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辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第2話 名声ログに刻まれた言葉



 ――朝靄が立ちこめる。

 灰色の山並みが淡く光を反射し、遠くの森のざわめきが耳に心地よく響く。


 ログイン完了。

 今日も、静かな辺境の朝が始まった。


 「おはよう、レリィ」

 「おはようございます、カレンツ様。昨夜の報告をお持ちしました」


 副官レリィが机の上に広げたのは、領内の収支報告書。

 項目は食糧生産量・交易利益・教育費・宗務費――ずらりと並ぶ数値を、私は無言で追う。


 「……ふむ。農作物の収穫率が先週より二%減っている?」

 「はい。黒土地帯の水路が、一部土砂で埋まっているようです」


 わたしは軽く頷き、地図を開く。

 「なら、北水路の再建計画を発動。資材を三十、職人を十五名割り当て。優先順位を“高”に」

 「了解しました。費用は予備費から捻出いたします」


 ――このゲームは、地味な数字の積み重ねが世界を変える。

 剣を振らずとも、政策ひとつで領民の幸福度は上がる。

 それが、カレンツ辺境伯領のやり方だ。





 だが、その穏やかさを破る通知が、突然画面に現れた。


 《王都より通達:新税制“国境通行料”の施行》

 《内容:地方領主は交易路を利用するたび、王国本税の3%を納付すること》


 「……やっかいね」

 レリィが顔をしかめる。

 「この通行料、事実上の“辺境搾取税”です。王都は財政難なのでしょう」

 「分かってる。でも、これは放置できない」


 辺境の小国は、中央の財布。

 地味に稼ぐ者ほど、上から搾られる。

 ――それは、現実でもこのゲームでも変わらない真理だった。


 「通行料を払えば、交易利益が減る。かといって拒否すれば“王命違反”で信用が落ちる」

 「どうなさいますか?」


 「……レリィ。秘密裏に商人ギルドを呼んで。夜、私室で話す」


 彼女が静かに頷く。

 昼間は表の顔で政策を進め、夜は裏の帳簿を動かす。

 ――辺境の領主は、二つの顔を持たねば生き残れない。





 夜。

 灯りの消えた執務室で、蝋燭の炎だけが揺れている。

 重い扉が軋み、ひとりの男が入ってきた。


 「夜分に失礼いたします、辺境伯殿」

 「構わないわ、ギルド長。例の件、話を聞かせて」


 男――商人ギルドの代表、グラン=バルド。

 腹の底まで読めない笑みを浮かべながら、帳簿を差し出す。


 「新税は我々にとっても死活問題です。特に北交易路の輸送費が上がれば、商人たちは王都行きを避けるでしょう」

 「それは困るわね。こちらの穀物は王都市場で売ってこそ価値が出る」

 「ええ。ですが……一つ、抜け道があります」


 グランの声が低くなる。

 「“港湾経由の免税ルート”――沿岸を回ることで、王都の検問を避けられます。

 ただし、そこは現在〈ラディオン侯国〉の支配下。正式には、敵国です」


 わたしは無言で地図を見つめた。

 ラディオン――先日の交易封鎖を仕掛けた、あの隣国。

 いまやユーリス卿の影響下にあるとはいえ、公式には停戦状態だ。


 「……危険すぎる取引ね」

 「しかし利益は莫大です。成功すれば、辺境伯領の財政を三ヶ月は潤す」


 レリィが横で小声に囁く。

 「カレンツ様、もし発覚すれば……王国反逆罪です」


 「知ってる。でも――」

 わたしはゆっくりと椅子に背を預け、蝋燭の炎を見つめた。


 「地味にコツコツ稼いだ国を、税で潰されるのは御免だわ。

 ……いいわ、グラン。条件がある」


 「ほう」


 「免税ルートを使うのは、農産物ではなく“酒類”限定。

 王都の税目は食糧に重点が置かれてる。酒なら監査の目が緩い」


 グランの目が光る。

 「……なるほど。酒なら、検問も形だけ。抜けられますな」

 「それと、利益の三割は村の基金へ。王都に知られぬ形で再投資する」


 「……辺境伯殿、あなたは本当に……堅実なのか狡猾なのか分からん方だ」


 わたしは笑った。

 「両方でいいのよ。正直者だけでは、この国は守れない」





 数日後。

 水路の再建が進み、村々は再び活気を取り戻していた。

 その一方で、王都からの徴税官が現れたという報告が入る。


 「徴税官が……? 予定より一週間早いじゃない」

 「はい。どうやら噂が広まっているようです。“辺境で密貿易がある”と」


 ――誰かが、嗅ぎつけた。


 私は外套を羽織り、馬に跨った。

 向かうは北の村、交易拠点〈ラダス〉。

 もし港の抜け道が露見すれば、すべてが終わる。


 風を切りながら、わたしは独りごちた。

 「まったく、コツコツ型の領主にまでスパイが付くなんて……」


 現地に着くと、村人たちが緊張した面持ちで集まっていた。

 「カレンツ様、徴税官が倉庫を調べています」


 わたしは静かに頷き、倉庫の扉を開けた。

 中には、酒樽が並んでいる。


 「これは?」

 「領内生産の黒麦酒です。検分なさいますか?」


 徴税官が一つの樽を開け、香りを嗅いだ。

 「ふむ……良い香りだ。確かに酒のようだな」


 わたしは淡々と答える。

 「“ようだな”ではなく、酒です。王国法第七条――酒類は“嗜好品扱い”。課税対象外」


 徴税官が口を噤む。

 法典を暗記している領主は珍しいらしい。

 彼は渋々書類を閉じ、退いた。


 「……確かに、問題はありません。失礼しました」


 去り際、村人たちが息をつく。

 「カレンツ様、あんた……本当に全部読んでるのか?」

 「ええ。この世界の条文は、面白いのよ。生き方のヒントが詰まってる」


 笑いながら言うと、彼らは困ったように、でもどこか誇らしげに笑った。





 その夜、王都から密書が届いた。

 差出人は――ユーリス卿。


 《辺境伯カレンツ殿へ。貴殿の黒麦酒が我が領に流れている。

 もし取引の一部がラディオン経由であるなら、話し合いたい。》


 レリィが顔を青ざめさせる。

 「見られています……」

 「いいえ、逆よ」


 わたしは微笑んだ。

 「“話し合いたい”――つまり、彼も利を求めている」


 翌夜、外交チャットが開かれた。


 「また会いましたね、カレンツ殿」

 「ごきげんよう、ユーリス卿。こちらこそ、あなたの噂は王都でもよく耳にします」


 彼は苦笑する。

 「敵国を経由してまで酒を運ぶとは……大胆ですね」

 「生活のためよ。あなたのような戦争屋には、分からないかもしれないけど」

 「……そう言われると、反論できないな」


 少しの沈黙。

 そして彼は、低い声で続けた。

 「提案があります。あなたの黒麦酒、うちの市場にも正式に卸してほしい」


 「……あら、密貿易を合法化するおつもり?」

 「互いに儲かる話です。あなたの利益率を維持したまま、こちらで“合法”のルートを作る」


 わたしは目を細めた。

 ――敵国を利用して、利益を両立させる密約。

 危険だが、悪くない。


 「条件があるわ」

 「聞こう」

 「契約書に、“いかなる戦時にも交易を妨げない”と明記すること。

 つまり、あなたが私に剣を向けたら、自分の商人も飢えるように」


 ユーリスが笑った。

 「本当に、あなたは……戦わずして勝つ人だ」


 交渉成立。

 システム通知が光る。


 《外交協定成立:黒麦酒交易条約》

 《効果:王国信用+10/財政収入+30》


 ――数字は地味でも、重みは確かだ。





 夜が更ける。

 執務室の窓の外で、雪のような霧が舞っていた。


 レリィが湯気立つ茶を置く。

 「今日もお疲れさまでした、カレンツ様。王都の噂では、あなたを“黒麦酒の女領主”と呼んでいるとか」

 「……あまり嬉しくない称号ね。でも悪くはないわ」


 茶の香りを嗅ぎながら、私は帳簿を閉じる。

 「戦わずに領地を保つには、信頼と恐れの両方が必要。

 どちらかだけでは、誰も従わない」


 「それが、穏やかな支配者の哲学ですね」

 「ええ。穏やかでも、支配は支配。責任は重いわ」


 窓の外では、遠くの村の灯が瞬いている。

 その光ひとつひとつが、私の選択の結果であり、

 いつ消えるかも分からない。


 でも、それでもいい。


 わたしは静かに呟いた。

 「今日も、地味に勝った」


 レリィが笑う。

 「ええ。派手さはなくても、あなたは確かに勝ち続けています」





 翌日、ログイン時に通知が現れた。


 《称号更新:穏やかな支配者 → “沈黙の交易女王”》

 《効果:外交信頼+30/王都評価−5/闇商ルート開放》


 「……マイナスも付くのね」

 「ですが、これもカレンツ様らしいです」


 私は小さく笑った。

 派手な戦争をしなくても、確かに世界は動いている。

 地味で、誰にも気づかれないやり方で――。


 机の上に、昨日の茶碗が冷めたまま置かれている。

 それを片づけながら、わたしは呟いた。


 「明日は、麦畑の収穫祭か……。ふふ、少しくらい派手でもいいかしら」


 穏やかな支配者の一日は、

 今日もまた、静かに始まり、静かに世界を変えていく。



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