第5話 手と灯と息の音
――薄曇りの朝。
霜が畑の表土を覆い、空気は澄んで硬い。
カレンツ辺境伯領に冬がゆっくりと降りてくる。
ログイン完了。
机上の行政盤に、淡い光の通知が並ぶ。
《白水路維持管理:完了》
《共同浴場利用率:安定》
《工房産業:出力+3%(新工具効果)》
《幸福度:+1(冬衣配布イベント)》
「……よし、今季の山は越えられそうね」
「おめでとうございます、カレンツ様」
副官レリィが温かい蜂蜜湯を差し出す。
彼女の指先がわずかに赤く染まっている。
「冷えますね。工房の職人たち、霜焼けが出ています」
「湯浴みと手袋を支給しましょう。あと、朝の仕事前に“手の体操”を教える動画を流して」
「はい。……体操動画を作るのは?」
「あなた」
「なぜですか」
「わたしは身体が硬いの」
「……公平で冷静な理由、承知しました」
柔らかい笑いが、執務室に落ちた。
今日も辺境は、地味で、穏やかで、忙しい。
⸻
◆ 第一節:木と火と風の仕掛け ― 冬を越える知恵
午前、工房通り。
吐く息が白く、金属の匂いが強い。
職人たちが組み立てているのは、見慣れない箱型の機械だった。
「“熱風炉”の試作です。火を直接当てず、煙突で熱風を送ります!」
「燃焼効率は?」
「旧式かまど比で燃料七割! 煙も少なくて、室内でも安全です!」
私は火口を覗き込み、構造を確認する。
「良いわね。煙の排気管に“吸い込み弁”をつければ、風の流れが均一になる」
「吸い込み弁……つまり、逆流防止ですか?」
「そう。熱を逃さず、煤も少ない。名前を――“風炉”としましょう」
《生活発明:風炉/家庭燃費+10/幸福度+2》
村の主婦たちが、試運転の火に手をかざして歓声を上げる。
「これなら冬の朝も凍えない!」
「煙で子どもが咳き込まなくなるな!」
レリィが微笑む。
「……暖かいって、それだけで人が穏やかになりますね」
「そうね。武器より先に“暖”を配る国の方が、長生きするわ」
⸻
◆ 第二節:雪と回転車 ― 技術者のひらめき
午後、降り始めた雪の中。
若き技師シアンが、屋外で木製の巨大な車輪を押していた。
「……今度は何?」
「雪を掻き分けて進む“螺旋車”です! 馬車の車輪に付けて走れば、雪道でも動けます!」
「つまり、雪かきと輸送を兼ねる……?」
「はい! 馬が疲れず、輸送が止まりません!」
レリィが呆れた顔で呟く。
「また突拍子もない発想を……」
「でも、試す価値はあるわ。――雪国の知恵は、失敗の数で作られるもの」
「カレンツ様、乗ってみますか?」
「……ええ。ただし、転倒したら責任はあなたに」
馬車に乗り込むと、螺旋車がギシリと回転。
雪を押しのけながら、ゆっくりと進む。
速度は歩くより少し早い程度だが、車輪が埋まらない。
「成功ね」
「はいっ!」
《交通発展:冬期移動可能範囲+12%/輸送効率+5%》
帰り際、シアンがぼそりと呟いた。
「……こういうの、子どもの頃に思いついても、誰も信じてくれなかったんです」
「信じる人がいなかっただけ。あなたの想像力は、本物よ」
レリィが笑う。
「領主に褒められたら、来年は飛ぶ車でも作りかねませんね」
「それもいいわ。空を飛べば、郵便が早くなる」
「……実現を止める言葉が見つかりません」
⸻
◆ 第三節:教育改革 ― “手で覚える”学び
雪が深くなるにつれ、人々は屋内に集まる時間が増えた。
そこで、私は新しい政策を立ち上げた。
《学びの間 拡張計画》
目的:冬期の労働減少期に“工芸・算術・読み書き”を集中学習。
対象:成人男女・子ども共に参加可。
「読み書きだけでなく、“物の値段を考える力”を育てたいの。
数字を“信仰”ではなく、“道具”にする」
「道具……素敵な響きです」
教室では、わたし自身が黒板の前に立つ。
「――皆さん、“一つのパンを作るには何が要るか”を考えましょう」
子どもたちが挙げた指を数える。
「麦!」「薪!」「塩!」「お母さん!」
「いい答えね。じゃあ、それぞれの“値段”を足したら?」
子どもたちの眉がひそめられ、やがて一人が言う。
「……パンの値段より高くなる」
「そう。だから商人は“数を作る”の。
――数を作れない者は、他人に“値段をつけられる側”になる」
ざわめきが広がり、皆が真剣な顔になる。
《教育効果:経済理解度+15/詐欺被害率-8%》
レリィが廊下で小声に言った。
「子どもに経済倫理を教える領主、前代未聞です」
「でも、彼らが十年後に商人や役人になる。
“考える領民”は、最強の国防よ」
⸻
◆ 第四節:呼吸の音 ― “風笛”と防災
夜。
雪嵐が吹き荒れる。屋根が唸り、遠くで犬が吠えた。
「嵐警報ですね」
「ええ。村ごとに避難灯は?」
「すでに点灯済みです。ただ……音が聞こえづらいようで」
私は、机の引き出しから小さな木笛を取り出した。
「――“風笛”。
昔、山の猟師が使っていたもの。風が強いほど遠くまで響く」
笛を吹くと、甲高く澄んだ音が風に乗る。
「この音を合図にして、“安全塔”に火を灯すよう伝えて。
光は届かなくても、音なら届く」
《防災装置:風笛システム/避難誘導成功率+25/死亡率-10%》
吹雪の夜、風笛の音が領都と村々に連なって響いた。
遠くで返笛が返ってくる。
レリィが静かに言う。
「……いい音です。生きている証のようで」
「ええ。“誰かが吹いている”という事実が、人を動かすのよ」
⸻
◆ 第五節:春を待つ準備 ― “凍土温室”の挑戦
冬の終わりが近づくと、私は次の課題に取りかかった。
「――雪解けを待つだけでは、作付けが遅れる。
だから、雪の下で芽を育てるの」
新設された“凍土温室”は、地中に半分埋められたドーム型の小屋。
壁は透明鉱石〈氷硝ガラス〉でできており、内部の温度を保つ。
「この下に“風炉”の余熱管を通して、夜も凍らせないようにします」
「まるで竈の上で植物を育てるようですね」
「ええ。生命の台所よ」
試験的に植えた根菜が、二週間後には緑を見せた。
《技術発明:凍土温室/初春収穫+20%/食料不足イベント無効(期間限定)》
視察に来た村人の少女が、小さな葉を指で撫でて笑う。
「暖かい……春みたい」
「ええ、春を“作る”の。待つだけでは遅いもの」
少女が目を丸くする。
「春を作る人……カレンツ様って、魔法使いみたい!」
「違うわ。地味な努力の魔法よ」
レリィが囁く。
「その言葉、格言集に入れてもいいですか?」
「やめて」
⸻
◆ 第六節:夜の工房 ― 鐘を直す音
ある夜。
雪明かりの下、古い教会の鐘が割れていると聞いて、私は現場に赴いた。
「音が鈍くて……割れたままじゃ、祭の時に鳴らせません」
「材質は?」
「銅に少量の錫。ですが、修復用の溶鉱炉がなくて」
私は一瞬考え、風炉を指差した。
「風炉を逆に使うの。火口を二つ繋いで、中央に“溶槽”を置けば即席炉になる」
「まさか……そんな高温、出ますか?」
「風は熱を呼ぶ。燃やし方を変えれば、火は育つ」
数時間後、即席の炉から赤い炎が上がった。
溶けた銅が型に流れ、夜空に火花が散る。
翌朝、試しに鐘を打つと――
ゴォォン……。
冬の空を震わせる、美しい低音。
《文化イベント:再生の鐘/信仰安定+15/士気+10》
レリィが息を呑む。
「……きれいな音」
「これが、辺境の音よ。壊れても、直せる音」
「人も、そうだといいですね」
「直せるわ。時間と手間さえかければ」
⸻
◆ 第七節:帳簿の余白 ― 数字の向こうの顔
数週間後。
全ての報告がそろい、帳簿の最後の頁を閉じる。
《冬期死亡率:前年比-30%》
《収穫予測:前年比+25%》
《新発明:風炉・螺旋車・凍土温室・風笛》
《識字率:+6%》
《技師登録者数:+15人》
《幸福度:+3》
「数字は悪くないわね」
「はい。……ですが、領都の宿屋が“旅人で満室”です」
「噂が広まったのね。『穏やかで退屈な領地に、希望がある』って」
「退屈が観光資源になる日が来るとは」
「人は、平穏を物語にしたがるものよ。戦ばかりの世界だから」
帳簿の余白に、私は小さく書き込む。
――“退屈は、贅沢だ。そして、それを維持することは技術だ。”
レリィが覗き込む。
「……タイトルにします?」
「やめて。格言帳が増えるから」
「でも、名言です」
「やめて」
⸻
◆ 第八節:春の兆し
夜が明ける。
雪解け水が白水路を走り、鳥が空を渡る。
風炉の煙突から、薄く白い煙が立ち昇る。
私は丘の上から、領地全体を見渡した。
小さな煙、灯、道、畑、温室。
どれも、地味で、確かな“生きる音”。
レリィが隣に立つ。
「……平和って、音が少ないですね」
「ええ。静かな音が重なって、世界が動く」
「戦の時より、よほど難しい仕事です」
「だからこそ、面白いのよ」
画面右上に通知が浮かぶ。
《称号更新:沈黙の交易女王 → “退屈の発明者”》
《効果:技術革新ボーナス+10/幸福度上限+10》
レリィが苦笑する。
「……また妙な称号を」
「でも、悪くないわ。退屈を発明できる人は、きっと世界を変える」
風が頬を撫でる。
私は深く息を吸い、静かに微笑んだ。
「――今日も、地味に勝ったわね」
「はい。暖かく、穏やかに、完勝です」
遠くで、鐘の音が再び鳴った。
春の音だった。




