第23話 冷却水路改修と、夏を越えるための静かな知恵
――盛夏の陽は容赦なく地を照らしていた。
白水路の水面はきらきらと光を返すが、
その輝きの下で、水温は確実に上がり始めている。
三谷郷では畑の作物が実を結び、
工房では軽工具が日常の風景となり、
薬師ギルドでは夏期巡回が定着していた。
だが、
水だけは嘘をつかない。
ログイン完了。
行政盤に、静かな警告が表示される。
《白水路:水温 上昇傾向》
《一部支流:蒸発量 増加》
レリィが表示を確認し、眉をひそめた。
「……水量は足りていますが、
水温が上がりすぎていますね」
カレンツは静かに頷いた。
「ええ。このままだと、
作物の根と、人の体に負担が出る」
水不足は、
量だけの問題ではない。
夏は、水が“疲れる”。
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◆ 第一節:水路の現状確認 ― “見えない疲労”
白水路沿いを歩く。
水は流れている。
見た目は問題ない。
だが、
足を止め、指先を水に浸すと――
「……ぬるい」
レリィも同じように触れ、静かに言った。
「昼間の熱を、
水が抱え込んでいますね」
カレンツは水路の石組みに視線を移す。
「石が熱を溜めている。
夜になっても冷えきらない」
これは危険ではないが、
確実に生活の質を削る兆候だった。
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◆ 第二節:冷却水路という発想 ― “冷やさない冷却”
工房で集めた技師と水路担当者に説明する。
「水を冷やそうとしないで。
“熱を逃がす”の」
職人たちが首を傾げる。
「冷やさない……冷却?」
カレンツは図面に線を引いた。
「水路の一部を、
日陰・風・放熱の三点で改修する」
レリィが補足する。
「水温を下げるのではなく、
“上がり続けない構造”を作るんですね」
具体策は三つ。
1. 水路の一部を深くし、
日射が直接当たらない層を作る
2. 冷却金属を使った放熱板を、
要所に設置する
3. 水路沿いに“影を作る植生”を配置する
派手ではない。
だが、確実に効く。
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◆ 第三節:改修作業 ― 静かな土木の時間
作業は早朝から始まった。
「深く掘りすぎるな。
流れが遅くなる」
「冷却板は、
水に触れすぎない位置で」
冷却金属の板は、
水路脇の石組みの裏側に設置される。
表には見えない。
だが、
確実に熱を逃がす。
レリィが進捗を確認しながら言う。
「……本当に、
“目立たない改修”ですね」
カレンツは小さく笑った。
「水路は主張しないほうがいい」
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◆ 第四節:変化 ― 水の表情が変わる
数日後。
同じ時間帯に、
再び水に触れる。
「……昨日より、冷たい」
レリィも頷く。
「水温が安定しています。
昼の上昇幅が小さい」
畑の農民も気づき始めていた。
「最近、
昼でも水が気持ちいいな」
「作物の葉が、
昼に垂れにくくなったぞ」
《白水路:水温安定化》
《作物 夏ストレス −20》
数字は静かだが、効果は確実だった。
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◆ 第五節:生活への波及 ― “水が楽になる”
変化は人にも出た。
薬師ギルドの報告。
「熱疲労の訴えが、
少し減っています」
レリィが記録を見て言う。
「水がぬるくないだけで、
身体の回復が早いようです」
カレンツは静かに頷いた。
「人は、
水から一番影響を受ける」
《民生:夏疲労 −15》
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◆ 第六節:東境からの小さな訪問 ― “それは何をした?”
午後、
東境のモルハが訪れた。
堤防草種の件以来、
彼は頻繁に来るようになっていた。
「……水路の様子が、
少し違うと聞いて」
私は特別な説明はしない。
「影と風と、
少しの金属」
モルハは苦笑した。
「相変わらず、
分かりやすいようで分かりにくい」
レリィが静かに補足する。
「水を冷やすのではなく、
“疲れさせない”工夫です」
モルハはしばらく水を眺め、言った。
「……真似していいですか?」
カレンツは即答した。
「どうぞ。
水は、
共有して困るものじゃない」
《外交:東境 信頼+20》
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◆ 第七節:夕暮れの白水路 ― 夏を越える準備
夕方。
白水路の水は、
夕焼けを映しながらも、
昼の熱を引きずっていなかった。
レリィが小さく息をつく。
「……これで、
この夏は乗り切れそうですね」
「ええ。
足りないのは水じゃなく、
“水を労わる発想”だった」
彼女は静かに微笑む。
「本当に……
この領は、
争いより先に、
生活を考えますね」
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◆ 終章:今日も、地味に夏を越える
夜。
白水路の音は穏やかで、
水は静かに呼吸しているようだった。
私はその音を聞きながら、
いつもの言葉を口にする。
「――今日も、地味に勝ったわね」
レリィが、
いつものように微笑む。
「はい。
夏にも負けない、
静かな勝利です」
水は流れ、
風は影を運び、
人々はそれを意識することなく、
ただ楽に息ができる。
それでいい。




