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 二週間ぶりに登校してきた美月は、ギラギラした目で教室内を見回すと、そのまま扉の近くでじっと佇んでいた。

 美月の姿を認めたクラスメイトたちの視線が、今度は私の方に移ってくるのを感じる。

 普段なら、私がすぐさま美月の元まで行って道案内でもするように席まで連れていくところだが、今日の私はそうしなかった。

 ただ自分の席で静かに待った。

 いつものように鋭い目で教室内を睨み付けている美月の姿が、他の子たちにはどのように映っているのか知らないが、私には分かる。彼女は今困惑しているのだ。私が近寄ってこないことに、動揺してどうすれば良いのか分からなくなっているのだ。

 しかし私は動かない。

 これは美月のためでもあるのだ。

 これまで私は美月に対して過保護すぎた。その結果が私の孤立であり、美月の孤立でもあった。適切な距離を保つことで、二人だけの閉じた世界を開いて、周囲を受け入れる必要があるのだ。私が美月と距離を置くことは、決して裏切りなどではなく、むしろ彼女のためを思ってのことなのだ。

 半ば言い訳じみたこの理屈が、一週間かけて考え出した私なりの結論であった。

 しばらく立ち尽くしていた美月は、諦めたように歩きだし、そのまま自分の席に座ってしまった。私の元へ挨拶に来るかと待ち構えていたのに、拍子抜けしてしまう。

 美月の性格を考えると仕方がないか。普段のスマートフォン越しの会話も、常に私の方からの発信であって、向こうから話しかけてくることはほとんどない。特に形式ばった挨拶などは、恥ずかしいのか何なのか知らないが完全に受け身で、こちらの『おはよう』に対して『うん』とだけ返してくるのもザラだった。それが美月らしさでもあるが、正直、挨拶ぐらいまともにすれば良いのに……なんて思ってしまう。

 結局朝の挨拶もせずに始まったこの日は、当初私が想定していた以上に、美月と関わる機会がないまま過ぎていった。

 こちらから話しかけない限り、向こうからは全く近寄ってこないのだ。

 私は美月のことを親友だと思っているが、はたして美月は私のことをどう思っているのだろうか。本当に友情を感じているのなら、自分から接近してくるものではないのか。

 私はあくまでも過保護すぎる状態から脱却しようとしただけで、何も無視するつもりなどなかったのだが、こうなってくると私の方もほとんど意地だ。向こうから話しかけてくるまでこちらからは何も言わない。

 そう決めてしまうと、私たちの会話の機会はもはや断絶されたも同然だった。休憩時間には、私は一人で勉強に励んで、美月の方はただただ暇そうに席に座ったままぼんやりと天井を眺め続けていた。

 終礼後、いい加減に美月が声をかけてくるかと思って私はわざとらしくのんびりして待っていたが、美月の方も何かを待っているかのようにいつまでも動きださなかった。

 全く不毛な意地の張り合い。本当に何をやっているんだろう私たちは。

 途端に馬鹿馬鹿しくなってきて、美月にいつもの調子で声をかけようとしたその時、後ろから肩をトントンと叩かれた。

「ね、小夜子ちゃん。一緒に帰ろ」

 遠慮がちに微笑む遥香ちゃんの姿がそこにはあった。遥香ちゃんの方から声をかけてくるのは、スーパーで遭遇したあの日以来だ。

 私たちはほぼ同時に美月の方をちらっと見る。美月は席に座ったままうなだれてじっとしている。

 心臓が鼓動を速めて、私の心が私の頭に対して警鐘を鳴らす。

 ――間違えるな。

 今この瞬間は、私の人生において重要な、極めて重要な岐路とも言うべき瞬間に違いない。ここで選択を誤れば、これまでの努力が水の泡となり、手に入ったはずの輝かしい未来さえも棒に振ってしまうだろう。

 間違えるな。本当に大切にするべきなのはどちらかを。

 美月を選べば、美月という一人の友人が手に入るが、その代わりに親の愛情も教師の信頼も世間の評判も何もかも不意にすることになるだろう。

 間違えるな。正しい選択を取るんだ。

「良いよ、遥香ちゃん。一緒に帰ろう!」

 急いで荷物をまとめて、二人で並んで歩いて、教室を出る。

 扉を閉める瞬間に、ちらりと振り返ってみた。

 美月と目が合った。

 私たちを隔てた机数個ぶん程度の距離が、この時に限っては不思議なほど遠く感じられて、美月の表情を読み取ることを困難にさせた。しかし目が合ったことだけは確かだった。そして目が合ったということは、自分を置いて帰っていく私の姿を美月は見ていたということもまた確かだった。

 心が鳴らす警鐘は、鳴り止むどころかさらに勢いを増して、私の全身にめぐる血を恐ろしい勢いで加速させた。


 遥香ちゃんと二人で歩いた帰り道は、まだ多少のぎこちなさはあったものの、それなりに会話も弾み、表面上はかつての距離感に戻れたようだった。

 他の友達が用事で一緒に帰れなかったので、今日は一人で寂しく帰ろうかと思っていたが、私がまだ残っているのを見つけて声をかけた……ということらしい。

「小夜子ちゃん、あの人と一緒に帰るのかなって思ってたから」

 囁くような声には、危機を乗り越えた後にも似た安堵の響きがあった。

「ずっと一緒にいるわけじゃないよ」

 私はあっさりと言ってみせる。

 私の嘘つき。夏休み中、ずっと二人で遊んでいたのに。

「そうなんだ……。なんか、あの人が来るようになってから、小夜子ちゃん、遠くに行っちゃった気がして寂しかったんだけど」

「えー、そうだったの? 私は全然、そんなことないんだけどな。美月……倉元さんのことは、学級委員として気にかけてるって感じだし」

 嘘つき。嘘つき。本当は一番の親友なのに。

「良かった。安心したよ。あんな人と付き合ったりして、小夜子ちゃんがグレちゃったんじゃないかってみんな心配してたから」

「あはは、やめてよー! そんなわけないでしょ。倉元さんのこと、本当はよく知らないんだよね」

 なんで、どうして。どうして私はこんな嘘をついているんだろう。

「あの人、なんか嫌な感じだよね。愛想悪いし、いつも睨んでくるし。絶対周りのこと見下してるよね」

 私が美月を突き放したことで同意を得たと思ったのか、遥香ちゃんは露骨な悪口を言いだした。滅多にこんなことを言う子ではないのだけれど……。美月に対しては相当思うところがあったのだろうか。

「あー……まあ、どうなんだろうね」

 嘘を言わなければ自分を保てない。けれど、大切な親友をこれ以上貶めることも、私には出来なかった。ただ曖昧に濁して、悪口の雨が降り止むのを待った。

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