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辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第21話 冷却金属と工房の静かな研究日誌




 ――盛夏の陽は強いが、

 白水路を渡る風は不思議と涼しさを含んでいた。


 三谷郷の畑は濃い影を抱え、

 工房の屋根越しに立つ煙は、まっすぐ空へ伸びている。

 薬師ギルドでは巡回医療が定着し、

 市場では夏衣が日常の風景として溶け込んでいた。


 ログイン完了。

 行政盤に、ひとつだけ見慣れない表示が灯る。


 《工房:北方より“冷却金属”到着》


 レリィが静かに顔を上げた。


 「……ついに、届きましたね」

 「ええ。北方が“贈る”と言ってきた時点で、

  もうこれは外交じゃなく、信頼よ」


 木箱は頑丈で、

 角には北方独特の刻印がある。

 武骨だが、無駄がない。


 「工房へ運びましょう」

 「はい」


 音を立てないよう、慎重に運ばれる箱。

 その中には、

 争いではなく“涼しさ”をもたらす金属が眠っていた。



◆ 第一節:冷却金属の正体 ― “冷たさ”ではなく“逃がす力”


 工房の奥。

 第二炉とは少し距離を取った作業台の上で、

 箱が静かに開かれた。


 中にあったのは、

 灰青色に鈍く光る金属片。


 バロッサが息を呑む。


 「……なんだこりゃ。

  触った瞬間、ひんやりしてやがる」


 レリィも指先でそっと触れる。


 「冷たい……けれど、

  “冷えている”感じとは少し違いますね」


 カレンツは金属片を持ち上げ、

 しばらく掌に乗せたまま観察する。


 「……これは“冷却”じゃないわ」

 「え?」


 「熱を奪っているのではなく、

  熱を逃がしている」


 職人たちが一斉にこちらを見る。


 「金属内部に、

  微細な“空隙”がある。

  熱が溜まらず、

  自然に外へ抜ける構造よ」


 レリィが小さく頷いた。


 「……だから、

  触れると“冷たい”と錯覚するんですね」


 《技術解析:冷却金属

  特性=放熱特化・蓄熱低》



◆ 第二節:工房での試験 ― 火と冷却金属の距離感


 最初の試験は慎重に行われた。


 第二炉のそばに、

 冷却金属を使った小さな板を設置する。


 「直接炉に入れるなよ」

 「分かってますって!」


 炉の熱が伝わる距離。

 その温度変化を、

 職人たちが交代で触って確かめる。


 「……あっ」

 「すげぇ……熱くならねぇ」


 レリィが温度計を確認する。


 「炉の周囲より、

  ここだけ温度が低いです」


 カレンツは小さく息を吐いた。


 「……これを“囲い”に使えば、

  夏の工房の作業環境が一気に改善するわ」


 《工房:作業環境 改善可能性+30》


 バロッサがぽつりと言った。


 「……これ、

  兵器に使おうと思えば使えたはずですよね」


 カレンツは即答した。


 「ええ。でも北方は、

  そうしなかった」


 レリィが静かに続ける。


 「“生活を守る技術”として渡してくれた……

  それが、何よりの外交ですね」



◆ 第三節:試作品① ― 工房用“冷却囲い”


 冷却金属は、

 まず“囲い”として使われた。


 炉の周囲に半円状に配置され、

 熱を外へ逃がす。


 翌日。


 「……あれ?」

 「工房、今日は楽だぞ」


 職人たちの声が、明らかに違っていた。


 「汗が減った」

 「集中力が続く」


 レリィが帳簿を見て言う。


 「作業時間が延びているのに、

  疲労度が下がっています」


 私は静かに頷いた。


 「これが“生活の技術”よ」


 《工房:夏季作業効率+25/事故率 −20》



◆ 第四節:試作品② ― 夏衣留め具への応用


 次に試されたのは、

 市場で好評だった夏衣への応用。


 「留め具に使えないか?」

 「金属が冷たすぎないか?」


 薄く加工された冷却金属を、

 背中側の留め具として縫い込む。


 レリィが試着してみる。


 「……背中が、

  ずっと涼しいですね」


 カレンツは留め具の位置を確認する。


 「熱が溜まりやすい位置に置くのが正解ね」


 織師が目を輝かせる。


 「これ……

  真夏でも着られます!」


 《市場:夏衣改良版

  快適度+20/評判上昇》



◆ 第五節:北方からの使節 ― 技術を見に来ただけの外交


 三日後。

 北方から一人の技師が訪れた。


 鎧も武器も持たない、

 ただの作業着姿。


 「……使い方、

  間違っていないか見に来た」


 その言葉に、

 レリィが一瞬驚く。


 「視察ではなく……確認ですか?」

 「うむ。

  技術は、使い方で価値が変わる」


 工房を案内すると、

 北方技師は黙って頷いた。


 「囲い……良い」

 「衣服……それも良い」


 そして、ぽつりと。


 「兵器に使っていない。

  それが、何よりだ」


 カレンツは静かに答えた。


 「私たちは、

  争う余裕より、

  暮らしを良くする必要があるの」


 北方技師は短く笑った。


 「……だから、この金属を託した」


 《外交:北方信頼 固定化》



◆ 第六節:副産物 ― 薬師ギルドでの活用


 冷却金属は、

 薬師ギルドでも役に立った。


 薬草乾燥棚の一部に設置すると、

 香りが安定する。


 「……揮発が抑えられてます」

 「薬効が落ちない!」


 レリィが驚く。


 「工房だけでなく、

  医療にも波及するなんて……」


 カレンツは静かに言った。


 「良い技術は、

  一箇所に留まらないものよ」


 《医療:薬草品質+18》



◆ 第七節:夕暮れの工房 ― 技術が結んだ“静かな縁”


 北方技師が帰る前、

 白水路を一緒に歩いた。


 彼は川を見て言った。


 「……静かな領だ」

 「ええ。

  騒がしいのは、工房の中だけ」


 「それでいい」


 彼はそう言って、

 小さく頭を下げた。


 「この金属、

  ここに来て良かった」


 それ以上の言葉はなかった。

 だが、それで十分だった。



◆ 終章:夜風と、今日も積み上がった“地味な勝利”


 夜。

 工房の灯りは少なく、

 冷却囲いが淡く光を反射している。


 レリィが静かに言った。


 「……外交らしい外交をしていないのに、

  関係は深まっていますね」


 「生活を良くすれば、

  自然と信頼は生まれるものよ」


 カレンツは夜風を吸い込み、

 いつもの言葉を口にした。


 「――今日も、地味に勝ったわね」


 レリィが微笑む。


 「はい。

  静かで、確かな勝利です」


 冷却金属が、

 工房の熱を逃がしながら、

 この領地の未来もまた、

 静かに守っていた。

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