1-3 待つという仕事
七つになった頃から、僕は少しだけ、役に立つことが増えた。
と言っても、
荷を運ぶわけでも、地図を書くわけでもない。
水袋を並べる。
乾いた肉の数を数える。
木箱に印をつける。
父と母がやっていることを、
すぐ横で、真似するだけだった。
「それは三つで一組だ」
「こっちは別の箱」
父の声を聞きながら、
僕は小さな木札に、数字を書いた。
1、2、3。
字はまだ歪んでいたけれど、
数が合っていると、少し誇らしかった。
母は、使い終わった地図の端をくれた。
「裏なら、好きに使っていいわ」
そこに、僕は線を引いた。
村。
畑。
井戸。
森の入口。
正しいかどうかは、どうでもよかった。
線を引くこと自体が、楽しかった。
父はそれを見て、少しだけ笑った。
「記録はな」
「上手く描くことじゃない」
「忘れないことだ」
その意味は、
あとで分かることになる。
九つの年の、ある日。
いつものように、冒険者の一団が村を発った。
小隊規模。
見慣れた顔もあった。
「三日で戻る」
そう言って、手を振ってくれた人もいる。
僕は、その数を数えた。
一人、二人、三人、四人……。
父と母も、いつも通りだった。
荷を渡し、地図を確認し、
「気をつけて」とだけ言う。
僕は、それを見て、
もう慣れたつもりでいた。
三日目。
朝になっても、
荷車の音がしなかった。
四日目。
母は、何も言わずに水袋を準備した。
父は、地図を広げたまま動かなかった。
五日目。
村に、別の冒険者が来た。
鎧に傷があり、
足取りが重かった。
「……戻らなかったか」
その言葉で、
僕の胸が、ぎゅっと縮んだ。
その夜、
僕は初めて、眠れなかった。
外の音を、数えていた。
風。
虫。
遠くの犬。
荷車の音がしない。
「……まだかな」
小さく呟くと、
母がそっと布団をかけ直した。
「待つのはね」
「行くより、ずっと怖いのよ」
その声は、少し震えていた。
翌朝。
見張り台から、声が上がった。
「帰ってきた!」
僕は、思わず外へ飛び出した。
人数を、数える。
一人、二人……。
足りない。
胸が、冷たくなる。
それでも、
戻ってきた人たちは、生きていた。
父は何も言わず、
母は水を渡し続けた。
その光景を、
僕は黙って見ていた。
その日の夜、
父は僕に言った。
「行く人は、覚悟を決める」
「でも、待つ人は、何もできない」
「だから、記録が必要なんだ」
父は、地図の空白を指さした。
「ここで、引き返すと決めていれば」
「もっと戻れたかもしれない」
その言葉は、
責めているようで、そうじゃなかった。
ただ、事実だった。
その日から、
僕の地図には、×印が増えた。
行けない場所。
危ない場所。
戻れなかった場所。
線を引くより、
消すことの方が多くなった。
でも、
それでいいと、初めて思えた。
進まないことも、
大事な判断だと、知ったから。
あの時、
僕は理解した。
冒険は、行く人の物語じゃない。
待つ人の時間も、同じだけ重い。
だからこそ、
戻れる冒険をしなければならない。
それは、
少年の僕が初めて覚えた、冒険者のルールだった。




