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 夏休みに入った直後の七月末に、私たち三年生は天文部を引退した。

 最後を飾る華々しいコンクールや展示などもなく、日常の延長のままゆるっと終わってしまうのが天文部らしくて良いよね、とみんなで笑い合ったが、その場に美月はいなかった。

 結局彼女が部室に顔を出したのは後にも先にもあの一回きりだったが、最後まで部員名簿の片端には倉元美月の名前が残り続けたので、履歴の上では三年間部活動をやり抜いたということになったようだ。

 最後の日にはみんなで集まって写真を取ったが、美月の不在に触れる者はいなかった。寂しい気持ちもあったが、仕方のないことだと思う。

 その後、一人で残って部室の片付けをしていた私の元に竹田先生がやって来て、声をかけてくれた。

「ありがとうね、入宮さん」

 この三年間、私は竹田先生にお世話になりっぱなし……もとい、竹田先生のお世話をしっぱなしだったから、部活顧問の教師と生徒という関係でありながら、ある種の友情にも近い感情を、少なくとも私の方は抱いていた。

「入宮さんなら何でも解決してくれると思って、色々頼っちゃったけど、嫌じゃなかった?」

 三年経って今さらそれを聞くなんて、相変わらずマイペースな人だ。おそらくこれが最後になる『入宮さんなら――』の言葉を感慨深く聞きながら、

「いえ、全く。私の方こそ、信頼してもらえて嬉しかったです。本当にお世話になりました」

 と言って頭を下げた。

「ほんとに、ありがとうね。色んなこと手伝ってもらったし、それに、倉元さんも連れてきてくれて」

 不意にその名を聞いて、ドキッとする。

「ずっとね、心残りだったんだ。せっかく天文部に入ってくれたのに、全然来てなかったから。幽霊部員は顧問の権限で退部させられることになってるんだけど、どうしてもそれが出来なくって。でも、入宮さんが連れてきてくれたから、待った甲斐があったよね」

 竹田先生、何も考えていないように見えてちゃんと心配してくれていたんだ。

「倉元さん、入宮さんと一緒にいる時は優しい顔してるよね」

 自分でもはっきりとした理由は分からないが、どうしてだかその時、私は泣きそうになった。

「お母さんのそばにいる時の赤ちゃんみたいだよね」

 続けて出てきた言葉に、今度は噴き出してしまった。


 部活動を引退した後の私を迎えたものは、毎日のように美月と遊び回る日々だった。

『美月、今日暇?』

『うん』

『ショッピングでも行こっか』

『うん』

『じゃあ10時ごろに迎えに行くね』

『うん』

『暑いから日傘とか差した方が良いかも』

『ない』

『日傘持ってないの?』

『うん』

『じゃあ今日買いに行こっか』

『うん』

 こんなやり取りがスマートフォンの画面の中で重ねられていった。ちなみに美月は毎日『暇』だった。

 朝は私が美月の家まで迎えに行き、帰りは美月が私の家まで送り届けてくれるという流れが、いつの間にか自然と出来上がっていた。

 一緒に買ったお揃いの日傘を差して、近所のスイーツ屋さんの新商品を食べに行ったり、雑貨屋さんでちょっとかわいい小物を探してみたり、買うつもりもないのにペットショップに行ってわんちゃんを見たりした。私はトイプードルやチワワが好きだが、美月はピレネー犬のような白くてふわふわした大型犬が好きらしい。美月がその犬に抱き付いて、長い金髪が白い毛並みに埋もれている姿を想像すると、なかなか印象的な画になりそうだ。

 それから美月のスマートフォンのケースも一緒に選んだ。あれが良いこれが良いと目移りしたが、最終的にはデフォルメされたピンクの猫の柄が選ばれた。面白いほど美月に似合わないと、二人して笑い合った。

 靴も買ったし、服も買った。美月は男物みたいな服を着ていることが多かったので、もう少し女性的なファッションも試してみてはどうかと提案した。しかしガーリーすぎるのも違うから……と色々試してみた結果、大人の女性っぽいシックな服装が、その金髪と案外よく調和することが分かった。スタイルも良いし、ぱっと見るとモデルさんみたいで格好良い。中身は赤ちゃんのくせに。

 それから、スマートフォンのゲームアプリを一緒に始めてみたりもした。二人ともこういうのに触れた経験はなかったが、興味本位でやってみるとそれなりに面白い。正確に言うとゲーム自体にはそれほどハマらなかったが、二人で協力プレイが出来るので、一緒にわいわい騒ぎながら遊ぶのが楽しかった。

 スマートフォンと言えば、美月にメッセージを送った際に既読マークが付くまでの時間が日に日に早くなっていたので、端末を手元に置いておくという習慣が出来たことは間違いなさそうだったが、そのわりには私と一緒にいる時はほとんどスマートフォンに触れていない。そのことについて軽い気持ちで尋ねてみると、美月は恥ずかしそうに目を泳がせて、

「んん……だって、お前しかいないもん……」

 寝言のようにむにゃむにゃした小声でそう言った。

 私しかいない……? 何がだろう。

 その後すぐに照れ隠しのように話題を変えてきたので、それ以上聞くことはしなかった。

 ともかく、そんなちっぽけだけれど幸せに満ちた出来事の数々が、中学生最後の夏を華やかに彩った。こんなにも楽しい日々は初めてかもしれない。本当にそう思えるほど楽しかった。

 しかしその代償もいくつかあった。

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