1-6 入学式
門の内側は、思っていたよりも静かだった。
石畳の広場に、訓練生たちは横一列に並ばされる。
数は300人ほど。年齢も体格もまちまちだ。
隣に立つ少年は、明らかに鍛えられていた。
手には使い込まれた短剣。
反対側の少女は、分厚い魔導書を抱えている。
――場違い、かな。
そう思った瞬間、前に立っていた人物が一歩踏み出した。
「静粛」
低い声だった。
叫んでいないのに、自然と背筋が伸びる。
軽複合型鎧。
胸元には協会の紋章。
階級章は――C。
教官だ。
「今日から君たちは、冒険者協会・訓練生だ」
「Hランク。最下位だ」
はっきりと、そう言い切った。
「才能がある?関係ない」
「魔法が使える?それも関係ない」
教官は広場を見渡す。
「ここで教えるのは一つだけだ」
「生きて帰る方法」
その言葉に、誰も笑わなかった。
冒険者訓練生育成場の中央広場は、思っていたよりも広かった。
円形に整えられた石畳。
その外周には、歴代の部隊紋章が刻まれた石柱が並んでいる。
欠けたもの、削れたもの、修復されたもの――
それぞれが、ここから旅立った冒険者の時間を物語っていた。
僕たち訓練生は、その中心に立たされていた。
300名。
誰一人として鎧を着ていない。
剣を携えている者もいれば、何も持たずに立つ者もいる。
共通しているのは、
まだ、何者でもないということだけだった。
広場の一段高い場所に、数人の人物が並ぶ。
全員、軽複合型鎧を着用。
胸元には協会の紋章、肩や襟元には階級章。
――D、C、B……A。
訓練生である僕でも、その違いは分かった。
立ち姿だけで、空気が変わる。
その中央に立ったのが、最初に声を発したAランクの教練場総督だった。
「これより、冒険者協会訓練生入学式を執り行う」
形式張った言葉だが、声は淡々としている。
「ここにいる全員は、本日付でHランク――訓練生となる」
Hランク。
最下位。
冒険者ですらない存在。
「この場に立てたことを、誇りに思う必要はない」
ざわり、と小さく空気が揺れた。
「だが、軽んじる必要もない」
「ここに立つ資格があると、協会が判断した事実だけは覚えておけ」
僕は、無意識に背筋を伸ばしていた。
次に、一人のAランク協会員が前へ出た。
年配の男性で、白髪交じりの髪を後ろで束ねている。
「冒険者協会は、英雄を量産する組織ではない」
静かな声だが、よく通る。
「我々の目的はただ一つ」
「世界を記録し、次に繋ぐこと」
そう言って、彼は2枚の地図を掲げた。
古い地図と、新しい地図。
二枚が並べられる。
「この差が、冒険者の成果だ」
線が増え、文字が増え、空白が減っている。
「剣の強さは、いずれ衰える」
「魔法も、永遠ではない」
「だが、記録は残る」
「帰還した者の数だけ、世界は前へ進む」
その言葉は、僕の胸に深く沈んだ。
式の最後に、訓練生一人ひとりの名前が呼ばれる。
呼ばれた者は一歩前へ出て、隊員証を受け取る。
そこに刻まれているのは、名前と――「H」。
「アルド・プルート」
僕の番が来た。
石畳の上を歩く音が、やけに大きく響く。
隊員証を渡してきたCランク教官は、僕の顔を一瞬だけ見て言った。
「覚えておけ」
「この証は、命を守るためのものだ」
重みのある金属だった。
胸に下げると、不思議と現実感が増す。
――戻る責任が、できた。
そう思った。
全員が並び終えた後、教官が締めくくる。
「これより先、お前たちは常に評価される」
「速さではない」
「強さでもない」
「判断と、生存だ」
そう言い切ると、短く命じた。
「以上!訓練生、解散――」
その瞬間、
僕ははっきりと理解した。
ここは夢を見る場所じゃない。
生き残る方法を叩き込まれる場所だ。
そして僕は、
その一番下の段から、歩き始めたのだ。




