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他の部員たちは明らかに美月を警戒していた。
普段私に気軽に話しかけてくる下級生たちも、すっかり怯えて距離を取っていた。
しかし怯えているのは美月の方も同じであるということに気付いていたのは、この場でおそらく私だけだっただろう。
美月は私を盾にして、部員たちから可能な限り隠れようと努めていた。自分と部員たちの間に常に私を置いて、陰に隠れるようなポジショニングに徹している姿は、少し微笑ましくもあり、他のみんなと上手くやっていけるのだろうかと考えると悩ましいものでもあった。
自らの過去を語ってくれた際に、『昔は恥ずかしがり屋で内気な性格だった』と言っていたが、根は今も変わっていないのだと思う。結局シャイガールである。
部員たちと美月に仲良くしてほしい気持ちはあるが、今はまだ時間をかけて慣れていく段階だろう。今日は極力両者を衝突させないように、間を取り持つクッションのような存在となろう。
などと考えていると、部員の一人が恐る恐るこちらに近付いてきて、顔色を窺うように話しかけてきた。
「小夜子ちゃん、望遠鏡使う? ええと、倉元さんも……」
美月はすっと顔を反対側に向けてしまった。
これでは印象を悪くするのも無理はない。
ここで私のクッションパワーを発揮して、お互いのイメージを好転させたいところだ。
「あ、使う使う! ありがとう! 美月、行こ」
何のパワーも感じられない、ごく普通の返事をしてしまった。
声をかけてくれた部員はそそくさと帰っていった。美月はすねた子供のようにそっぽを向いたまま。
あやすような声をその横顔にかけてみる。
「ほら、望遠鏡あるよ。一緒に見よ?」
お母さんか私は。
ママもどき作戦が功を奏したのか、美月は黙って立ち上がり、私の後ろにぴったりと付いて歩きだした。
初めて会った日に、私が美月の後ろを付いて歩いたのを思い出す。今はちょうど反対の立場になっているのが、奇妙な偶然のようにも、むしろ必然のようにも思われて不思議な心地になった。……私はこんなにぴったりくっ付いてはいなかったが。
平らな場所を選んで置かれている望遠鏡の方へと、二人で歩いていく。みんなの好奇の……あるいは懐疑の視線が突き刺さるが、喉を締め付けられるような感覚はない。
「望遠鏡は初めてでしょ? 部室に一つだけ置いてあるんだ。私もたまにしか触らないから、そんなに詳しく扱えるわけじゃないんだけど」
説明しながら、接眼レンズを覗き込むように促す。
「どう、見える?」
美月はしばらく黙ってレンズを覗いていたが、やがて目を離すと、無言で首を横に振った。
「あれ、おかしいな……」
確認のために私がもう一度覗き込んでみると、春の大三角が綺麗に写されていた。
そこでふと思い至る。私も昔はこの天体望遠鏡について勘違いをしていたことがあった。
「天体望遠鏡っていうのはね、星が大きく見えるわけじゃないんだよ。ただ、綺麗に見えるの。月とかだと大きく見えたりするけど、他の星は望遠鏡で見ても点のままなんだよ」
美月は首を斜めに傾げる。
「もう一回見てみて。肉眼で見るより綺麗に光ってるのが分かると思うから」
再びレンズを覗き込んで数十秒してから、こちらを見て黙って頷いた。
分かってくれたみたいだ。
しかし『よそ行きの美月』は本当に大人しいな。二人きりの時は結構喋るのに。
そんな私たちの様子を、ギャラリーと化した他の部員たちが遠巻きに見てきているのがこそばゆい。どんな噂がされているのだろう。気心の知れた仲間たちだから、まさか悪口を言われているわけではないだろうという安心感はあるが、それでも気になる。
「トイレ」
唐突に美月が囁くような低い声で言った。
「あ、うん。待ってるね」
と私が応じても、美月はその場を動こうとしない。
どうしたのかな……ひょっとして、一緒に来てほしいということだろうか?
今私たちが立っている場所からトイレ小屋まで向かおうとすると、ギャラリーたちのいる方へと歩いていくことになる。一人で行くのが嫌なのだろうか。
まったく、どこまで恥ずかしがり屋なの……。いや、あるいはこれは美月なりの優しさなのかもしれない。
周囲が自分に対して抱く印象がいかなる方向性に傾きがちなのかを知っているからこそ、部員のみんなを怖がらせないために自らが一歩引いて、配慮を尽くしたのかもしれない。……そういうことではなく、やっぱり普通に恥ずかしいだけなのかもしれない。
「じゃあ、行こっか」
どちらにせよ助けを求められていることは明らかなので、私は美月を連れてトイレの方へと歩を進める。美月は私の斜め後ろ……部員たちの視線から隠れるような位置に、ぴったりとくっ付いてくる。
そんなにくっ付かれたら、歩きづらいよ。
すぐ近くのトイレ小屋までの距離が異様に遠く感じた。みんなはやはりこちらを盗み見するように窺っている。その視線から逃げるように素早く小屋の中へ入り込んだ美月の後は追わず、ギャラリーたちの元へと私は向かった。
今日の美月の様子を見ている限り、一時でも彼女と離れて一人になるタイミングは他になさそうだった。この隙にみんなに説明しなければ。でも、何を?
私たち二人がこの一ヶ月間で築いた関係をべらべらと他人に喋るのは躊躇われた。きっと美月もそれは望まないだろう。何も悪いことをしているわけではないが、『二人だけの秘密』という共通の認識が私たちの心を結び付けていることは明白だった。
そもそも時間がない。美月がトイレから出てくるまでの間に、伝えなければならない。細かい事情なんて後で良い。今はとにかく、『美月は噂されているような悪い子ではない』ということだけみんなに伝えるんだ。




