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 翌日も美月は登校してきた。二日連続で来るのは初めてだ。

 もしかして、昨日の私の態度に効果があったのだろうか。やはりこれまで過保護すぎたのだ。多少突き放してやる方が、本人も自立出来るのだろう。それなら、今日も同じようにしよう。

 そう決めると、途端に気持ちがスッキリした。私が美月と触れ合わないことが美月のためにもなるのだから、何も罪悪感のようなものを感じる必要もない。ただ普通に、以前と同じような私の日常を送れば良いのだ。

 私の意思に呼応するように、休憩時間になるとまず遥香ちゃんが話しかけてきた。それを見て他の友人たちも近付いてくるようになり、一度は失われてしまった私たちの日常風景は、こうしてあっさりと取り戻された。

 体育の時間には二人一組になるように言われたが、すぐに遥香ちゃんが「小夜子ちゃん、一緒に組も!」と言ってきてくれた。もちろん私は「良いよー」と即答した。

 美月のことが少しだけ心配になって様子を窺ってみたが、何とか他の子と組ませてもらったようで安心した。やっぱり私が過剰に世話を焼かなくても大丈夫なんだ。

 ところがその後、給食後のお昼休みに、やはり問題が起こっていたことを知らされた。

 私を呼び出してきたのは、先ほど体育で美月と組んでいた子だった。ほとんど話したことはないし、いかにも私とは性格が合わなそうな雰囲気で、正直苦手な子だったので、嫌な予感しかしなかった。

 予感は的中して、二人きりになるとすぐに怒鳴り付けてきた。

「なんでお前が組まねーんだよ!」

 あまりにも唐突な台詞だが、何を言われているのかはすぐに分かった。

「お前がアイツのお世話係だろ!? なんでこっちに押し付けてくるんだよ!」

 美月と組まされたことが余程不満らしい。

「目付き悪いし、まともにやる気ないし、だったら帰れば良いのに、そもそもなんで来てんだよ。お前のせいだろ!」

 意味が分からない。学生が学校に来ることに『なんで来ている』も何もないだろう。それが私のせいになるのはもっと意味が分からない。

 悔しくてたまらない。私は何も悪いことなんてしていないのに、こんな風に頭ごなしに怒鳴り付けられるなんて。だけど、怖くて言い返せない。私にはそんな勇気はない。ただいつものように、作り笑いを浮かべて、相手のご機嫌を窺いながらこの場をやり過ごすだけ。そうやって生きてきたから、私にはそれしか出来ない。

「ごめんごめん、次からは私が組むから。ほんとに、ごめんね。倉元さんにも、私から言っとくから……」

 相手はわざと聞こえるように舌打ちして去っていった。

 教室に戻ると、友人たちが心配して「何の用だったの?」と聞いてきたが、「いや、大したことじゃないよ。体育のことで、ちょっとした相談」と曖昧に答えた。

 美月は今も席に座って、何をするでもなく一人きりでぼーっとしている。

 その姿を見ていると、無性に腹が立ってきた。

 そもそも美月が他の人たちともまともに関わっていれば、私もこんな気苦労を負わずに済んだのに。

 さっきの言葉が頭の中で何度も反響する。

『お前のせいだろ!』

 違う。私のせいじゃない。美月のせいだ。

 何もかも、何もかもそう。全部美月のせいだ。

 私がこんなに気を揉んでいるのに、当事者の美月は素知らぬ顔でぼけっとしている。美月が他の子たちと仲良くすれば、それだけですべて解決するはずなのに。

 午後の授業中も、胃の底の方で凝固した鬱憤が私の心をギチギチと(さいな)み続けた。気持ちが落ち着かないせいで教師の言葉が耳に入ってこない。ノートを取っていても書いている文字が頭に入ってこない。ただでさえ学力が落ちて大変な時期なのに、こんなことでどうする。そう思うと余計にイライラしてくる悪循環だった。

 こんな時こそ友達と楽しく話して気を晴らすべきだったが、生憎この日は学級委員としての仕事があって少しだけ居残りしなければならなかった。

「じゃあ先に帰るね。バイバーイ」

 遥香ちゃんたちに手を振り返して、気持ちを落ち着けるために自分に言い聞かせる。怒っても仕方がない。落ち着いて、落ち着いて……。

 その時美月はまだ座ったままだった。何をしているのだろうか。いつまで待っても、彼女に対して『一緒に帰ろう』と声をかける人などいるはずもない。いるはずもないものをそれでも待ち続けているのだろうか。美月の考えることは分からない。


 二十分程度の雑務を終えてようやく解放された時には、すでに部活動の下級生以外はほとんどが下校しており、まだ明るい時間帯だったが、誰もいない教室にはしっとりとした寂寥(せきりょう)の空気が感じられた。

 美月もすでに帰ったようだ。おそらくは、一人で。

 私も手早く帰り支度を済ませて、教室の扉を閉め、少し足早に廊下を歩く。

 すぐにでも帰って勉強をしなくては。あの小テストの日以来、私はずっと焦っている。皆に追い付くように、もっともっと勉強をしなければいけない。遊んでいる暇などないのだ。

 あの日々が思い出される。毎日毎日、美月と遊び回った夏休み。つい二週間ほど前だが、遠い過去のことのように思える。楽しかった。本当に楽しい日々だった。でも……無駄な日々だった。

 もしも美月と出会わなかったら。私は夏休みの間も毎日勉強していただろう。そしてその合間に遥香ちゃんたちに海に誘われて、勉学に支障をきたさない程度に楽しく遊んだだろう。二学期が始まっても、友達関係に何の問題もなく、『お前のせいだろ!』なんて理不尽に怒鳴られることもなく、小テストでもそれなりの点数を取って、何の不安もない生活を送れただろう。美月と出会いさえしなければ。

 美月を大切に思う気持ちと、美月を疎ましく思う気持ちが、いくらかの矛盾をはらみながらも、それぞれ確固たる意思を持って私の心の中に()み着いていた。

 私はこれから、彼女とどう向き合えば良いのか。

 考えるほどに分からなくなる。頭がモヤモヤして、イライラしてくる。

 自分で自分の首を締めているような感覚。締める苦しみと、締められる苦しみが同時に襲ってくる。苦しい。息がしづらい。

 この苦しみから逃げるように、さらに足を速めて帰り道を急ぐ。

 その途中で、ふと、道の端に見慣れた人影を見つけた。

 校則違反の派手な金髪が、秋風に揺られてさやさやと光っていた。

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