表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/23

第22話 草が土を縫い、堤が人をつなぐ日




 ――盛夏の空は高く、雲はゆっくりと流れていた。

 白水路の水面は穏やかで、

 川沿いの草は風に揺れながら、静かに根を張っている。


 三谷郷では夏の作業が一段落し、

 工房の音も少し落ち着きを見せ始めていた。

 薬師ギルドは巡回医療を続け、

 市場は夏衣と保存食で賑わっている。


 ログイン完了。

 行政盤に、新しい通知が一つ浮かび上がった。


 《東境:堤防草種 改善作業 合同実施要請》


 レリィが書簡を読み終え、静かに顔を上げる。


 「カレンツ様……

  東境が、“堤防の草”について正式に共同作業を希望しています」


 カレンツは少しだけ微笑んだ。


 「草、ね。

  堤防の強さは、石より草が決めることもある」


 レリィは一瞬きょとんとし、すぐに理解したように頷く。


 「……根が土を縫う、というお話ですね」

 「ええ。

  水を抑えるのは石、

  土を守るのは草よ」


 こうして、

 争いとは無縁の合同作業が始まった。



◆ 第一節:東境の川辺 ― “静かな問題”の正体


 東境の川は、白水路よりも幅が狭く、

 流れは緩やかだが、増水時には土が削られやすい。


 堤防に立つと、

 土の表面がところどころ露出しているのが分かる。


 東境の担当者モルハが、申し訳なさそうに言った。


 「……石積みは整えました。

  ですが、雨の後にどうしても土が流れます」


 カレンツはしゃがみ込み、

 堤の草を指先で持ち上げる。


 「草が浅いわね」


 レリィも同じ場所を見て頷く。


 「根が横に伸びていません。

  表面だけを覆っている感じです」


 モルハは苦笑した。


 「……見た目を整えるため、

  刈りすぎてしまいました」


 カレンツは首を横に振る。


 「責めることじゃないわ。

  “守る草”と“飾る草”は違う。

  それを知らないだけ」



◆ 第二節:草種の選定 ― “地を縫う草”という発想


 持参した資料を広げる。


 そこには、

 辺境で実際に使われてきた草の図が描かれていた。


 「この草は、

  根が地表を這い、

  細かく枝分かれする」


 レリィが補足する。


 「根が網のように広がり、

  土を縫い止めます」


 モルハは目を丸くした。


 「草で……縫う?」


 カレンツは小さく頷く。


 「石は点で支える。

  草は面で支える。

  堤防は“面”で守るものよ」


 選ばれた草は、

 派手さもなく、

 成長も遅い。


 だが――

 根だけは、しつこいほど強い。



◆ 第三節:合同作業 ― 技術は言葉より雄弁


 作業は早朝から始まった。


 東境の作業者と、

 こちらの技師・農民が並ぶ。


 「溝は深く掘らない。

  根が横に走れる深さで止める」


 「株間は詰めすぎるな。

  根が絡む余地を残す」


 レリィが東境の人々に声をかける。


 「草は“育てる”ものです。

  置くだけでは根付きません」


 最初は緊張していた東境の人々も、

 次第に動きが揃っていく。


 「……こうか?」

 「ええ、その角度です」


 言葉は少なく、

 手の動きで通じていく。


 《東境:堤防安定度 上昇中》



◆ 第四節:昼休憩 ― ささやかな外交の時間


 作業の合間、

 川辺で簡単な食事を取る。


 東境の人々が持参した干し肉と、

 こちらの保存芋が自然に分け合われる。


 モルハがぽつりと言った。


 「……こんな形の“外交”があるとは思いませんでした」


 カレンツは水を飲みながら答える。


 「外交というほどのものじゃないわ。

  困っている場所を、一緒に直しているだけ」


 レリィが微笑む。


 「でも、その“一緒”が大切なんです」


 モルハはしばらく考え、

 静かに頷いた。


 「……確かに。

  言葉より、

  土を触るほうが早いですね」



◆ 第五節:仕上げ ― 草が示す“未来の強さ”


 夕方。

 堤防の表面は、

 不思議と落ち着いた印象に変わっていた。


 派手ではない。

 だが、

 揺らしても崩れない。


 レリィが草の根元を軽く引く。


 「……もう、簡単には抜けません」


 モルハは感慨深げに堤を見渡した。


 「これなら、

  次の雨も怖くない」


 カレンツは静かに言った。


 「草が根付くまで、

  しばらくは見守って。

  刈らないことが、

  一番の管理よ」


 《東境:治水信頼度+25》



◆ 第六節:帰路 ― 草が結んだ縁


 作業を終え、

 東境の人々が見送ってくれる。


 モルハは深く頭を下げた。


 「……争いではなく、

  暮らしのために手を取り合う。

  それが、こんなに心強いとは」


 カレンツは首を横に振る。


 「私たちは、

  ただ“正しいやり方”を共有しただけ」


 レリィが静かに言葉を添える。


 「それを受け取ってくださったから、

  今日があるんです」



◆ 終章:白水路の夕暮れ ― 今日も地味な勝利


 夕暮れ。

 白水路の草が風に揺れている。


 工房の音は遠く、

 水音だけが穏やかに続いていた。


 レリィがぽつりと呟く。


 「……石よりも草、

  命を守るには、

  そういう発想が必要なんですね」


 カレンツはゆっくり頷いた。


 「堤防も、国も、

  強さは“しなやかさ”で決まるのよ」


 そして、

 いつもの言葉を静かに口にする。


 「――今日も、地味に勝ったわね」


 レリィが微笑んだ。


 「はい。

  とても、静かな勝利です」


 草は風に揺れながら、

 土を、堤を、

 そして人の関係を、

 そっと縫い止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ