第6話 暮らしを縫い合わせる手
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――まだ冬が残っていた。
白水路には薄氷が張り、遠くの森は霜に包まれている。
だが、空気はほんのわずかに柔らかく、季節が動き始めていることを知らせていた。
ログイン完了。
光粒が集まり、執務机の上に今朝の通知が並ぶ。
《凍土温室:発芽率+4%》
《風炉:燃費安定》
《螺旋車:稼働率80%》
《学びの間:識字クラス満席》
「……悪くないわね」
「素晴らしい滑り出しです、カレンツ様」
副官レリィが、熱いハーブ茶を置いてくれる。
彼女の頬にも、冬の赤みが少し残っていた。
「ところで――朝から妙な報告が来ています」
「妙な?」
「はい。“布”について、領内中の婦人会から依頼が殺到していまして」
「布?」
「ええ。“寒い。もっと暖かい服が作れないのか”と」
なるほど、と私は頷く。
冬が長い地域では、衣が暮らしの質を左右する。
今季は特に雪が多く、多くの家が“継ぎ当て”だらけの服でしのいでいた。
「……よし、衣の再建に着手するわ。
工房組に“織りと染めの改革”を提案しましょう」
「了解しました。娘たちが泣いて喜びますね」
「泣かれたら困るけれど……喜ぶのは大歓迎よ」
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◆ 第一節:〈織り〉の改革 ― 糸を組む人々
午前。
工房通りには、糸が張られた枠がずらりと並ぶ。
冬は布作りに最適の季節だ。空気が乾いており、糸が良く締まる。
「辺境伯様、お待ちしておりました!」
織師の老人バロッサが、布の束を抱えながら頭を下げる。
「見てくだせぇ、この〈黒光布〉。夜影草の繊維を混ぜたやつです」
「……ふむ。軽いのに強いわね」
指先でつまむと、しっとりとした滑らかさ。
闇属性素材だが、宗務庁査察以降、恐れの声はむしろ減っていた。
“闇でも役に立つなら、それでいい”――人々は現実的だ。
「この布で、何を作るんです?」
と職人の娘が尋ねる。
私は迷わず答えた。
「――“重ねる服”。
表と裏、二層にして、間に空気を抱かせるの」
「空気……ですか?」
「そう。空気は最高の断熱材。
軽くて暖かい“層衣”を作りたいの」
工房の職人たちがひそひそと声を上げる。
「層衣? あたらしい響き……」
「でも面白いぜ。やってみるか」
そこで私は細かな指示を出す。
「縫い目は“折伏せ縫い”。隙間が残らず暖かい。
袖口は絞って、風を入れないように」
「へぇ、細けえ……」
「あと、布の幅は一定に。裁断ロスを減らすためよ」
《発明:層衣/防寒性能+20/幸福度+4》
レリィは呆れ半分、尊敬半分といった表情で言う。
「カレンツ様……衣類の構造にまで通じているとは」
「寒いのが嫌いなだけよ」
「この領地の冬が、いずれ“暖かくなる”かもしれませんね」
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◆ 第二節:〈染め〉の改革 ― 色を広げる手
次に、染色工房へ向かった。
染め場は湯気が立ち、冬でも暖かい香りが漂っている。
職人ソラナが紫の指先を振りながら言う。
「辺境伯様、色のご相談で……“もっと明るい服を”との声が多くて」
「そうね。冬が暗いから、色は心を救うわ」
私は染め桶を覗き込む。
「この色は……雷花?」
「はい。ですが鮮やかさが足りなくて……」
「媒染を二段階にしましょう。
まず灰汁で下地を整え、それから鉄ではなく“ミョウバン”を使う」
「ミョウバン……?」
「薬師の店にあるわ。色が澄むの」
新しい染め方の実験は、一度失敗した。
が、二度目の釜で驚くほど美しい朱が現れた。
「す、すごい……!」
「これが、“冬の太陽色”。
春を待つ間、人の心を少しだけ明るくする」
レリィが布を手に取り、軽く微笑む。
「……まるでカレンツ様みたいですね」
「わたしは朱ではないわ。地味な灰色よ」
「ですが、その灰色がこの領地を支えてます」
「……褒められてる気はするわ」
《染色技術:二段媒染/色彩指数+15/市場価値+20%》
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◆ 第三節:〈裁ち〉の改革 ― 形が暮らしを変える
層衣が試作品として完成し、
工房の外で試着会が始まった。
「おお……暖けぇ……!」
「軽いのに、風が入らねえ!」
レリィが軽く動いて見せる。
裾が揺れるたび、布が空気を抱き、ほどよく温かい。
「動きやすいです。馬に乗っても邪魔になりません」
「襟の折り返しをもう少し高くするわ。
風が首に入ると冷えるから」
工房の職人たちは次々と改良案を出してくる。
「袖は取り外し式にしようぜ!」
「紐の結び方も選べるように!」
「裏地を柄物にしたら?」
私はすべて聞きながら、まとめる。
「選択肢を増やすのはいいけど、“基本形”は崩さないように。
――暮らしを支える服は、まず“丈夫であること”」
「はいっ!」
《工芸発展:選択式仕様/領民の満足度+5/服飾産業+12%》
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◆ 第四節:〈配布〉の改革 ― 人数を数え、必要を測る
夕方。
広場で層衣を配布するため、私は人数をカウントし、
年齢・性別・仕事ごとに仕分けを行った。
「ここの村は成人が二十七、子どもが十四……
それに赤子が二名。乳児は厚手のものを優先ね」
「了解しました」
子どもたちが層衣を抱えて走り回り、
老人たちは驚きと感謝の混じった目で受け取る。
「カレンツ様、この色……春みたいですなぁ」
「ええ。春を先に届けてしまいましょう」
《人口データ整理システム:導入/配給効率+30%/無駄削減+50%》
レリィが言った。
「……カレンツ様、配布の仕組みまで整えるのですね」
「数を把握しない配布は“善意の押し売り”になるの。
必要なものを、必要な人に、必要なだけ――それが領主の責務よ」
レリィは静かに頷く。
彼女の眼差しは、いつも少し誇らしげだ。
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◆ 第五節:〈集い〉の改革 ― 冬の談話会
夜。
共同浴場の広間を借りて、“冬の談話会”を開いた。
火鉢、湯気、ほのかな木の香り。
暖かさが人々をゆるめる。
「領主様、聞いてくだせぇ……層衣のおかげで、朝の薪が減りました」
「うちの婆さん、もう手足が冷えねぇって泣いて喜んでんだ」
「染めも綺麗で、着るのが楽しみです!」
私は手帳に次々と書き込む。
「要望は遠慮なく言って。
次の改良に活かすから」
老人が少し恥ずかしそうに手を挙げる。
「……あの、足袋が欲しいです」
「作りましょう。布の端切れで十分よ」
子どもが叫ぶ。
「走れる靴下ほしい!」
「……走りすぎは危険だけど、考えておくわ」
笑い声が重なり、湯気が揺れた。
平和とは、“寒さについて語り合える時間”のことだ。
《幸福度+8/領地安定度+10》
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◆ 第六節:〈記録〉の改革 ― 見えない仕事を見える形に
深夜。
執務室で、私は“領地年鑑”に今日の記録を書いていた。
『冬期衣類配布:620名
工房参加者:職人78名/見習い42名
新規技術:層衣・二段媒染・凍土温室・風炉・螺旋車
民声:改善提案多々あり(優先順位=靴下・足袋・子ども用簡易マント)』
レリィが湯を運んできた。
「……カレンツ様、毎日この量の記録を?」
「ええ。数字は、明日のための“灯”だから」
「灯……ですか」
「暗い夜道で足元を照らすのは、たいした明かりじゃない。
でも、ないと転ぶでしょう?」
「……素敵ですね」
「そう?」
「はい。格言帳に入れて――」
「やめて」
「入れます」
「やめて」
そんな会話が心地いい。
平和とは、こういう“どうでもいい短いやりとり”のことだ。
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◆ 第七節:〈夜明け〉の改革 ― 穏やかな領地の朝
そして翌朝。
雪解けの音、水滴の落ちる音、螺旋車の回る音。
層衣を着た子どもが走り回り、
染めた布を干す女たちが笑い、
工房では新しい糸が紡がれ、
凍土温室では芽が育つ。
ただそれだけの光景が、胸を温める。
レリィが立つ。
「……本当に、平和ですね」
「ええ。退屈で穏やかな朝。これ以上の贅沢はないわ」
彼女が微笑む。
「本日の予定は、層衣の“第二形態”の打ち合わせです」
「第二形態って……あなたが勝手に名前をつけたの?」
「はい。気に入っています」
「平和ね、本当に」
新しい日が始まる。
今日もまた、地味に。
だが確実に。
“穏やかな支配者”は、
暮らしを縫い合わせ、
季節を繋ぎ、
明日へ灯をともす。
――今日も、静かに勝った。
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