どおりの派手な美貌と噂以上の気難しげな風貌に、本能的な恐怖とでも言うべきものを感じて、すっかり竦んでしまった。
勉強もまともにせず、友達も作らず、いつも一人で見えない何かに戦いを挑むように世界を睨み付けていた彼女は、一年の三学期ごろから学校を休みがちになり、二年になるころには完全に不登校になってしまった。
正直に言うと、倉元美月が学校に来なくなったという話を聞いた時、私は安堵した。『優等生』であり続けるためには、『不良』とは極力距離を置かなければならない。これまで私は彼女と適切な距離……つまり一切関わり合いにならない距離を保ってきたが、その安全地帯はいつ侵害されてもおかしくなかったのだ。
なぜなら、彼女もまた天文部員だったから。
うちの学校では、外で習い事をしている子や身体上の都合で継続的な活動が困難な子を除き、生徒はいずれかの部活動に入ることを強制されていた。それは転校生であった彼女も例外ではなかった。なぜ彼女が数ある部活動の中でもここを選んだのかは分からないが、ともかく天文部の部員名簿の末端には、倉元美月というある種禁忌的な名前が整然と並べられていた。
当然……と言うべきか、彼女が実際に部室に顔を出したことは一度もない。当然、私は一日も欠かさずまっとうに活動を続けていたが、いつかひょっこりとあの長い金髪を揺らして彼女が現れるのではないかという恐怖が、この部室の空気をわずかに淀んだものにしていたのだった。
その彼女が不登校になってからは、もう関わり合いになる可能性もないと思って安心していたのだが……。
「ほら、今年から入宮さんと同じクラスになったんだよね? まだ登校してないみたいだから、クラスメイトって実感も薄いかもしれないけど……」
竹田先生はいつものようにおっとりとした口調で話す。私に気を遣っているようにも見えるが、何も気にしていないようにも見える。
「それでね、私も何度も倉元さんのお家に伺ったし、担任の先生も行ったらしいんだけどね。全然出てくれなくて。そもそも親が不在? みたいなことも聞いたし。あ、不在って言っても、完全にいないわけじゃなくて、つまりお仕事の都合で……」
竹田先生の要領を得ない話を聞いているうちに、私の首筋をつたって流れた汗は、春の陽気のせいではないだろう。
「結局ね、倉元さんにしても、同級生の方がいくらか話しやすいだろうと思うの。私たち教師には心を開いてくれないから。だから、同じクラスだし、同じ部活の部長だし、やっぱり入宮さんに頼むのが一番かなって」
「えっ」
思わず上ずった声が出た。話の流れがよく分からないのだけれど、これはつまり……。
「私が、倉元さんの家まで行って……登校するように、説得する……って、ことですか?」
否定してくれることを願いながら、途切れ途切れに尋ねた私の言葉を受けて、
「そう!」
と、竹田先生は今日一番元気な声で返した。
「まぁ、無理にとは言わないからね。入宮さんとはタイプの違う子みたいだから、ちょっと話しづらいかもしれないし」
と付け足したところを見ると、一応気を遣ってくれてはいるらしいが……。
彼女が心を開いてくれないのは同級生に対しても同じだろう。私が行ったところで何の成果も生まれるとは思えない。
「こんなこと、入宮さんにしか頼めないから」
しかしそう言われると、断るわけにはいかなくなってくる。ここで断れば、私は『優等生』の表札を没収されてしまうかもしれない。嫌だ。それだけは、嫌だ。
結局、なし崩し的に引き受けてしまった。
私の顔が露骨に引きつってでもいたのか、竹田先生はいかにも心配そうに、
「本当に大丈夫? 頼んじゃった私が言うのもなんだけど、こんなお願い、無理して受けてくれなくても良いんだよ?」
と言ってきたが、私はわざとらしく声を高めて、
「結果は保証出来ませんけど、とりあえずやってみます。私も倉元さんのことはずっと心配していたので」
などと言ってのけ、一礼してから部室を後にした。
彼女が不登校になった時に喜んだ身で、よくもまあいけしゃあしゃあと……と、自分で自分を蔑んでしまうが、私にはあんな風に答える他になかったのだ。
教室に戻ってからは、ため息を抑えるのに苦労した。午後の授業で聞く教師の声は、春風のように私の頭を冷ややかにすり抜けていくばかりで、言葉として正確に捉えることが出来なかった。
ふと目をやると、ガラス窓には私の姿が薄ぼんやりと映っていた。校則にきっちり合わせた肩より上までの黒い髪が、何かを叫んでいるように見えた気がしたが、その叫び声すらも私の耳では聞きとれなかった。




