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 放課後、二人で天文部の部室に顔を出したが、他の部員たちはあからさまに困惑していた。

 みんなは軽く話題を振ってくれたりして、どうにか歓迎しようと努めてくれているようだったが、最後までよそ行きの目を崩さずに黙りこくっている美月を相手に、これ以上打ち解けようもないという状況だった。

 野外活動の時の様子から、あるいはすぐにでもとけ込めるのではないかと期待していたのだが、さすがにそう簡単にはいかないようだ。

 部員のみんなには迷惑をかけたと、なぜか私が反省した。

 帰りしな、二人きりになると美月は突然口を開き、

「しかしアレだな。学校には、人が多すぎる」

 という、深い意味があるようで多分ない感想を述べた。

「学校、嫌だった?」

「べつに」

「べつにって……。明日からはどうする?」

「んん……行けたら行く」

「それ来ないやつでしょ」

「そんなの、分かんねーよ。明日なに食べたいかなんて、今日はまだ分かんないだろ? それと一緒だよ」

「一緒じゃないと思うけど……。じゃあ天文部の子たちはどうだった? クラスの子より接しやすいんじゃないかなって気がするけど」

「やっぱりアレだな。全然活動してなかったな。ほとんど遊んでただけじゃん」

 さっきはぬいぐるみみたいに大人しかったくせに、今頃になって調子よく喋る……。それも、質問に対してややずれた返答。

 しかし私は、美月が話をはぐらかすのはそれ以上触れてほしくないというシグナルだと、これまでの付き合いから理解しているので、その話はそこで打ち止めにした。

 今日貸した鉛筆と消しゴムとノートはそのままあげるよ、と伝えて、遠回しに次の登校を促したが、残念ながらその効果はなかったようで、翌日美月は欠席していた。

 彼女にとって学校はやはり居心地が悪かったのだろうか。とても心配になる。

 一方私はと言うと、またしても友達から質問責めに合っていた。もちろん美月との繋がりについてである。

 星見ヶ丘で偶然出会ったことや、天文部の野外活動に一緒に行ったことなどを話した。美月の過去のことや手作りクッキーのことなどは話さなかった。

 そう言えば、昨日はみんな私に全く話しかけてこなかったな。私が美月に付きっきりだったから隙がなかったというのもあるだろうが、やはり美月が怖くて近寄り難いのだろう。実際は恥ずかしがり屋なだけなのに……。どうにかあの子の誤解を解いてあげたい。

 しかしそれは簡単なことではないと、私は思い知らされた。

 この日、私と美月の関係について探ってきたのは、友人たちだけではなかった。

「入宮って真面目っぽく見えて倉元なんかと仲良かったんだな」

 嘲りを帯びた声色で笑いながらそう言ってきたのは、これまで話したこともないクラスメイトだった。

 私は内心パニックになりながら、染み付いた癖のように『優等生』の皮を守るための作り笑いを浮かべて、

「あ、私、学級委員だから。不登校の子とか、何とかしなきゃって……」

 としどろもどろに言った。

 相手は途端に興味を失ったように、「あっそ」とだけ言って去っていったが、私の心には泥水のように濁った感情だけがいつまでも残った。

 学級委員だから……? 不登校の子だから……?

 違う。私はそんな理由で美月と親しくしているわけではない。ただ純粋に友達として美月を大切に思っているのだ。

 それなのに、さっきはどうしてあんな言い方をしてしまったのか……。自己嫌悪は夜眠りに落ちる瞬間まで続いた。


 翌日も美月は来ず、教室内ではそのことに対する非難めいた言葉が方々(ほうぼう)から聞こえはじめた。

「一日だけ何しに来たんだろ?」

「何考えてるか全く分からないよね」

「あいつがいる時は教室の空気が悪い」

 そんな声を背中に受けながら、私は自分自身が非難されたような屈辱的な気持ちを懸命に抑えて、何でもないような顔をして長い一日を過ごした。何人かの友達が普段と変わらずに接してくれたのが嬉しかった。

 それからさらに数日が経つと、もう美月の話題が聞こえてくることは一切なくなったが、私はそのことに内心ほっとしていた。

 正直に言うと、学校で美月とどのように接すれば良いのか悩んでいたのだ。

 そもそも私が美月に対してだけあれほど遠慮なく話せるのは、彼女が世間から遠いところにいたからだ。世間とほとんど繋がりを持たない一匹狼のような人の前で、世間体など気にしても仕方がない。だから私は美月の前でだけ『優等生』の仮面を脱ぎ捨てて素の自分を晒せていたのだ。

 しかし今、一度の登校を機に、美月は多少なりとも世間と繋がりを持つこととなった。

 美月との関係、友達との関係、仲の良くないクラスメイトとの関係、そして親や教師との関係。

 すべての均衡を保ちつつ、『優等生』の仮面を守り続けることなど出来るのだろうか?

 そんな私の憂慮をよそに、翌週美月は再びふらりと登校してきた。今度は遅刻して二時間目の途中に現れた。

 その日も私は美月に付きっきりで世話を焼いた。何のかんのと言っても、やはり私は世話焼き体質なようだ。体育の時間には二人一組になるように指示されたが、当然のように美月と組んだ。

 その日一日、友人たちは示し合わせたように誰一人近寄ってこなかった。

 放課後、私はいつものように天文部の部室に向かったが、美月はそのまま一人で帰ってしまった。結局、登校から下校まで一度も私以外の人と会話をしていなかった。

 その翌日はまた欠席だった。そしてまたクラスメイトの吐いた陰口が私の背中を突き刺して、汗のような血のような生ぬるい湿りが乾く暇なくあふれ続け、制服を内側からぐっしょりと濡らした。

 それから、美月の登校は週に一回程度が原則となり、その度に私が世話を焼き、その度に友人たちは私から距離を置いた。

 そんな日々が一月半ほど続き、中学三年の一学期は終わりを迎えたが、終業式の日に美月が登校してきたために、私は他の友達と話すことが出来なかった。

 なぜ美月は周囲と折り合いを付けようという努力をしないのだろう……。

 私の中に芽生えはじめていた静かな苛立ちは、しかし夏休みに入り一時的に棚上げされることとなった。

 この夏、私は美月と二人で遊び回った。

 真面目に勉強ばかり続けてきたこれまでの人生からは考えられないほど、思うがまま遊び回った。

 親友との青春を謳歌するように。あるいは、学校が再開されると否応なしに突き付けられるであろう現実から、目を背けるように。

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