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 夜になっても雨は降り続いた。

 天体観測への想いを諦めきれない私は、両親の目をくぐり抜けてこっそりと家を出た。傘一つ持たずに。

 わんぱく盛りだった私にとっても、夜中に一人で抜け出すなどというのは初めてのことで、罪悪感も多少はあったが、それ以上に未知の期待に胸が踊ったことを覚えている。

 冷たい雨に濡れながら、星見ヶ丘を目指して一人で歩いた。すでに車で何度も行っていたので場所は覚えていたが、子供の足には思いのほか遠くて、永遠にたどり着けないのではないかという不安に、先ほどまでの興奮などすっかり上塗りされて、私は泣きだしてしまった。

 泣きながらも歩き続けた。それはほとんど執念にも近いものだった。

 どれぐらい歩いただろうか。ようやく星見ヶ丘にたどり着いた時、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 そして、いつもレジャーシートを広げていたあたりに立って空を見上げた。

 もちろん星は見えなかった。いつもあんなに綺麗に輝いている星々が、嘘みたいに姿を隠していた。

 私はまた、声をあげて泣いた。開けた口から雨と涙が同時に入った。喩えようもなく苦く感じられた。幼い体を叩き付ける寒さと、底知れぬ孤独の恐怖と、星空の見えない悲しみにうちひしがれて、泣き叫ぶより他どうする(すべ)もなかった。

「おほしさま、みえないよ。なんにもみえないよ」

 人生で初めて感じるとてつもない苦しみに震えていた肩に、突然ふわりと柔らかなブランケットがかけられた。

 振り向くと祖父がいた。傘を差して、いつものように優しい笑顔でそこに立っていた。

「小夜子ちゃん、大丈夫かい? 寒かっただろう? ごめんね、一人にさせてしまって」

 私は濡れた体で、祖父に全力で抱き付いた。もう二度と離さないと言わんばかりに、強く強く、抱き付いた。

 後から聞いた話だが、私の不在に気付いた両親はその原因にまでは思い至らなかったらしい。まさか娘がそこまで天体観測を楽しみにしていたとは思わなかったのだとか。しかし祖父に相談したところ、彼は迷いもなくすぐに星見ヶ丘へ向かったという話だった。

 帰り道、祖父は傘を私の方に寄せて差してくれた。すでにずぶ濡れだったが、それでも祖父の気遣いが嬉しかった。しかしそのせいで、祖父は体の半分が傘に収まりきらずに濡れてしまっていた。

 家に帰ると両親にこってり怒られた。母は「なんで良い子に出来ないの!」と耳をつんざくほどの声で叫んだ。父は「これからはもっと厳しくしないといかんな」と感情を必死に抑えたような声で言っていた。二人とも目には涙を浮かべていた。

 今ならそれが愛ゆえだと分かるが、当時の私は、「おじいちゃんは優しい言葉をかけてくれたのに、お母さんとお父さんはひどいことばっかり言う。二人とも大嫌いだ」としか思えなかった。

 翌日、私と祖父は二人して熱を出して寝込んだ。

 一人暮らしの祖父は看病してくれる人がいないので、体調が戻るまでしばらくの間私の家で寝泊まりすることになった。私は「おじいちゃんと一緒にいられる!」と呑気に喜んだ。

 三日後には私は快復して、家の中を走り回って母に怒られるぐらいになっていたが、祖父はまだ寝込んでいた。

「おじいちゃんみたいなお年寄りは若い人ほど体力がないから治るのも遅いのよ」

 という母の言葉を、「ふーんそういうものなのか」とふわふわとした感覚で聞いていた。

 それから先の記憶は、何もかもが雨の中の星空のように、灰色に雲っている。

 いつまで経っても治らない祖父の姿。目に見えて狼狽していく両親の姿。そして祖父が病院に移ったあと、親戚の人たちが代わるがわるやって来て、沈鬱な面持ちで何かを話しては帰っていく。

 それから数日後、父が運転する車の中で、母が私の肩を撫でながら、今からお通夜というものに行くことと、お通夜とはどういうものなのかを教えてくれた。

 その日も雨が降っていた。流れても流れても、まだ絶え間なく流れ続ける雨が、星空の想い出も、ブランケットの柔らかさも、あの暖かな眼差しも、すべてを押し流してしまうように思えて、私は心の中で懸命に抵抗を続けた。形のないものに対する、力のない抵抗を。

「おじいちゃんと、もうあえないの?」

「……大好きだよ、小夜子。大好き、だいすき」

 母は質問に答えず、そう繰り返した。父は黙って私を抱き締めた。

 それから何日、何週間と経つうちに、私の頭の中では一つの答えが見いだされていた。

「良い子にしなさい」

「なんでそんなに悪い子なの」

 これまでに何度も言われてきた両親の言葉が、血脈をさか上り反響する。

 ――私があの日、家を抜け出したりしなければ、祖父が死ぬこともなかった。

 祖父は私のせいで命を落としてしまった。

 いや、もっとはっきりと、こう言うべきだ。

 ()()()()()()()()

 私が母や父に言われてきたように良い子でいたら、あんなことにはならなかった。すべて私のせいだ。

 そして私は、本来のわんぱくな性格を心の奥底に封じ込んで、世間が求める『良い子』になるための努力だけに心身を削るようになった。

 ダメと言われたことは絶対にしない。人を傷付けそうなことも絶対にしない。優しいと言われるようなことは積極的にして、人の役に立てるならどんな苦労も惜しまない。

 親にとっての良い子供、教師にとっての良い生徒、同級生にとっての頼れる学級委員、部長……。

 そういう人間に、私はならなければいけないのだ。

 自分のわがままで軽率な行いのせいで大好きな人を殺してしまった私は、そうすることでしか、罪を償えない。

 締め付けられたような喉の痛みは、永遠に解けない呪いだ。そう信じて生きてきた。

 しかし今、そのすべての束縛から知らず知らず解放されていくような感覚に出会った。

 美月に出会った。

 世間のルールから決してはみ出してはならないという私の戒めは、この世間に全く迎合しようとしない人によってあっさりと踏み越えられようとしている。

 これが良いことなのか悪いことなのかは、今の私にはまだ分からない。ただ、この星空をともに見上げながら、美月と出会えて良かったと、純粋にそう感じたことだけは疑いようのない事実だった。

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