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「パパは商社マンでさ。毎晩遅いし、休みも少ないから、ほとんど顔は合わせてない。ちょくちょく電話してくるんだけど、べつに中身のある会話とかしないよ。『元気でやってるかー』とか、それだけ。娘をほったらかしといて、電話で『元気か』って、なんだよそれ。それでも親かよ。とか思うけど、まぁあたしもこの歳になって今さら構ってほしいわけでもないしな。適当に相づち打って済ませてる。あと、職業柄か知んないけど、転勤が多いんだよね。あたしも連れ回されて、もう何回も転校してる」

 長く話し続けるのに慣れていないのか、都度に気だるげなため息を織り交ぜながら、抑揚の乏しい声で美月は語る。

「ママがいれば違ったんだろうけどね。お前には前に言ったっけ。ママはフィンランド人なんだ。金髪だよ。あたしと違って天然の。でも、ママのことはあんまり覚えてない。あたしが七歳の時に死んじゃったから」

「えっ」

 美月の告白を黙って聞いていた私の口から、不意に声が漏れる。

「なんか、ノイローゼ? みたいな状態になってたらしいんだよな。で、錯乱状態で一人で山に入って、足を滑らせて落ちて死んだってさ。間抜けな話だけど、もう一つ説があって、そっちよりはまだ救いがあるよ。そのもう一つの説っていうのが、まぁ、自殺だね」

 ゴシップ記事でも読み上げるように感情のない声で美月は話し続ける。

「あたしにはほんとのところは分からない。なんせその当時七歳だったし。正直、どっちでも良いと思ってる。ママは死んだ。そのことには変わりないんだから」

 少し言葉を途切れさせて、息を吸い込んだ。口調こそ飄々(ひょうひょう)としているが、美月の内心を襲う緊張がこちらにも伝わってくるようだ。

「……昔、いじめられてたんだよね。小学校の低学年ぐらいから。そのころのあたし、すっごい恥ずかしがり屋で、大人しくて、内気な性格だったから、それもあるんだろうけど。一番の理由はハーフだからだろうな。いじめられて、毎日泣いてた。そのころのことを思い出そうとしても、とにかく毎日泣いてたってことしか覚えてないぐらい、ほんとにずっと泣いてた」

 美月が寂しそうに笑った。前に私に見せてくれた、顔をくしゃっとさせた赤ちゃんみたいなかわいい笑顔ではなく、失くしものが見つからずに諦めてしまった時のような、寂しい笑顔。

「いじめが始まったあとに、ママが死んでさ。今でも忘れないよ。終礼の時に、教師があたしを呼んで、みんなの前に立たせてさ、わざとらしく涙ぐみながら大声でこう言ったんだよ。『倉元さんのお母さんが亡くなりました。みんな、かわいそうな倉元さんと仲良くしてあげてください!』ってね。……その時のあたしの気持ち、分かってくれるか? 死にたいって、本気でそう思ったよ。今この瞬間を生きていることが死ぬよりも辛いって、七歳でそう思った。笑えるだろ?」

 美月は笑っていなかった。泣いているようにも見えなかったが、泣いていないようにも見えなかった。画面が消えたままのスマートフォンを手でせわしなく(こす)っていた。ゆらゆらとウェーブした金の長髪が、蛍光灯の下で白っぽく見えた。

「その日からあたしは、『かわいそうな人』になったよ。当たり前だけどいじめは止まない。もっとひどくなる一方。そのタイミングでパパの転勤があって、あたしも転校して、やっと地獄から抜け出せたと思ったけど、まぁ、お察しのとおりだよ。何回か転校したけど、どこへ行っても同じ。ハーフであることと、母親がいないことの両方の理由でいじめられた。あたし、ママのこと、憎んだよ。そりゃそうだろ。ハーフなのもママのせいだし、片親なのもママのせい。二つも呪いを(のこ)すなよ。せめてどっちかにしてくれっての」

 美月は再び寂しそうに笑った。私も一緒に笑うべきだっただろうか。でも、笑えなかった。

「髪を染めたのは、強く見せたいからってのもあったけど、なんというか……ハーフであることでいじめられたから、その当て付けみたいなものかな。なんて言うんだろうな。『お前らそんなにハーフが嫌か。外国人が怖いか。だったらもっと外国人っぽくなってやる。これでどうだ!』みたいな。馬鹿丸出しだけど、ほんとに、そういう感覚で染めたんだよね。それから、人と会う時はまず睨み付けるような癖も付いた。だって、しょうがないだろ。何もしなくてもあたしを見下してくる連中に、他にどうやって接したら良いんだ?」

 私は何も言えないまま、気が付けば下唇をじっと噛んでいた。室内はすでに夕暮れ色に染まりはじめていた。窓の外で鳴くカラスの声が、夢の中で聞く子守唄みたいに遠い。

「雨が降ったら天体観測って出来ないんだろ?」

 これまでの話の続きのようなごく自然な調子で、美月は突然話題を変えた。

「え? あ、ああ……そう。まあ、そうだね」

「一ヶ月も前から日時決めるのは早すぎるんじゃないか?」

 いつの間にか美月は再び、私が書いた野外活動メモを手にしていた。

「その場合は延期するだけだよ。書いてある日付は、とりあえず第一候補ってところかな」

「ふーん」

 美月はメモをじっくりと読んでいた。日付と時間と場所を書いただけの簡易的なメモなので、それほど熟読するところもないはずだが、黙って読み続けていた。

 そこで私はふと気が付いた。美月は決して、突然話題をガラリと変えたわけではなかったのだ。

 母との死別を経て、いじめを受けた後、それを克服するために虚勢を張り続けた『過去』。私と出会い、その過去の呪縛をほどこうとしている『現在』。そしてこれから行われる野外活動という『未来』。

 美月の人生の道の先に、それらはたしかに一続きに繋がっているものなのだ。

「美月。この日、予定空いてる? 空いてなかったら空けて。もう一回、星見ヶ丘で集まろうよ」

「でも、他の奴知らねーもん」

「関係ないよ。私がいるでしょ」

 美月は少し照れくさそうに笑った。

 赤ちゃんみたいなかわいい顔で、笑った。

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