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辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第5話 手と灯と息の音

 ――薄曇りの朝。

 霜が畑の表土を覆い、空気は澄んで硬い。

 カレンツ辺境伯領に冬がゆっくりと降りてくる。


 ログイン完了。

 机上の行政盤メニューに、淡い光の通知が並ぶ。


 《白水路維持管理:完了》

 《共同浴場利用率:安定》

 《工房産業:出力+3%(新工具効果)》

 《幸福度:+1(冬衣配布イベント)》


 「……よし、今季の山は越えられそうね」

 「おめでとうございます、カレンツ様」

 副官レリィが温かい蜂蜜湯を差し出す。

 彼女の指先がわずかに赤く染まっている。

 「冷えますね。工房の職人たち、霜焼けが出ています」

 「湯浴みと手袋を支給しましょう。あと、朝の仕事前に“手の体操”を教える動画を流して」

 「はい。……体操動画を作るのは?」

 「あなた」

 「なぜですか」

 「わたしは身体が硬いの」

 「……公平で冷静な理由、承知しました」


 柔らかい笑いが、執務室に落ちた。

 今日も辺境は、地味で、穏やかで、忙しい。



◆ 第一節:木と火と風の仕掛け ― 冬を越える知恵


 午前、工房通り。

 吐く息が白く、金属の匂いが強い。

 職人たちが組み立てているのは、見慣れない箱型の機械だった。


 「“熱風炉”の試作です。火を直接当てず、煙突で熱風を送ります!」

 「燃焼効率は?」

 「旧式かまど比で燃料七割! 煙も少なくて、室内でも安全です!」


 私は火口を覗き込み、構造を確認する。

 「良いわね。煙の排気管に“吸い込み弁”をつければ、風の流れが均一になる」

 「吸い込み弁……つまり、逆流防止ですか?」

「そう。熱を逃さず、煤も少ない。名前を――“風炉ふうろ”としましょう」


 《生活発明:風炉/家庭燃費+10/幸福度+2》


 村の主婦たちが、試運転の火に手をかざして歓声を上げる。

 「これなら冬の朝も凍えない!」

 「煙で子どもが咳き込まなくなるな!」


 レリィが微笑む。

 「……暖かいって、それだけで人が穏やかになりますね」

 「そうね。武器より先に“暖”を配る国の方が、長生きするわ」



◆ 第二節:雪と回転車 ― 技術者のひらめき


 午後、降り始めた雪の中。

 若き技師シアンが、屋外で木製の巨大な車輪を押していた。


 「……今度は何?」

 「雪を掻き分けて進む“螺旋車”です! 馬車の車輪に付けて走れば、雪道でも動けます!」

 「つまり、雪かきと輸送を兼ねる……?」

 「はい! 馬が疲れず、輸送が止まりません!」


 レリィが呆れた顔で呟く。

 「また突拍子もない発想を……」

 「でも、試す価値はあるわ。――雪国の知恵は、失敗の数で作られるもの」

 「カレンツ様、乗ってみますか?」

 「……ええ。ただし、転倒したら責任はあなたに」


 馬車に乗り込むと、螺旋車がギシリと回転。

 雪を押しのけながら、ゆっくりと進む。

 速度は歩くより少し早い程度だが、車輪が埋まらない。


 「成功ね」

 「はいっ!」

 《交通発展:冬期移動可能範囲+12%/輸送効率+5%》


 帰り際、シアンがぼそりと呟いた。

 「……こういうの、子どもの頃に思いついても、誰も信じてくれなかったんです」

 「信じる人がいなかっただけ。あなたの想像力は、本物よ」

 レリィが笑う。

 「領主に褒められたら、来年は飛ぶ車でも作りかねませんね」

 「それもいいわ。空を飛べば、郵便が早くなる」

 「……実現を止める言葉が見つかりません」



◆ 第三節:教育改革 ― “手で覚える”学び


 雪が深くなるにつれ、人々は屋内に集まる時間が増えた。

 そこで、私は新しい政策を立ち上げた。


 《学びの間 拡張計画》

 目的:冬期の労働減少期に“工芸・算術・読み書き”を集中学習。

 対象:成人男女・子ども共に参加可。


 「読み書きだけでなく、“物の値段を考える力”を育てたいの。

 数字を“信仰”ではなく、“道具”にする」

 「道具……素敵な響きです」


 教室では、わたし自身が黒板の前に立つ。

 「――皆さん、“一つのパンを作るには何が要るか”を考えましょう」

 子どもたちが挙げた指を数える。

 「麦!」「薪!」「塩!」「お母さん!」

 「いい答えね。じゃあ、それぞれの“値段”を足したら?」


 子どもたちの眉がひそめられ、やがて一人が言う。

 「……パンの値段より高くなる」

 「そう。だから商人は“数を作る”の。

 ――数を作れない者は、他人に“値段をつけられる側”になる」


 ざわめきが広がり、皆が真剣な顔になる。

 《教育効果:経済理解度+15/詐欺被害率-8%》


 レリィが廊下で小声に言った。

 「子どもに経済倫理を教える領主、前代未聞です」

 「でも、彼らが十年後に商人や役人になる。

 “考える領民”は、最強の国防よ」



◆ 第四節:呼吸の音 ― “風笛”と防災


 夜。

 雪嵐が吹き荒れる。屋根が唸り、遠くで犬が吠えた。


 「嵐警報ですね」

 「ええ。村ごとに避難灯は?」

 「すでに点灯済みです。ただ……音が聞こえづらいようで」


 私は、机の引き出しから小さな木笛を取り出した。

 「――“風笛ふうてき”。

 昔、山の猟師が使っていたもの。風が強いほど遠くまで響く」

 笛を吹くと、甲高く澄んだ音が風に乗る。

 「この音を合図にして、“安全塔”に火を灯すよう伝えて。

 光は届かなくても、音なら届く」


 《防災装置:風笛システム/避難誘導成功率+25/死亡率-10%》


 吹雪の夜、風笛の音が領都と村々に連なって響いた。

 遠くで返笛が返ってくる。

 レリィが静かに言う。

 「……いい音です。生きている証のようで」

 「ええ。“誰かが吹いている”という事実が、人を動かすのよ」



◆ 第五節:春を待つ準備 ― “凍土温室”の挑戦


 冬の終わりが近づくと、私は次の課題に取りかかった。

 「――雪解けを待つだけでは、作付けが遅れる。

 だから、雪の下で芽を育てるの」


 新設された“凍土温室”は、地中に半分埋められたドーム型の小屋。

 壁は透明鉱石〈氷硝ガラス〉でできており、内部の温度を保つ。

 「この下に“風炉”の余熱管を通して、夜も凍らせないようにします」

 「まるでかまどの上で植物を育てるようですね」

 「ええ。生命の台所よ」


 試験的に植えた根菜が、二週間後には緑を見せた。

 《技術発明:凍土温室/初春収穫+20%/食料不足イベント無効(期間限定)》


 視察に来た村人の少女が、小さな葉を指で撫でて笑う。

 「暖かい……春みたい」

 「ええ、春を“作る”の。待つだけでは遅いもの」

 少女が目を丸くする。

 「春を作る人……カレンツ様って、魔法使いみたい!」

 「違うわ。地味な努力の魔法よ」


 レリィが囁く。

 「その言葉、格言集に入れてもいいですか?」

 「やめて」



◆ 第六節:夜の工房 ― 鐘を直す音


 ある夜。

 雪明かりの下、古い教会の鐘が割れていると聞いて、私は現場に赴いた。


 「音が鈍くて……割れたままじゃ、祭の時に鳴らせません」

 「材質は?」

 「銅に少量の錫。ですが、修復用の溶鉱炉がなくて」


 私は一瞬考え、風炉を指差した。

 「風炉を逆に使うの。火口を二つ繋いで、中央に“溶槽”を置けば即席炉になる」

 「まさか……そんな高温、出ますか?」

 「風は熱を呼ぶ。燃やし方を変えれば、火は育つ」


 数時間後、即席の炉から赤い炎が上がった。

 溶けた銅が型に流れ、夜空に火花が散る。

 翌朝、試しに鐘を打つと――

 ゴォォン……。

 冬の空を震わせる、美しい低音。


 《文化イベント:再生の鐘/信仰安定+15/士気+10》


 レリィが息を呑む。

 「……きれいな音」

 「これが、辺境の音よ。壊れても、直せる音」

 「人も、そうだといいですね」

 「直せるわ。時間と手間さえかければ」



◆ 第七節:帳簿の余白 ― 数字の向こうの顔


 数週間後。

 全ての報告がそろい、帳簿の最後の頁を閉じる。


 《冬期死亡率:前年比-30%》

 《収穫予測:前年比+25%》

 《新発明:風炉・螺旋車・凍土温室・風笛》

 《識字率:+6%》

 《技師登録者数:+15人》

 《幸福度:+3》


 「数字は悪くないわね」

 「はい。……ですが、領都の宿屋が“旅人で満室”です」

 「噂が広まったのね。『穏やかで退屈な領地に、希望がある』って」

 「退屈が観光資源になる日が来るとは」

 「人は、平穏を物語にしたがるものよ。戦ばかりの世界だから」


 帳簿の余白に、私は小さく書き込む。

 ――“退屈は、贅沢だ。そして、それを維持することは技術だ。”


 レリィが覗き込む。

 「……タイトルにします?」

 「やめて。格言帳が増えるから」

 「でも、名言です」

 「やめて」



◆ 第八節:春の兆し


 夜が明ける。

 雪解け水が白水路を走り、鳥が空を渡る。

 風炉の煙突から、薄く白い煙が立ち昇る。


 私は丘の上から、領地全体を見渡した。

 小さな煙、灯、道、畑、温室。

 どれも、地味で、確かな“生きる音”。


 レリィが隣に立つ。

 「……平和って、音が少ないですね」

 「ええ。静かな音が重なって、世界が動く」

 「戦の時より、よほど難しい仕事です」

 「だからこそ、面白いのよ」


 画面右上に通知が浮かぶ。

 《称号更新:沈黙の交易女王 → “退屈の発明者”》

 《効果:技術革新ボーナス+10/幸福度上限+10》


 レリィが苦笑する。

 「……また妙な称号を」

 「でも、悪くないわ。退屈を発明できる人は、きっと世界を変える」


 風が頬を撫でる。

 私は深く息を吸い、静かに微笑んだ。


 「――今日も、地味に勝ったわね」

 「はい。暖かく、穏やかに、完勝です」


 遠くで、鐘の音が再び鳴った。

 春の音だった。


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