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 九月に入り二学期が始まったが、美月の登校頻度は相変わらずだった。

 始業式の日に姿を見せたので、二学期は真面目に来るつもりなのかと期待もしたが、翌日から一週間以上にわたって休み続けた。二週間後に再び登校してきたわけだが、その間に私の方に二つの問題が生じていた。

 一つ目はやはり、友人関係である。

 夏休み中に直接会うことは一度もなく、スマートフォン越しのやり取りすら滞っていた上に、ようやく再会出来た日……つまり始業式の日にまたしても美月の世話に追われていたので、まともに挨拶さえ交わせなかった。

 彼女たちはみんなで一緒に海へ行ったらしい。これまでなら私も誘われたはずなのに、何の連絡も受けなかった。気が付けば仲良しグループから外されたような感じがある。

 美月が欠席している間も、この溝が埋められることはなかった。決して敵意を持って攻撃してくるわけではないが、どこか一線引いたような、よそよそしい態度が続けられた。こちらから話しかけると会話はしてくれるが、向こうから話しかけてくることはない。

 この態度の理由はじきに判然とした。

 ある日、体育の授業前の着替えで遥香ちゃんと隣になったので、軽く世間話のようなものをした。お互いに相手の顔色を窺いながら恐る恐るといった話し方で、不思議な緊張感のようなものさえ感じられた。前まではこんな空気じゃなかったのに。

 会話が途切れた時に、何か話さなければと焦って、遥香ちゃんが日焼けしているのを指して「結構焼けたね」と咄嗟に言ったのだが、これが失敗だった。

 遥香ちゃんが秘密を暴き立てられたように慌てているのを見て、今の自分の発言に『私を誘わずに海へ行った』ことへの当て付けのようなものを汲み取られたのだと気が付いた。

「あ、ごめん。小夜子ちゃんも誘おうって、みんな言ったんだけど。私もそう思ったけど、でも」

 遥香ちゃんは罪の告白でもするように、一呼吸置いて息を整える。

「小夜子ちゃんを誘ったら、多分、あの人も連れてくるからって……。みんなほんとは、小夜子ちゃんのこと呼びたかったんだけど……」

 そこまで話して数秒黙してから、「もうすぐチャイム鳴るね、急がなきゃ!」と早口で言って更衣室を出ていった。

 これが、みんなが私によそよそしい態度を取るようになった理由らしい。

 遥香ちゃんの言葉を素直に受け止めるなら、私のことを嫌いになったわけではなく、私と仲良くすることで『あの人』とも近付かなければならなくなることを恐れているようだ。

 美月が怖がられているのは知っていたが、これほどだったとは……。

 このまま美月と親密な関係を続ければ、私はクラスで孤立する。美月が来ている日はまだ良いが、美月がいないと本当に独りになってしまう。これまでに積み上げてきたものがすべて壊れてしまう。

 私は『不良の仲間』というレッテルを貼られ、学校で孤立して、親や教師にも心配をかける子供になってしまうかもしれない。

 それで良いのか。

 祖父を殺してしまったあの日から、人生をかけて貫き通すと決めたはずの私の生き方を、そんなことで壊して良いのか。

 美月は大切な友達だ。今や一番の親友と言って良い存在だ。けれど、本当にこのままの関係を続けていくことがお互いのためになるのか、もう一度考え直さなければならないのかもしれない。

 その思いを決定的にした第二の問題が、休み明け初週の木曜日に私の不意をついて訪れた。

 数学の抜き打ち小テストである。

 一問五点配点で全二十問という簡素なものだったが、翌日受け取った結果を見て私は愕然とした。

 四十五点。

 それが私の点数だった。

 周りの生徒たちの反応は悲喜こもごもといった感じだったが、聞こえてくる声を拾ってみると、「八十五点」とか「七十点」とか、そんな点数ばかりが挙げられていた。耳で拾えた中で最も低い数字は「六十点」で、その点数のお粗末さを茶化すような声と共に聞こえてきた。

 もしかして、私がクラスで最低点なのではないか?

 席替えを経て、今は私の右斜め前の席に座っていた寺嶋さんの答案がちらりと見えたが、そこには当然のように百点と記されていた。

 私は答案用紙を内側に折り畳んで、誰にも見られないように隠した。友人たちが声をかけてこないことが、この時ばかりは有り難かった。

 終業後、泣きそうになりながら一人で家路を急ぐと、すぐに勉強机に向かった。

 分かっていた。私は賢くない。人一倍勉強して、やっと平均よりちょっと上程度に行けるぐらいなのだ。

 それなのに、この夏は遊びにかまけて勉学を疎かにしていた。同級生たちは受験を前にして必死になって勉強していたというのに。

 ――私は一体、何をしていたんだ。

 自分の顔面を殴り付けたい衝動に駆られた。

 半泣きになりながら手元に広げた教科書を読むが、文字が頭の中に入ると同時にふわふわと分解されて、何の意味もない記号のように姿を変えていった。

「おじいちゃん……」

 無意識のうちに口から漏れ出た言葉は、か細い悲鳴のようだった。

 外には雨が降りだした。

 今日は星は見えないだろうな、と反射的に考える。

 窓を叩く雨の音を聞きながら、美月と遊び回った日々の想い出が、頭の中に浮かんでは消えていくのを静かに追っていた。

 公園の遊具の裏側の日陰で休んでいたら、小学校低学年ぐらいの子供たちに囲まれて、「なにしてるんですか?」と聞かれて、恥ずかしくなってそそくさと退散したこと。

 お揃いの日傘を差して並んで歩いていたら、傘の先端が何度もぶつかって、いつの間にか突っつき合いのバトルが始まっていたこと。

 美月の家でテレビを付けて、子供向けのカートゥーンアニメにツッコミを入れて笑い合ったこと。

 私のために作ってくれたフルーツタルトを一緒に食べながら、美月がニヤニヤして「グレープフルーツも入れれば良かったな」と言ってきたこと。

 そんな日々が、夏の陽射しよりもきらびやかに輝いていたはずの日々が、今はもう雨に紛れて、何もかもくすんでしまっている。

 まとまりきらない頭で、今の私に降り積もる沢山の問題ごとを整理してみる。

 美月を恐れる友人たちとの関係に生じた亀裂。

 美月のような不良との関わりによる印象の悪化。

 美月と遊び回ったせいで低下した学力。

 ……そして私は、一つのシンプルな答えに行き着いた。

 限りなく正解に近いけれど、間違いなく不正解な答え。

 ()()()()()()()()()()()()。それですべて、上手くいく。

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