第17話 暮らしに風が通り、外交がかすかに揺れる日
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――初夏から盛夏へ移ろうとする季節。
白水路には透明な水がゆるやかに流れ、
三谷郷の畑では、緑が風に波のように揺れていた。
ログイン完了。
行政盤が静かに光り、今日の領地状況が映し出される。
《白水路:水量 安定》
《農作物:初夏後期 成長+15》
《工房:軽作業工具 生産拡大》
《薬師ギルド:巡回医療 予定準備》
《市場:夏衣 需要高》
《外交:レドール侯国より“小規模交流”の打診》
レリィが書簡を片手に、穏やかに報告する。
「カレンツ様……レドール侯国より、
“技術担当者の小規模交流”の打診が届きました」
「小規模交流?」
レリィが首を傾げながら続ける。
「“実情視察ではなく、知識交換をしたい”とのことですが……
本音は“あなたの領地の安定の理由をもう少し見たい”でしょうね」
私は淡く笑う。
「いいわ。交流を受けましょう。
ただし、あくまで“生活のための技術”に限ると伝えて」
「了解いたしました」
外交はあくまで、
この穏やかな日常の“風の一筋”で良い。
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◆ 第一節:三谷郷の初夏後期 ― 土は静かに応える
三谷郷の畑は、初夏の盛りに入りつつあった。
葉の色が濃く、実は硬さを持ち始めている。
農民が駆け寄ってきた。
「辺境伯様! 今年の“初夏芋”の出来が良すぎて……!」
「食べきれない量になりそうです!」
レリィが畑の端にしゃがみ、根を確認する。
「根の伸び方、均一ですね……」
「水捌けもいいわ。
今年の雨は多かったけれど、
水路の調整が効いているのね」
農民が笑って言う。
「水路の角度、去年とまったく違いますもん!
あれで水が暴れなくなりました!」
《農業:初夏収穫量+18/食料余剰+12》
レリィが立ち上がり、
日差しを見ながら呟いた。
「……本当に“土地が応えている”ような感じがします」
「土地は正直よ。
丁寧に扱えば、丁寧に返ってくる」
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◆ 第二節:工房の技術開発 ― “軽工具”が生まれる
工房へ向かうと、
第二炉の火がひときわ明るく燃えていた。
バロッサが得意げに駆け寄る。
「辺境伯様、ついにできやした……
“軽工具シリーズ第一弾”、完成でさぁ!」
レリィが目を丸くする。
「軽工具……?」
バロッサが小型のハンマー、細身のノミ、軽量カッターを見せる。
「重い工具を使うと手首を痛めやすいんでね。
夏の作業でも疲れにくくなるようにしてみやした!」
私はハンマーを手に取り、重心を確かめた。
「……重さのバランスが良いわね。
振り抜きやすい」
レリィが感嘆した声をあげる。
「これなら女性職人や年配の方も扱えますね」
バロッサが鼻をこすりながら照れる。
「へへ……“使う人”のことを考えたら、
こうなったんでさ」
《工房:軽工具生産開始/作業効率+20/疲労軽減+18》
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◆ 第三節:市場と夏衣の本格展開 ― 涼しさを運ぶ技術
市場では、夏衣の販売が本格化していた。
風を取り込む“風層衣”は、
軽さと涼しさで評判になっていた。
住民が手に取りながら話す。
「風が通る感じがいいねえ!」
「北方の金属細工の留め具、軽くておしゃれ!」
レリィが夏衣の背中部分に指を当てる。
「……留め具の角度、よく考えられていますね。
風が背から抜けていくようになってる」
「ええ。日中の暑さを和らげるための工夫よ」
人々の暮らしに技術が浸透していくのを見ると、
それだけで胸が温かくなった。
《市場:夏衣需要+25/生活快適度+15》
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◆ 第四節:薬師ギルドの小さな挑戦 ― 巡回医療の試験
薬師ギルドでは、
初めての“巡回医療”に向けて準備が整っていた。
見習い達が荷物を積み込みながら話している。
「咳止めは人数分……」
「影薄草茶も忘れないように!」
レリィが穏やかに言う。
「みなさん、気をつけて行ってくださいね。
帰ってきたら、報告をまとめましょう」
私は巡回一覧を確認しながら言った。
「この巡回は“治療だけ”でなく、
“生活の改善点”を見るのが目的よ」
「えっ、生活……?」
「井戸の掃除状況、
食事、寝床、
家屋の風通し――
病気の半分は生活から生まれるわ」
見習いたちは真剣な表情で頷いた。
《薬師ギルド:巡回医療開始/領内健康指数+12》
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◆ 第五節:レドール侯国との“小さな技術交流” ― 穏やかな探り合い
午後、迎賓館に
レドール侯国の“技術担当者二名”が到着した。
彼らは緊張した面持ちで頭を下げる。
「辺境伯カレンツ様……
本日は“技術交流”の機会をいただき、感謝いたします」
私は穏やかに微笑む。
「こちらこそ。
難しい話ではなく、
“生活を支える技術”を見ていただくだけよ」
レリィが工房と温室へ案内する。
まず工房──
「これが第二炉……?
火の暴れが少ない……!」
「空気孔の角度か?」
レリィが説明する。
「火が自然に“渦を巻く”ように設計されています」
次に温室──
「乾燥棚の湿度が……均一だ」
「陶器と砂利で調整しているのか……」
彼らの顔には、
敵意でも警戒でもなく、
“純粋な興味”だけが宿っていた。
視察を終えると、
レドールの技術者が静かに頭を下げる。
「……争いのためでなく、
“暮らしのため”に技術を使う領地……
本当に存在したのですね」
《外交:レドール小規模技術交流+25》
《友好度:微上昇》
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◆ 第六節:夕刻の白水路 ― 技術が外交になる瞬間
技術者たちが帰ったあと、
私はレリィと白水路を歩いた。
遠くでは、
軽工具を使う職人たちが作業を続け、
薬師見習いたちの巡回班が水路沿いを進んでいく。
レリィが静かに言う。
「……技術そのものが、外交の“言葉”になるんですね」
「ええ。
良い暮らしを見せれば、
争いたがる者も黙るものよ」
レリィがほんのり微笑む。
「カレンツ様の領地は……
本当に“静かに強い”ですね」
私は足元の川を見つめた。
「静かさの裏には、膨大な手間があるだけよ」
風が吹き、
白水路の表面に涼しい波紋が広がった。
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◆ 終章:夜風と、今日も地味な勝利
夜。
迎賓館のバルコニーから白水路を眺めながら、
レリィがそっと言う。
「……今日の外交、上出来でしたね」
「地味な一日だったけど、
着実に“未来のつながり”が増えたわ」
レリィが小声で笑う。
「カレンツ様の地味さは……
世界を救います」
「褒め言葉として受け取るわ」
白水路の水音が
夜の静けさと溶け合っていく。
「――今日も、地味に勝ったわね」
「はい。
穏やかで、確かな勝利です」
その声が夜風に乗り、
ひっそりと領地を包んだ。
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