第16話 暮らしと技術と、風に紛れる外交の足音
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――初夏が深まり、白水路に走る風はやわらかく暖かい。
三谷郷の畑は葉が勢いよく広がり、
工房では槌音が安定したリズムを刻み、
薬師ギルドには乾燥棚の薬草と陶器の香りが静かに満ちていた。
ログイン完了。
行政盤に淡い光が走り、今日の状況が表示される。
《白水路:水量 安定》
《農作物:初夏中期 成長+14》
《工房:第二炉 稼働良好》
《薬師ギルド:巡回準備中》
《市場:夏衣 生産開始》
《外交:北方ドワーフ王国より“技術の打診”》
レリィが書簡を胸に抱え、
静かな足取りで近づいてくる。
「カレンツ様……北方から“技術に関する打診”が届いています」
「北方、また動き始めたのね」
「はい。今回は“鍛造炉の冷却技術”についての問い合わせです」
私は小さく息を吐いた。
悪い意味ではなく、むしろ“やっと次が来た”という安堵に近い。
「まずは断らず、“状況を見せてほしい”と返しましょう。
技術の交換は慎重に扱うべきだから」
「了解いたしました」
レリィの声は、やわらかくも仕事の音色を含んでいる。
今日もまた、領地は静かに動いていた。
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◆ 第一節:三谷郷の初夏中期 ― 土と水が語る安定
三谷郷の畑では、
葉が陽光を反射しながら大きく揺れていた。
農民たちが楽しげに声を掛ける。
「辺境伯様! 今年はほんと豊作ですよ!」
「見てください、この実の張り!」
レリィがひざをつき、葉の裏を確認する。
「暑さ負けもしていませんね。
葉の縁の色が均一です」
「水路の調整が功を奏してるわね」
私は畑の端の水捌けを確認し、
足元の土を指先で掬ってみた。
「……湿りが均一。
これなら根の張りも揃うわ」
農民たちの嬉しさが伝わってくる。
生活の安定が、表情にそのまま現れていた。
《農業:中期収穫量+18/住民安心+12》
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◆ 第二節:工房の“細工技術”が育ち始める ― 軽く、強く、美しく
工房では、第二炉に加えて
“細工台”と呼ばれる新しい作業台が稼働していた。
職人バロッサが誇らしげに言う。
「へへっ……見てくださいよ、辺境伯様」
そこには、細い金属で組まれた夏衣用の“通風留め具”があった。
穴の角度が工夫されており、
風を取り込み、余分な熱を逃す形になっている。
レリィが指で触れ、目を丸くした。
「……軽い。そして……冷たい?」
バロッサが鼻を鳴らす。
「北方の金属を薄く叩いて
“風通しの穴”を角度つけて開けたんでさ。
冷風が体に通りやすい仕組みですよ」
私は留め具を光にかざし、
複雑な影が揺れるのを確認した。
「美しい細工ね。
軽くて丈夫、そして涼しい。
これは夏衣がより快適になるわ」
《工房:細工技術+20/夏衣品質+16》
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◆ 第三節:薬師ギルドの動き ― 巡回準備と新たな“知の芽”
薬師ギルドでは、
初めての“巡回医療”の準備が進んでいた。
見習いたちが調合棚の前で並び、
薬師たちから手順を学んでいる。
レリィは帳簿を片手に、穏やかに言う。
「見習いの人たち……とても熱心ですね」
「そうね。
“知った人”が増えれば、
病気は自然と減っていくわ」
ギルドの窓辺には、
前回東境から贈られた青土陶器の花瓶が置かれている。
その中には白い薬草の小花が揺れていた。
《薬師ギルド:巡回準備完了/医療普及+15》
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◆ 第四節:北方ドワーフの“技術打診” ― 穏やかな探り合い
午後、迎賓館に北方使節の手紙が再び届いた。
レリィが静かに封を切って読み上げる。
「“鍛造炉の冷却技術について学べないか。
こちらの“冷却金属”を提供したい”……とのことです」
私は少しだけ考える。
「冷却金属……北方で作っている特殊合金ね」
「はい。
彼らの金属は冷やすと性質が変わる……
“薬草乾燥棚”にも使えるかもしれません」
「ええ。
技術の交換は有益よ」
私は静かに続けた。
「ただし――
“冷却炉の設計図”は渡さないわ」
レリィの瞳がきらりと光る。
「技術そのものではなく、
“技術の影響範囲”だけを共有する……
ですね」
「そう。外交は慎重でいい」
《外交:北方ドワーフ信頼+20/技術交流契約(限定)成立》
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◆ 第五節:三谷郷の夏衣工房 ― 日常の中にある外交の影
夕方、夏衣工房に向かうと、
織師たちが“通風留め具”を試しに縫い付けていた。
「これ、北方の技術ですよね……?」
「でも、こっちの布の方が相性が良いな」
彼女たちは、
“北方の金属細工”と
“辺境の軽布技法”を自然と組み合わせていた。
レリィがその光景を見て、静かに微笑む。
「外交って……
こうやって生活に紛れ込んでいくんですね」
「ええ。
“どこの技術か”にこだわらず、
“使えるから使う”――
それが暮らしの強さよ」
《市場:夏衣需要+20/技術混合率アップ》
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◆ 第六節:東境からのお便り ― “水門三度”の効果
夜。
レリィが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「カレンツ様、東境からお便りが届きました!」
東境のモルハからの簡素な手紙だ。
《水門三度、完了。
川の水量、安定する。
村人 心から安堵している。
――感謝》
手紙には余計な言葉はない。
だが、それがかえって温かかった。
レリィが静かに言う。
「“角度三度”は……
東境の未来を変えるかもしれませんね」
「わたしはただ、
“流れが自然になる角度”を示しただけよ」
《外交:東境との信頼固定化+25》
《治水技術:他領からの評価アップ》
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◆ 第七節:夜の帰路と、静かな余韻
白水路のほとりを歩きながら、
レリィが言った。
「……本当に、不思議な領地ですね」
「不思議?」
「はい。
強い兵も、巨大な城壁もないのに、
技術と暮らしが……
外交さえも支えてしまう」
私は少しだけ笑った。
「兵や壁では守れないものもあるわ。
“信頼”や“生活”のほうが、
よほど固い城壁になることもあるの」
レリィが静かに頷く。
「……カレンツ様がそういう方だから、
この領は強いんですね」
風が水面を揺らし、
温かく澄んだ音が広がっていった。
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◆ 終章:夜空と、今日も地味な勝利
迎賓館の灯を落とし、
白水路の夜風に当たりながら私は呟いた。
「――今日も、地味に勝ったわね」
レリィが微笑む。
「はい。
静かで、穏やかで、強い勝利です」
どこか遠くで、
工房の槌音が夜空に溶けていく。
その音は、
“明日の生活が今日より良くなる証”にも聴こえた。
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