第7話 技と暮らしと内政のはざまで
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――春の匂いが少し混じる朝。
雪解け水が白水路を軽く叩き、遠くで鳥が鳴く。
ログインの光が薄れていくと、机上に厚い報告書の束が現れた。
《領内人口:微増》
《春期予算案:提出待ち》
《工房産業指数+4》
《教育指数+2》
《水利安定度+10》
「……春ね。数字が柔らかいわ」
「春の空気と同じです、カレンツ様」
ハーブ茶を置く副官レリィの声は、いつもより軽やかだった。
「ですが……ひとつ、頭の痛い問題が」
「また?」
「はい。“三村統合案”です」
なるほど。
冬の間に小さくなった村同士をまとめ、
共同で学校と工房を利用できるようにする――あの案件だ。
「議論は白熱しています」
「“白熱”という言葉、嫌な予感しかしないけれど」
「ええ。お察しの通りです」
春の訪れは、人を元気にしてしまう。
良くも悪くも。
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◆ 第一節:三村統合会議 ― 内政は静かに火を噴く
大広間。
農民代表、職人代表、長老、そして商人ギルド。
四つの視線が、私に集まる。
長老が最初に口を開いた。
「辺境伯様、三つの村を一つにまとめると……名はどうするんです?」
「名前?」
「ええ。そこが一番揉めております」
レリィが小声で囁く。
「……順番、逆ですね。まず生活の話をしてほしいのですが」
「ええ。名前は最後でいいのにね」
農民代表が机を叩く。
「うちの“白谷村”という名前が一番歴史がある!」
職人代表が返す。
「いや、“針路村”の方が新しくて覚えやすい!」
商人ギルドはさらに声を張る。
「いっそ“市場村”にすればいい!」
――このゲーム最大の難関は、
モンスターでも戦争でもなく、エゴの衝突だ。
私は手を上げ、全員を静めた。
「名前については後回しにします。
まず、“統合した場合の利益と損失”を説明させて」
机の上に、数字と図表を並べる。
「まず学校。
教師は一名しかいない現状だと、三村全員を教えられない。
――統合すれば、“学びの間”を拡張できる」
職人代表が腕を組む。
「工房も、分散してるよりまとまってた方が便利です」
商人ギルドも頷く。
「道具の受け渡しが減りますな」
長老が口を挟む。
「……だが、村の“誇り”が消えてしまう」
私は静かに返した。
「誇りは“名前”ではなく、“暮らし”で守るものよ」
その場が静まる。
私は続けた。
「それでも、名前にこだわるなら――
**“三谷郷”**にしましょう。“三つの谷が一つになる”という意味よ」
農民代表が驚く。
「おお……悪くない」
商人ギルドが頷く。
「名も売れる」
長老がゆっくり席から立ち上がる。
「辺境伯様が決めるなら、それでよい」
レリィが小声で。
「……カレンツ様、これ、何日も揉めていたんですよ?」
「名前は“中立が作る”のが一番早いのよ」
「覚えておきます」
こうして三村統合案は成立した。
《内政:村落統合成功/行政効率+15/学校運用+20》
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◆ 第二節:春の〈水〉工事 ― 水量配分は内政の心臓
統合が決まった三谷郷の水路工事が始まる。
春の水は豊富で、作業ははかどる。
だが、水を“どこにどれだけ流すか”は政治でもある。
「畑に入れる水を増やせ!」
「いや、工房の冷却水が足りない!」
「飲み水を優先してくれ!」
――春は争いの季節でもある。
私は白水路の上に立ち、分水枡を指差した。
「ここに“調整石”を置くわ。
水量を三段階調整できるようにする」
「三段階……?」
「畑向け、工房向け、生活用水。それぞれに分岐点を作るのよ」
レリィが感心した声を漏らす。
「水利を“政策化”するんですね」
「ええ。水が政治なら、政治は数字よ」
私は板に記す。
――春期水利配分禁止事項
・畑への供給最大値を超えないこと
・冷却用水の優先順位は“工房=教育=医療”
・生活用水は最優先
「この三つを守って。
守れないなら……分水枡の鍵を、しばらく取り上げる」
全員が息を呑む。
「鍵を取り上げる」という極端な手段。
しかし、水争いは殺人事件を起こすことがある。
その前に抑止力を作るのが領主の仕事だ。
《内政:水利法運用開始/争い発生率-40%》
レリィが言う。
「カレンツ様、相当強気の政策ですね」
「水と税は、甘くすると腐るの」
「……覚えておきます」
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◆ 第三節:春衣計画 ― 技術×内政の結晶
工房では“層衣”の春版が作られていた。
冬より薄く、軽く、しかし風を通しにくい。
ソラナが色鮮やかな布を差し出す。
「春衣の“色指定”を決めてください、辺境伯様」
「色指定?」
「はい。“村ごとの色”を決めてほしいと」
「なるほど……統合した三谷郷の“象徴色”ね」
レリィが耳元で囁く。
「こういうの、揉めますよ」
「ええ。だから――これでいくわ」
私は、白・薄緑・琥珀の三色を取り出す。
「白は“雪解け”、薄緑は“芽吹き”、
琥珀は“春の光”。
――三つ合わせて“春の三色”にする」
職人たちが歓声を上げる。
「全部の色を使えるのか!」
「これなら誰も文句を言わねぇ!」
《春衣政策:住民満足度+8/衣料産業+15%》
レリィが苦笑した。
「……カレンツ様、色の選び方まで政治なんですね」
「政治よ。色は感情を支配するものだから」
「名言です。格言帳に――」
「やめて」
「入れます」
「やめて」
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◆ 第四節:春期予算案 ― 数字と暮らしの折り合い
夜、執務室。
分厚い予算案を前に、私はレリィと向き合う。
「農業に三割、工房に二割、
学校に二割、医療に一割……
残り一割は、備蓄に回すわ」
レリィが眉を寄せた。
「ですが、工房は“螺旋車”の改良で資材を要求しています」
「知ってるわ。でも農業が弱れば、工房の材料も買えなくなる」
「……“土台”を優先するんですね」
「ええ。国はまず“食”でできている」
私は細かな数字を修正する。
・教育支出+5%(読み書き増加)
・医療支出+3%(春病対策)
・水利管理費+7%(水路整備)
・防災費+2%(風笛交換費用)
《内政:春期予算案 可決/安定度+10》
レリィがぽつりと言った。
「……カレンツ様。
こういう地味な作業を、なぜ苦になさないのですか?」
私は静かに答えた。
「“地味な仕事”を好きになれる人間が、
世界でいちばん強いからよ」
レリィが少し照れたように笑う。
「はい。……わたしも少し、強くなれた気がします」
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◆ 第五節:春の市 ― 人が集まり、世界が回る
春衣のお披露目を兼ねて、
春市が開催された。
子ども用マント、春野菜、整備された螺旋車の試乗、
風炉の展示、染めた布の即売会。
村人たちが言う。
「春衣、軽くて動きやすいですなぁ!」
「この“太陽色”、うちの娘が喜びます!」
レリィが私に寄ってくる。
「カレンツ様、春の売上図を見てください」
私は板を覗き込んで驚いた。
「……“衣”が“農具”を抜いたの?」
「はい。“生活の質”が上がると、人は新しいものを買います」
「なるほど……市場が成長したのね」
《産業発展:衣料産業+20/市場流通+15》
私は静かに言った。
「――戦は、人を壊す。
でも、暮らしは、人を動かすの」
レリィが微笑む。
「その言葉……名言帳の一番上に――」
「やめて」
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◆ 第六節:春の頂 ― 再建の果て
春市の喧騒が消えた夜。
私は丘の上に立っていた。
見渡すと、
春衣を纏った人々が歩き、
白水路には春の水音が満ち、
工房には灯がともり、
凍土温室には緑が揺れる。
どれも小さな、だが確かな光景。
レリィが隣に立つ。
「カレンツ様……春、ですね」
「ええ。退屈で静かな春よ」
「わたし、こういう春が好きです」
「わたしも」
通知が浮かび上がる。
《称号更新:退屈の発明者 → “暮らしの守り手”》
《効果:内政安定+20/民心上限+10》
私は息を整え、静かに呟く。
「――今日も勝ったわね。地味に」
「はい。完璧な“平和の勝利”です」
春の風が、ゆるやかに吹き抜けた。
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