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辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第8話 暮らしと交渉と春の風






 ――春の匂いは、土の奥からやってくる。

 昨夜の雨が白水路にうっすらと泥を混ぜ、

 道路に残る小さな水溜りが、空の薄青を映していた。


 ログイン完了。

 今日もまた、静かに世界が動き出す。


 《春期市場:安定》

 《層衣需要:横ばい》

《三谷郷統合:順調》

《水利調整:効率+8》

《外交通知:レドール侯国より親書》


 「……親書?」

 「ええ。珍しいですね」

 副官レリィが淡く微笑む。

 「レドール侯国は、以前ユーリス卿と揉めた“交易封鎖事件”のあった国です」

 「覚えているわ。あのときは大変だった」

「今度は“相談に乗ってほしい”とのことです」


 ――相談。

 外交の裏には常に思惑がある。

 だが、辺境の領主である私に対し、

 他国が“相談”を持ちかけるのは悪い話ではない。


 「内政の合間に、少しだけ会ってみるわ」

 「了解しました。……外交モードのカレンツ様、楽しみです」

 「楽しむものじゃないのだけど」

 「いえ、いつもの倍くらい冷静で素敵です」

 「……褒めてる?」

「もちろんです」


 朝の会話一つだけで、今日が良い日になる気がした。



◆ 第一節:春の外交 ― “困っている国の相談”


 午後。

 領都の迎賓館にレドール侯国の使者がやってきた。


 灰色の羽織、肩には細い剣。

 礼儀正しいが、明らかに疲れている顔つき。


 「辺境伯カレンツ殿にご挨拶申し上げます」

 「遠路をありがとう。話を聞くわ」


 使者は深く頭を下げ、巻物を広げた。


 「実は……我が国の“南方交易路”が大雨で崩落しまして、

 新しいルートを確保したいのです。

 そこで――貴領の白水路を、貨物運搬の一部に使わせていただけないかと」


 私は少し考える。


 白水路は、今年整備したばかりの水路。

 水量は安定しているが、外国の貨物が流れれば水質問題、

 あるいは盗難や価格崩壊のリスクもある。


 「条件を教えて」


 使者は頷いた。


 「1. 交易量の月別報告

  2. 水路使用料の分配

  3. 重大な事故の際は共同対応

  ……以上の三つを守ると」


 レリィが耳元で囁く。


 「カレンツ様、これ……悪くない条件に見えますが」

 「ええ。でも、“悪くない”だけでは受けられないの」


 私は机の上に小さな計算板を開く。

 数字をざっと並べ、仮想の水量と貨物量を入力。


 「使者殿。

 もし貨物量が突然倍増したら、白水路の水門操作はどうします?」

 「……いえ、その……」

 「水門はひとつ間違えると、農地が水没する。

 つまり、“あなた方の都合”で領民が被害を受ける可能性がある」


 使者が困ったように頭を垂れる。

 「ごもっともです」


 我ながら、口調が静かに鋭かった。


 私は続けた。

 「条件を一つ追加します。

 “貨物の量が予定を超える場合、三日前に通達すること”。

 これが守られないなら、即時に水路使用は禁止」


 使者は深く深く頭を下げた。

 「……必ず守ります!」


 《外交成功:小同盟成立/水路協定+15》


 レリィが小声で。

 「……さすがですね。強く出ても嫌われない」

 「嫌われても構わないわ。“守るべきもの”があるのだから」

 「……はい」


 交渉は無事に終わった。

 だが今日の仕事はここからだ。



◆ 第二節:外交の余波 ― 内政の数字が揺れる


 迎賓館を出ると、レリィが帳簿を広げた。


 「カレンツ様、今の外交協定で……

 水路の使用料が年間で“少し”増えます」

 「少しとは?」

「農業予算+3%分ほどです」


 ――良い数字。

 しかし、その後ろに“問題”が付く。


 「その分、生水の使用量が増える可能性が。

 浄化費が上がるかもしれません」


 私は歩きながら返した。

「浄化の仕組みを再編しましょう」


 レリィが目を瞬く。

「再編……ですか?」


 「水路の下流に“砂利層”を追加するの。

 微生物が増えれば、自然に水がきれいになる。

 これならコストはほぼゼロ」


 「また……地味で強いアイデアですね」

 「地味の積み重ねで国は守られるのよ」


 《内政:浄水技術改善/衛生+10/維持費-8%》



◆ 第三節:外交がもたらす“噂” ― 市場がざわつく


 翌日、春市の市場が少しざわついた。


 「カレンツ様!

 レドール侯国の貨物が流れてくるって本当ですか?」

「白水路を使うって聞いたぞ」

「危険なものは来ねえだろうな?」


 人は“知らないこと”に不安を抱く。

 私は市場の中心に立ち、板を掲げた。


 《白水路協定について

  ・運ばれるのは主に穀物・布・薬草

  ・流す量は管理される

  ・危険物の搬送は禁止

  ・水門操作は領主管理

  安心して暮らしてください》


 レリィが私に囁いた。

 「……この公示、ものすごく丁寧ですね」

 「人は“見えること”で不安が半分消えるのよ」


 市場の空気が安定していくのがわかる。


 《治安+4/民心+6》



◆ 第四節:外交を生かす技術発展 ― “春の港計画”


 外交が成立した以上、

 こちらも改善しなければならない。


 私は工房に技師シアンを呼んだ。


 「白水路の荷揚げ場を拡張したいの。

 ――簡易港みなとを作るわ」


 シアンの目が輝く。

「水路港……!」


 「貨物を一度に扱うと混雑する。

 だから、水路の途中に“仕分け桟橋”を作りたい」


 レリィが驚いたように言う。

「……貨物の渋滞解消ですね」

「ええ。交通だけじゃない。

 “物流の渋滞”は、国の成長速度を落とす」


 シアンが図面を描き始める。

 「桟橋は三つ。

  A:農産物

  B:布・衣類

  C:薬草・木材

 流し込む場所を分けると効率が三倍に上がります!」


 「素晴らしいわ。

  三谷郷の雇用にもなるしね」


 《技術:簡易水路港/物流効率+20/雇用+8%/市場活性+12》



◆ 第五節:外交から内政へ ― “税の再配分”


 夕方、執務室。

 レドール侯国の水路使用料について、私は税の再配分を決定した。


 「三谷郷に三割、領都の市場整備に三割、

 工房の新水門技術に一割。

 残り三割は“予備費”へ」


 レリィが目を丸くする。

 「……予備費にそんなに?」

 「外交は“想定外”も連れてくる。

 備えがなきゃ倒れるわ」


 《内政:税配分の最適化/安定度+12》



◆ 第六節:外交の影 ― 密やかな訪問者


 夜。

 執務室の灯が静かに揺れる頃、

 扉がノックされた。


 「――辺境伯殿。レドール侯国使者とは別に、もう一名、来客が」

 レリィが小声で告げる。


 「誰?」

 「……ユーリス卿です」


 私は少しだけ肩をすくめた。

 「あの好戦的な人、また来たの?」

 「いえ、今回は“相談”だそうで」


 外交は時に、妙な連鎖を生む。

 それもまた、政治の一部だった。



◆ 第七節:夜の外交席 ― “噂を聞いた”


 個室に入ると、ユーリス卿が笑っていた。


 「相変わらず、静かな城だな。

 ……白水路の話、聞いたぞ」


 「噂が早いわね」

「商人が嬉しそうに話していた。

 “カレンツ辺境伯の領地は安泰だ”ってな」


 彼はワインを置いて言った。


 「俺からの頼みは一つ。

 ――レドール侯国が増長しすぎたら、教えてほしい」


 「あなた、まだ彼と張り合っているの?」


 ユーリスは肩をすくめた。

「戦わねぇよ。けど油断もしねえ。

 あんたの領地は、俺にとって“世界の温度計”みたいなもんだ」


 ……やれやれ。


 「わかった。

 ただし、こちらに被害が出るようなことがあれば教える。

 それ以外は自分で確かめて」


 ユーリスが笑う。

 「やっぱ頼りになるな。

 あんたは“静かな中心”だ」


 《外交:友好維持/緊張抑制+10》



◆ 終章:外交が終わり、暮らしが始まる


 ユーリスが帰り、深夜。

 私は窓を開けた。


 白水路の水音。

 春衣の布を干す音。

 工房の風炉の煙。

 三谷郷の灯。

 そして遠くの桟橋で、荷物を仕分ける音。


 外交は波を起こす。

 内政はその波の形を整える。


 その二つの間を歩くのが――領主の仕事だ。


 レリィがそっと紅茶を置く。

 「……今日も、地味に勝ちましたね」

 「ええ。外交でも、暮らしでも」

 「では、穏やかな勝利の一日ですね」

 「そうね。最高の一日よ」


 新しい通知が現れる。


 《称号更新:暮らしの守り手 → “穏和の調停者”》

 《外交効果:相手国信頼+20》


 私は静かに笑った。


 ――今日も、静かに。

 ――そして確かに。


 また一歩、領地が豊かになった。






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