1-4 戻る仕事
その年、
父は、帰ってこなかった。
「遅れてるだけだ」
母はそう言った。
何度も。
自分に言い聞かせるみたいに。
父は三人分の地図を持って出ていった。
「すぐ戻る」と言って。
いつもと同じ声で。
最初の三日は、
僕は家の前で待っていた。
四日目からは、
母と一緒に地図を広げた。
線の途中に、
小さな印が増えている。
「ここで野営したはず」
「この川は渡れたはず」
母は淡々と指で追っていく。
感情を挟まないようにしているのが、子どもの僕にも分かった。
七日目。
戻ってきたのは、父ではなく、
父の持っていた地図だけだった。
それを渡してきた男は、
目を合わせなかった。
「……途中までは一緒だった」
それ以上は、何も言わなかった。
母は、
礼を言って、地図を受け取った。
泣かなかった。
父が帰ってきたのは、
十日目の朝だった。
戸を叩く音がして、
僕は反射的に立ち上がった。
がたん、という音。
木戸が開く。
そこに立っていた父は、
確かに父だった。
でも、
いつもの父ではなかった。
片腕が、うまく動いていない。
歩くたびに、少しだけ体が傾く。
荷は、ほとんど持っていなかった。
「……ただいま」
その声は、
遠くから無理やり引き戻されたみたいに、
かすれていた。
母は、
何も言わずに父を抱きしめた。
強くも、弱くもない。
「離さない」と決めた人の抱き方だった。
夜、
暖炉の前で、父は話した。
「……線の先までは、行けなかった」
地図を広げる。
線は、途中で折れている。
「崩れてた」
「それだけじゃない」
父は、少しだけ黙ってから言った。
「帰る道が、消えかけてた」
それは、
今まで聞いたことのない言葉だった。
「道は、行くためだけのものじゃない」
「帰れない道は、地図じゃない」
父はそう言って、
震える指で線をなぞった。
「だから、戻った」
それは、
言い訳じゃなかった。
敗北でもなかった。
選択だった。
何も知らない人々は父を蔑むだろう…
だが同業である冒険者はこういうだろう…
父を勇気ある選択をした
勇敢な人であると…




