1-7 初めての授業
訓練生育成場の講義室は、思っていたよりも質素だった。
石造りの壁。
長机と椅子が規則正しく並び、窓は小さい。
外の様子が見えないように、あえて高い位置に作られている。
三十人ほどの訓練生が着席すると、
扉の前に、あの教官が立った。
軽複合型鎧。
鎧の表面には、使い込まれた傷が残っている。
装飾は一切ない。
教官は名乗らなかった。
「今日が、最初の授業だ」
その声は低く、無駄がない。
「まず覚えておけ」
「冒険者は、戦う職業じゃない」
一瞬、ざわつきが走る。
剣を携えた者が顔を上げ、
魔法書を抱えた者が眉をひそめる。
教官は気にしなかった。
「戦うことはある」
「だが、それは目的じゃない」
そう言って、机の上に一枚の地図を広げた。
古い地図だった。
端は擦り切れ、インクも薄い。
「この地図の空白を、どう思う?」
誰も答えない。
「怖いか?」
「未知だから、危険に見えるか?」
教官は一拍置いてから、続けた。
「違う」
「これは――「希望」だ。まだ世界は広い、まだこの世界に未知がある。」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
「そして冒険者の仕事は三つある」
教官は指を一本立てる。
「行くこと」
二本目。
「調べること」
三本目。
「帰ること」
三本の指を折りたたむ。
「この中で、一番重要なのはどれだ?」
今度は、何人かが口を開いた。
「帰ること……?」
「全部、じゃないですか?」
教官は頷いた。
「正解だが、足りない」
そして、はっきりと言った。
「帰れない冒険者は、評価されない」
空気が張り詰める。
「どれだけ奥へ行こうが」
「どれだけ敵を倒そうが」
「戻ってこなければ、記録は残らない」
教官は地図を畳んだ。
「記録が残らなければ、世界は広がらない」
次に配られたのは、剣でも魔導具でもなかった。
コンパス。
簡素な地図。
紙と炭筆。
「今日から一年間君たちに覚えてもらうのは、これだ」
誰かが小声で呟く。
「……拍子抜けだな」
教官の視線が、即座にそちらへ向いた。
「そう思うなら、今すぐ帰れ」
「ここは英雄養成所じゃない」
その一言で、教室は完全に静まり返った。
授業の最後、教官はこう言った。
「才能は関係ない」
「魔法の量も、筋力もな」
「必要なのは、気づく力だ」
地形の違和感。
「地形の違和感になるべく無くそうと努力しろ」
道の不自然さ。
仲間の疲労。
「君たちの両親には小隊長や部隊長をやめ後方支援に徹してくれているここと優しき素晴らしい人がいると思う。」
教官が一瞬言葉を止める。
「彼らは素晴らしい冒険者の一員でありもしも君たちが正隊員となり各地に赴いて彼らから補給や救助を受けるだろう」
「その彼らへの感謝と尊敬を忘れるな!」
「周りへの感謝や周りからの気遣いに気づける者だけが、次の地図を描ける」
僕は、無意識にペンを握りしめていた。
派手な話は、ひとつもなかった。
だが、胸の奥が静かに熱くなっていた。
――ああ。
ここは、僕の居場所かもしれない。
そう思えた、
冒険者としての、最初の授業だった。




