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辺境伯カレンツは今日も地味に勝つ ――内政と外交で生き残るVRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第16話 暮らしと技術と、風に紛れる外交の足音









 ――初夏が深まり、白水路に走る風はやわらかく暖かい。

 三谷郷の畑は葉が勢いよく広がり、

 工房では槌音が安定したリズムを刻み、

 薬師ギルドには乾燥棚の薬草と陶器の香りが静かに満ちていた。


 ログイン完了。

 行政盤に淡い光が走り、今日の状況が表示される。


 《白水路:水量 安定》

 《農作物:初夏中期 成長+14》

 《工房:第二炉 稼働良好》

 《薬師ギルド:巡回準備中》

《市場:夏衣 生産開始》

《外交:北方ドワーフ王国より“技術の打診”》


 レリィが書簡を胸に抱え、

 静かな足取りで近づいてくる。


 「カレンツ様……北方から“技術に関する打診”が届いています」

 「北方、また動き始めたのね」

 「はい。今回は“鍛造炉の冷却技術”についての問い合わせです」


 私は小さく息を吐いた。

 悪い意味ではなく、むしろ“やっと次が来た”という安堵に近い。


 「まずは断らず、“状況を見せてほしい”と返しましょう。

  技術の交換は慎重に扱うべきだから」

 「了解いたしました」


 レリィの声は、やわらかくも仕事の音色を含んでいる。


 今日もまた、領地は静かに動いていた。



◆ 第一節:三谷郷の初夏中期 ― 土と水が語る安定


 三谷郷の畑では、

 葉が陽光を反射しながら大きく揺れていた。


 農民たちが楽しげに声を掛ける。


 「辺境伯様! 今年はほんと豊作ですよ!」

 「見てください、この実の張り!」


 レリィがひざをつき、葉の裏を確認する。


 「暑さ負けもしていませんね。

  葉の縁の色が均一です」

 「水路の調整が功を奏してるわね」


 私は畑の端の水捌けを確認し、

 足元の土を指先で掬ってみた。


 「……湿りが均一。

  これなら根の張りも揃うわ」


 農民たちの嬉しさが伝わってくる。

 生活の安定が、表情にそのまま現れていた。


 《農業:中期収穫量+18/住民安心+12》



◆ 第二節:工房の“細工技術”が育ち始める ― 軽く、強く、美しく


 工房では、第二炉に加えて

 “細工台さいくだい”と呼ばれる新しい作業台が稼働していた。


 職人バロッサが誇らしげに言う。


 「へへっ……見てくださいよ、辺境伯様」


 そこには、細い金属で組まれた夏衣用の“通風留め具”があった。

 穴の角度が工夫されており、

 風を取り込み、余分な熱を逃す形になっている。


 レリィが指で触れ、目を丸くした。


 「……軽い。そして……冷たい?」


 バロッサが鼻を鳴らす。


 「北方の金属を薄く叩いて

  “風通しの穴”を角度つけて開けたんでさ。

  冷風が体に通りやすい仕組みですよ」


 私は留め具を光にかざし、

 複雑な影が揺れるのを確認した。


 「美しい細工ね。

  軽くて丈夫、そして涼しい。

  これは夏衣がより快適になるわ」


 《工房:細工技術+20/夏衣品質+16》



◆ 第三節:薬師ギルドの動き ― 巡回準備と新たな“知の芽”


 薬師ギルドでは、

 初めての“巡回医療”の準備が進んでいた。


 見習いたちが調合棚の前で並び、

 薬師たちから手順を学んでいる。


 レリィは帳簿を片手に、穏やかに言う。


 「見習いの人たち……とても熱心ですね」


 「そうね。

  “知った人”が増えれば、

  病気は自然と減っていくわ」


 ギルドの窓辺には、

 前回東境から贈られた青土陶器の花瓶が置かれている。

 その中には白い薬草の小花が揺れていた。


 《薬師ギルド:巡回準備完了/医療普及+15》



◆ 第四節:北方ドワーフの“技術打診” ― 穏やかな探り合い


 午後、迎賓館に北方使節の手紙が再び届いた。


 レリィが静かに封を切って読み上げる。


 「“鍛造炉の冷却技術について学べないか。

   こちらの“冷却金属”を提供したい”……とのことです」


 私は少しだけ考える。


 「冷却金属……北方で作っている特殊合金ね」

 「はい。

  彼らの金属は冷やすと性質が変わる……

  “薬草乾燥棚”にも使えるかもしれません」


 「ええ。

  技術の交換は有益よ」


 私は静かに続けた。


 「ただし――

  “冷却炉の設計図”は渡さないわ」


 レリィの瞳がきらりと光る。


 「技術そのものではなく、

  “技術の影響範囲”だけを共有する……

  ですね」


 「そう。外交は慎重でいい」


 《外交:北方ドワーフ信頼+20/技術交流契約(限定)成立》



◆ 第五節:三谷郷の夏衣工房 ― 日常の中にある外交の影


 夕方、夏衣工房に向かうと、

 織師たちが“通風留め具”を試しに縫い付けていた。


 「これ、北方の技術ですよね……?」

 「でも、こっちの布の方が相性が良いな」


 彼女たちは、

 “北方の金属細工”と

“辺境の軽布技法”を自然と組み合わせていた。


 レリィがその光景を見て、静かに微笑む。


 「外交って……

  こうやって生活に紛れ込んでいくんですね」


 「ええ。

  “どこの技術か”にこだわらず、

  “使えるから使う”――

  それが暮らしの強さよ」


 《市場:夏衣需要+20/技術混合率アップ》



◆ 第六節:東境からのお便り ― “水門三度”の効果


 夜。

 レリィが嬉しそうに駆け寄ってきた。


 「カレンツ様、東境からお便りが届きました!」


 東境のモルハからの簡素な手紙だ。


 《水門三度、完了。

  川の水量、安定する。

  村人 心から安堵している。

  ――感謝》


 手紙には余計な言葉はない。

 だが、それがかえって温かかった。


 レリィが静かに言う。


 「“角度三度”は……

  東境の未来を変えるかもしれませんね」


 「わたしはただ、

  “流れが自然になる角度”を示しただけよ」


 《外交:東境との信頼固定化+25》

 《治水技術:他領からの評価アップ》



◆ 第七節:夜の帰路と、静かな余韻


 白水路のほとりを歩きながら、

 レリィが言った。


 「……本当に、不思議な領地ですね」

 「不思議?」

 「はい。

  強い兵も、巨大な城壁もないのに、

  技術と暮らしが……

  外交さえも支えてしまう」


 私は少しだけ笑った。


 「兵や壁では守れないものもあるわ。

  “信頼”や“生活”のほうが、

  よほど固い城壁になることもあるの」


 レリィが静かに頷く。


 「……カレンツ様がそういう方だから、

  この領は強いんですね」


 風が水面を揺らし、

 温かく澄んだ音が広がっていった。



◆ 終章:夜空と、今日も地味な勝利


 迎賓館の灯を落とし、

 白水路の夜風に当たりながら私は呟いた。


 「――今日も、地味に勝ったわね」


 レリィが微笑む。


 「はい。

  静かで、穏やかで、強い勝利です」


 どこか遠くで、

 工房の槌音が夜空に溶けていく。


 その音は、

 “明日の生活が今日より良くなる証”にも聴こえた。





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