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「小夜子ちゃん、倉元さんとどういう関係なの!?」
私が説明をしようと近付くや否や、向こうから先に質問が飛んできた。
「なんかめっちゃ仲良さそうだよね」
「小夜子ちゃんと同じクラスなんだっけ?」
「雰囲気怖いけど、すっごい美人ですよねあの人」
矢継ぎ早に飛んできた。
たじろいでしまって、頭の中で用意していた台詞が出てこなくなる。
「あの、前に偶然会って、それからちょっと、仲良くなって。今日も私が誘ったんだけど、ほんとに来てくれるか分かってなかったから、みんなには言ってなくて……」
そんなことはどうでも良い。
とにかく『美月は悪人じゃない』ということを伝えなければ。
「でもなんか、小夜子ちゃんと仲良くしてるの見てると、意外と親しみ湧くよね」
おや?
「だよねー。もっと『別世界の人』ってイメージ持ってたんだけど、そうでもないんだなって」
おやおや。
私の方からプレゼンしなくとも、みんなすでに今日の美月に好意的な印象を抱いてくれていたようだ。
「倉元さんの方も、うちらに遠慮してる感じするよね」
そんなことまで見透かされていた。
この様子なら、美月が登校して部活に来るようになっても、案外早く馴染めるのではないか。
やはり今日の野外活動に誘って良かった。
振り返って見ると、その美月はいつの間にかトイレから出てきて、星見ヶ丘の南端に位置する崖の前、落下防止のために組まれた木枠のあたりをフラフラ歩いていた。
何をしているんだろうか、あの子は。
「ちょっと見てくるね」
美月の元へと向かう私の背を、他の部員たちは好奇心に満ちた目で見送っていた。美月への親近感を表してはいたものの、さすがにまだ直接話しかけにいくほど距離を詰めてくる子はいない。
「何してんの、危ないよ」
私が投げた声に、美月は振り返らずに応える。
「ここ、思ったよりも高いな。落ちたら死にそう」
「だから危ないって言ってるのよ」
美月の足元のスニーカーが見え隠れする。体の重装備と比較すると妙な取り合わせに見える。あまりお洒落には頓着がないのだろうか。
美月は木枠の上にちょこんと腰かけた。
モコモコした上着の内側に長い髪の一部が収納されている。
彫刻のように綺麗な横顔が星明かりにほの白く照らされて、白黒映画の女優を思わせる凛々しさで美しく映えていた。
「かみのけ座」
しかし星空を指差し、たった一言そう呟いた美月の姿は、自分だけの宝物を見つけた幼い子供のようにも見えた。
その後、竹田先生が皆を集めて野外活動の終わりを告げる簡単な挨拶をしたが、美月は皆の輪から少し外れたところで、先生の話を聞いているともいないとも取れないような微妙な素振りで、何とも居心地悪そうに自分の髪をくりくり触っていた。
私は輪と美月のちょうど間ぐらいに立って、美月を完全な除け者にはしない絶妙なポジショニングを披露していた。クッションとしての立ち回りが板に付いてきたのではないだろうか。
先生の挨拶が終わり解散となってからも、部員たちは各々会話していて中々帰る人はいない。美月だけが帰りたそうにしていた。
「じゃあ私たち先に帰るね。バイバーイ」
みんなにそう告げて元気に手を振る。みんなは口々に「バイバーイ」と返してくれる。美月は……すでに背を向けて歩きだしていた。無愛想なことこの上ないが、美月らしいなと少しだけ安心もする。
遠慮のない歩幅でドスドス歩いていく美月を、私も早足で追いかける。
丘を下りきって、星見ヶ丘にいる皆の姿が見えなくなったあたりで、美月は急に歩調を緩めた。
息を切らせながら、ようやく追い付いて隣に並ぶ。
「今日は前ほど綺麗に見えなかったな。月が出てるせいか?」
「ん? ああ、そうだね。今日も天気は良かったし、悪くない条件だったんだけど、前が良すぎたから、比較しちゃうとね」
どうやら想像していたよりも、天体観測は美月の興味を引いていたようだ。星の見え方の微妙な差にまで気付いてくれるだなんて。
「天文部、どうだった?」
「どうって何が」
「雰囲気とか」
「よく分かんねーよ。まぁ、普通でしょ」
「普通って……。みんな優しい子たちだよ。さっき美月がトイレに行ってる間にちょっと喋ってたんだけど、『思ったほど怖くなさそう』みたいなこと言ってたよ」
「どんなのを思ってたんだよ……」
美月は今日初めて笑った。笑ったと言っても苦笑いだったが。
「これから、どうかな?」
学校や部活に来てほしい。けれど無理強いはしたくないので、具体的なワードを避けて、遠回しに聞いてみる。
「……お前が寒い寒いって言うから厚着してきたのに、これじゃあ暑いよ。もうちょっと薄いのにしてくるんだった」
露骨に躱された。
やはりこの話題は慎重にした方が良さそうだ。
「お、なんか飲むか」
気が付くと、いつかの自販機の前まで来ていた。
美月は百五十円を入れて、またあのグレープフルーツジュースを買った。
「お前は? グレープフルーツ再挑戦してみるか?」
「げ。もうこりごり。私はちょっと寒いから、ココアでも飲もうかな」
この時期でもまだあったかい飲み物が売っていて助かった。財布を取り出して値段を見ると百六十円もした。高いな。
私がお金を入れるより先に、自分の財布から取り出した小銭を投入した美月は、ごく自然な仕草でココアのボタンを押すと、ガコンと音を立てて落ちてきた缶を拾って、私にすっと手渡してきた。
「はい」
「あ……ありがとう。あの、お金……」
「いらねーよ馬鹿」
ぶっきらぼうだけれど、温かい声。さっきと違って周りの何にも遠慮していない、けれど私のことを労ってくれるような声。
「ば、馬鹿じゃないもん」
わざとムキになってみせた。美月は「あははっ」と豪快に笑った。
そして私は気付いた。
前にカツアゲされたのが百五十円で、今回おごってくれたのが百六十円。
差し引き十円の借りを作ってしまったことに。




