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プレアデスの伝説 姫たちの建国物語  作者: のらしろ
第五章 プレアデス領国
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第111話 短波の無線



 貿易が軌道に乗り、フランの兄が満足げに帰っていった後も、俺たちのプレアデス領国は相変わらずのドタバタだった。

 干物の品評会は結局三日三晩続き、最終的には「どの干物が一番酒に合うか選手権」へと変貌を遂げ、ダートン技師長が優勝カップ(もちろん自作)を掲げて泥酔していた。


 まったく、平和なのは結構だが、もう少し生産的な活動に情熱を傾けてほしいものだ。

 そんなある日、俺はフランとダーナに呼び出され、執務室――とは名ばかりの、フェリーの一室に集まっていた。


「守様、最近の我が国の財政状況についてご報告いたします」


 フランが真面目な顔で一枚の羊皮紙を広げる。そこには、素人目にもわかるほど右肩上がりのグラフが描かれていた。


「……すごいな。貿易黒字、うなぎのぼりじゃないか」


「はい。特に好評なのが、例の『神の樽酒』ですわ」


「ネーミングセンスはどうなんだ、それ……」


 神の樽酒。その正体は、カーフェリーの食堂にあるドリンクサーバーから巨大なホースを直結し、ドワーフたちが作ったオーク樽にワインを「これでもか!」と詰め替えただけの一品だ。 

 詰め替え作業の光景は、どう見ても密造酒の現場にしか見えない。


 ドワーフたちが「神の恵みじゃあ!」「この聖なる蛇口から、無限に黄金の液体が湧き出てくるぞい!」などと叫びながら作業しているので、神聖さのかけらもない。


 しかし、これがフランの祖国である植民都市で「奇跡のワイン」として大ヒット。

 樽に詰め替えたことで、ほんのりと木の香りが移り、絶妙な高級感を醸し出しているらしい。 結果、金貨がザクザクとこちらに流れ込んでくる事態となっていた。


「このままでは、金貨で城が建ちますわね」


「いや、その金でインフラ整備をしろよ! ドワーフが金貨を潰して風呂を作ろうとしてたのを止めたばっかりなんだぞ!」


 俺のツッコミも虚しく、フランはうっとりと金貨の勘定を続けている。

 国として自立する準備どころか、ただの成金国家になりかねない勢いだ。


 獣人国との関係も、貿易とまではいかないが、人的な交流は続いていた。

 特に、獣人国からやって来たプレアデスの姫であるミャリーの存在が大きい。

 彼女の二人の従者、兎人のモモとアンズが、獣人国からの訪問者たちと積極的に交流し、架け橋となってくれているのだ。

 今日も今日とて、獣人国からやってきた使節団――というか、単にミャリーに会いに来ただけの親戚一同のような集団が、浜辺でモモとアンズに遊ばれていた。


「にゃー! こっちこっち! この光る棒を追いかけるにゃ!」


 ミーシャがレーザーポインターで砂浜を照らすと、屈強な虎の獣人たちが我を忘れて光点を追いかけ回している。

 平和な光景だが、国の威信とか大丈夫なのだろうか。


「全員整列! これより、尻尾を使った合図の訓練を開始する!」


 誰か獣人の号令一下、犬や狼の獣人たちが一斉に尻尾を振り始める。

 ブンブンと風を切る音が勇ましいが、どう見ても喜んで尻尾を振っているだけだ。

 そんな和やかな交流が続いていたある日、獣人国から一人の重要人物が訪れた。獣人国の長老、白銀の毛並みを持つ威厳あふれる狼の獣人だ。


「――して、守殿。単刀直入にお願いがあって参った」


 長老は、迎賓館のソファに深く腰掛け、鋭い眼光で俺を見据える。

 そのあまりの迫力に、俺は思わず背筋を伸ばした。


「は、はい。なんでしょうか」


「うむ。我が国の宝、ミャリー姫のことじゃ」


 長老はそこで一度言葉を切り、ふぅ、と長い息を吐いた。


「姫には、本来十人の従者が仕える定め。この地にいるモモとアンズはそのうちの二人……じゃが、残る八人が行方知れずなのじゃ」


「八人、ですか」


「左様。先の混乱で散り散りになってしもうてな。我らもあらゆる手を尽くして探してはおるのじゃが、一向に手がかりがない。そこで、じゃ。守殿の持つ、その不思議な力とやらで、姫の従者たちを探し出してはくれまいか」


 真剣な眼差し。国の重鎮からの、心のこもった依頼だ。これは断れない。


「……わかりました。俺にできることなら」


「おお、おお! 引き受けてくれるか! さすがは我が孫娘が見込んだ男!」


 途端に威厳が崩壊し、長老は「でかした!」とばかりに俺の背中をバシンバシンと叩き始めた。痛い、痛いから! 威厳はどこへ行ったんだ!

 話を聞きつけたサーシャが部屋に飛び込んでくる。


「おじい様! 本当ですの!? みんなを探してくださるのですか!」


「うむ、そうじゃよ、ミャリー。よかったのう」


 完全に好々爺の顔になった長老が、ミャリーの頭を優しく撫でている。

 すると、どこからともなくアリエルまで現れた。


「まあ、素敵ですわ! 人探しですのね! でしたら、私の従者も探していただけませんこと?」


「え、お前もなのか?」


「はい! 私にも本来仕えるべき天使の騎士たちがいるはずなのですが、翼をなくした私を見捨ててどこかへ……うっ、思い出しただけで涙が……」


 急に悲劇のヒロインぶるな!

 こうして、獣人の姫と元天使の姫、二人の従者捜索という壮大なミッションが、俺の肩にのしかかることになった。

 フランとダーナに領地の運営を任せ、俺はしばらく中断していた海図作りを再開し、もう少し遠くまで足を延ばして捜索を始めることにした。


「しかし、遠くまで行くとなると、問題は通信手段だな」


 俺はフェリーのブリッジで腕を組む。


「今使っている無線機は、見通せる範囲じゃないと通じないからな」


「みとおせる?」


 隣にいたエルム先生が不思議そうに首を傾げた。


「ええ。電波が真っ直ぐ飛ぶので、島影とか、あとは水平線の向こう側には届かないんですよ」


「水平線の向こう……?」


 どうやら根本的なところから説明が必要らしい。

 俺はエルムや集まってきた幹部たちを前に、一つの作戦を提案した。


「まず、このカーフェリーを湾の入り口近くまで移動させる。そうすれば、フェリーのマストを中継基地にできるから、見通せる範囲が格段に広がる。その範囲内で、巡視艇を使って捜索を開始する」


「なんと! この巨大な船を動かすのですか!」


「島が……島が動くのですわ!」


「守様は、大地すらも動かす神だったのですね……!」


 違う! 船だって言ってるだろ!

 なんでそう解釈が飛躍するんだ!

 若干のパニックと誤解を招きつつも、なんとか説明を終え、俺たちはフェリーを移動させた。これで少なくとも半径50kmくらいまでは、巡視艇との無線が通じるはずだ。


 海図の測定をしながらの捜索が始まった。

 とはいえ、広大な海だ。

 やみくもに探しても見つかるはずもない。

 まずは自動で航行させながら海底地形や水深を記録し、海図の空白地帯を埋めていく作業からだ。


 幸い、このあたりは海も穏やかで、危険な岩礁なども少ない。

 前に見つけた岩礁以外では、俺は知らない。

 少なくともこの島にやってくる連中に聞いてもあれ以外のというか、あの岩礁すら知らなかったようだし、まず特に気を付ける必要はないかとは思う。

 通常の監視で大丈夫だろう。


 調査は、母港から日帰りで戻れる範囲で続けている。

 毎朝、巡視艇で出航し、夕方にはプレアデス領に帰港する。

 地道な作業だが、俺たちの海図は着実に広がっていった。

 そんなある日、巡視艇での調査中、無線の番をしていたエルム先生が、不思議でならない、という顔で俺に話しかけてきた。


「守様、この『むせん』という道具ですが、なぜ水平線の向こうとは話せないのですか? 声が海に落ちてしまうのでしょうか?」


「いや、声は落ちませんけど……」


 これは、ちゃんと説明した方がよさそうだ。

 俺は母港に戻ると、海図室の後ろに設置した大きなホワイトボードの前に皆を集めた。


「いいか、みんな。俺たちが住んでいるこの星は、実は平らじゃないんだ」


 俺がそう言うと、集まった面々はきょとんとしている。


「にゃ? お皿みたいに平らじゃないにゃ?」


 ミーシャが素っ頓狂な声を上げた。


「ああ。実は……丸いんだ」


 俺はホワイトボードに大きな円を描き、そのてっぺんに棒人間(俺)とアンテナを描いた。そして、少し離れた場所に、もう一つの棒人間(巡視艇)を描く。


「こうして星が丸いと、遠くに離れれば離れるほど、相手は地面の向こう側に隠れて見えなくなってしまう。これが水平線だ。俺たちが使っている無線は、光と同じで真っ直ぐ飛ぶから、こうして間に星自体が割り込んでくると、電波が届かなくなるんだよ」


 俺の説明に、一同は「おお……」と感嘆の声を漏らす。


「な、なるほどのう……。だから水平線の先は少し丸まって見えたのか。てっきり酒のせいかと思っておったわい」


 ダートン技師長が納得したように頷く。あんたはまず酒を抜け。


「では、海の向こうに行き過ぎると、星の裏側に落ちてしまったりはしないのですか?」


 サーシャが真顔でとんでもない質問をしてきた。


「落ちない! ちゃんと引力っていう力で引っ張られてるから大丈夫だ!」


「つまり、この星自体が巨大な球体兵器……!?」


 ダーナの思考はすぐに物騒な方向へ行く。頼むから黙っててくれ。

 俺の説明で、皆、無線の見通し範囲については理解してくれたようだが、エルム先生が新たな質問を投げかけてきた。


「守様の説明にあった『この無線は』という言葉が気になりました。ということは、他の手段があるのですか?」


 鋭い。さすがは先生だ。


「ええ。あるんです。もっと遠くと通信するための無線がね。短波っていう電波を使うんだ」


 俺は再びホワイトボードに向き直り、今度は地球の上に「電離層」という層を描き加えた。


「空のずーっと上の方には、電波を反射する鏡みたいな層がある。短波っていう電波は、そこに向けて発射すると、鏡に当たって跳ね返るみたいに、地上に戻ってくるんだ。これを繰り返すことで、水平線の向こう側、それこそ星の裏側とだって通信ができるようになる」


 説明していてなんだが、電離層があるのは地球の話で、この世界にあるかどうかは俺は知らない。

 まあ、電波の広がりの関係で短波なら、反射を使わなくともある程度遠くまでは繋がるとは思うけど、そのうち調べないとまずいかな。


「なんと! 空に鏡が!」


「魔法ですわ!」


 もはや何でも魔法で片付けようとするな。科学だと言ってるだろ。

 俺の説明を聞いて、皆の目が輝き始めた。


「守様、それを使えば、もっと遠くまで従者を探しに行けますわ!」


「そうです! 獣人国本国とも直接話せるようになるかもしれません!」


 そうだ。俺たちの活動範囲も広がってきている。そろそろ、次のステップに進むべき時かもしれない。


「……よし、わかった。それじゃあ、やってみるか。カーフェリーには、もともとMF/HF帯、つまり中波から短波まで出せる本格的な無線機が積んであるんだ。これを使えるように、実験を始めてみよう!」


「「「おおーっ!」」」


 俺の宣言に、一同は歓声を上げた。

 こうして、俺たちの新たな挑戦、短波無線通信の実験が始まった。

 ケリーたちに巡視艇を操船させて、とりあえずここから100Kmくらい離れてもらい、無線を使う。


 いよいよ無線機の電源を入れる。

 ジー……ザー……というノイズがスピーカーから流れ出す。ダイヤルを回していくと、時折、未知の言語や音楽のようなものが混じってくる。


「おお……聞こえるぞ! ケリーの声が!」


「これが……!」


 みんな、感動しているようだが、今は感傷に浸っている場合じゃない。


 実験は、まあ、なんとか使えそうだという感触は得られた。だが、安定しているとは言い難い。


「……やっぱり、陸上にしっかりとした無線基地が欲しいな」


 俺がぽつりと呟くと、隣にいたフランがにこりと微笑んだ。


「では、次の建設計画は『無線基地』ですわね。予算は、例のワインの売上から捻出いたしましょう」


「……お手柔らかに頼むよ」


 こうして、従者探しのための通信手段確保は、プレアデス領国に新たな建設計画をもたらした。

 俺は空を仰ぎ、これから始まるであろうさらなるドタバタに、期待と不安の入り混じった深いため息をつくのだった。


「異世界よ! 人探しのはずが、なんで情報インフラ整備になってるんだ!」


 その嘆きは、短波無線のノイズのように、誰にも届かずに空へと消えていく。

 そして翌日もまた、笑いと混乱と開発の嵐が俺たちを待っているのだった。


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