第14話 暮らしと技術と、静かな外交の季節
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――初夏の陽が白水路をゆっくり照らし、
三谷郷の畑では早くも青々とした葉が揺れていた。
工房からは規則正しい鉄槌の音、
薬草温室からは乾いた葉の香りが少しだけ流れてくる。
ログイン完了。
行政盤が淡い光とともに、今日の数値を映し出した。
《白水路:水量 安定》
《三谷郷:農作物 発育良好》
《工房:金属工具 生産効率+12》
《薬草温室:初夏生産量 予測+18》
《外交:レドール侯国より“視察の申し入れ”》
レリィが朝の光の中で、書簡を恭しく差し出す。
「カレンツ様、レドール侯国が“視察団”を送りたいそうです」
「……視察団?」
「はい。“技術交流”を目的にとのことですが、
実際は“カレンツ領が本当に安定しているのか”の確認でしょうね」
その声音は、ほんのわずかに鋭さを含んでいた。
警戒ではない。状況を冷静に見ているだけの声。
私は書簡を静かに閉じた。
「視察は受けましょう。
ただし、“案内コースはこちらで設定”するわ」
「了解いたしました」
レリィがわずかに微笑む。
その笑みはいつも通り静かで、優しく、強い。
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◆ 第一節:三谷郷の初夏 ― 技術が暮らしに根付く
三谷郷の朝の視察。
陽光の中、畑には初夏らしい香りが満ちていた。
「辺境伯様、おはようございます!」
「おはよう。葉の色は良いわね」
農民が嬉しそうに笑った。
「はい! 今年は水路も絶好調で!」
レリィが水路の角度を確認して言う。
「白水路の“調整石”が機能している証拠です。
流量が安定しているので、畑の端まで水が均等に」
私は畑の端の乾燥度を指先で確かめる。
土は柔らかく、適度に湿っている。
「……良い土ね。
去年混ぜた三村の土が、ようやく馴染んできたわ」
農民たちはその言葉に誇らしげに顔を上げた。
《農業:初夏成長率+15/住民安心度+10》
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◆ 第二節:工房の拡張 ― 鍛造炉の“第二形態”
工房区画に入ると、
鍛造炉の熱気がふわりと身体を包んだ。
職人バロッサが大声で出迎える。
「辺境伯様! “第二炉”が完成しましたぜ!」
レリィの目がぱっと明るくなる。
「第二炉……!? ついに!」
私は炉の前に立つ。
形状は第一炉よりも縦に細く、
空気孔が斜めの螺旋状に配置されている。
「あら……これ、火力が細かく調整できそうね」
「さすが旦那――いえ、カレンツ様!」
バロッサが慌てて言い直す。
レリィが笑いを堪えている。
「空気孔を斜めにしたことで、
“火が渦を巻く”ようになりましてね。
温度が一定しやすく、金属のムラが減るんです」
私は炉の真上の煙突部分に手を添えて言った。
「……風が素直に抜ける構造ね。
これなら長時間の作業でも火が暴れないわ」
《技術:鍛造効率+20/工具品質+18》
レリィがぽつりと言う。
「……この工房、ほんの一年で別物になりましたね」
「地味に積んできたものが形になっただけよ」
「カレンツ様らしい積み上げ方です」
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◆ 第三節:薬草温室の“夏仕様” ― 小さな技術が医療を強くする
温室では薬草の葉が風に揺れ、
乾燥棚には日差しが反射していた。
薬師のメイナが駆け寄ってくる。
「辺境伯様! “青土陶器の冷水器”が本当に便利で……!」
レリィが説明を補う。
「陶器の水温調整で薬草の香りが安定したそうです」
私は試しに香りを確かめる。
初夏でも香りが飛んでいない。
これは大きな成果だ。
「良い出来ね。
これなら夏の医療用に十分使えるわ」
薬師の目が潤む。
「……東境から学んだ陶器技術のおかげです」
「違うわ。
“学ぼうとしたあなたたち”のおかげよ」
《医療:薬草品質+22/夏期病気発生率 −18》
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◆ 第四節:レドール侯国・視察団到着 ― 静かな外交の始まり
午後。
白水路に三隻の小舟が現れた。
「レドール侯国視察団、到着しました」
レリィが私の隣で軽く礼をする。
視察団の先頭には、
柔和な笑顔の女官長フィーラがいた。
「辺境伯カレンツ殿。
お招きに感謝いたします」
「ようこそ。
今日は“普段通り”の我が領をご案内します」
フィーラはほんのわずかに頬を緩めた。
「……普段通り、という言葉が最も頼もしいですね」
その言葉の奥に、
“この領は本当に安定しているのか”
という探る視線が見えないでもなかった。
だが私は気にしない。
事実を見せればよいだけだ。
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◆ 第五節:視察① ― 三谷郷の畑でわかる“真の安定”
畑に入ると、
視察団の目がみるみる変わっていった。
「この畝の間隔……合理的ですね」
「水路の角度が揃っている。職人の手が入っている証拠だ」
「農民が余裕ある顔をしている……これは本物だ」
フィーラは畑の端を見て、静かに呟いた。
「……他領とは違う。
“強すぎない安定”がある」
レリィが小声で説明する。
「過度に押しつけず、
緩やかな調整で土地を育てるのがカレンツ様の土木方針です」
フィーラは感心して頷いた。
「――なるほど。“守るための指導”ですね」
《外交評価:レドール侯国 +15》
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◆ 第六節:視察② ― 工房の技術力を“さりげなく”示す
次の視察は工房。
第二炉の前でグルム技師が槌を振っていた。
金属の音が澄んでいて、まるで楽器のようだった。
フィーラが驚きの声をあげる。
「……鍛造炉が安定しすぎています」
レリィが淡々と補足する。
「空気孔を螺旋状にし、
火が自然に“回る”ようにしています」
「自然に……?」
私は静かに説明した。
「火は人が押さえつけると暴れるの。
だから“逃げ道”を作るのが鍛造の基本」
フィーラは腕を組んで深く頷いた。
「……それが、“争わない技術”なのですね」
《外交評価:レドール侯国 +20》
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◆ 第七節:視察③ ― 薬草温室で感じる“暮らしの医療”
温室に足を踏み入れた瞬間、
視察団は思わず息を呑んだ。
「……香りが柔らかい」
「乾燥棚の配置、計算されてますね」
フィーラは影薄草茶のサンプルを口にして言った。
「……子どもが飲める薬というのは、珍しい」
「ええ。薬は“効けば良い”だけではダメ。
飲めなければ意味がない」
フィーラの表情に、尊敬の色が浮かんだ。
《外交:レドール侯国 信頼+30》
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◆ 第八節:静かな晩餐 ― 本音を出し始める隣国
視察のあと、
迎賓館で静かな晩餐が開かれた。
会話は穏やかで、
しかし少しずつ本音が顔を出す。
フィーラはワインを置き、
こちらを真っ直ぐに見つめて言った。
「――カレンツ殿。
あなたの領地は“驚くほど争わない”。
その安定を、我が侯国にも教えていただけませんか?」
レリィがわずかに姿勢を正す。
私は静かに笑った。
「争わないのではなく、
“争いが生まれにくい土台”を作っているだけよ」
「土台……?」
「暮らし、技術、水、医療。
人々が安心すれば、争いは自然と減る。
私はただ、それを支えているだけ」
フィーラは長く息を吐いた。
「……あなたのような領主を、
一度でいいから侯国にも迎えたかった」
レリィが静かに微笑む。
誇らしげな、しかし控えめな笑み。
《外交:レドール侯国との友好 大幅上昇》
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◆ 終章:初夏の風と、静かな確信
視察団が帰った夜。
白水路の風は涼しく、
薬草温室の灯りがまるで星のように揺れていた。
レリィが隣で静かに言う。
「……今日の外交、完璧でしたね」
「地味な日々を見せただけよ」
「その“地味”が、他国には眩しいんです」
私は空を見上げた。
初夏の雲がゆっくりと動いている。
「――今日も、地味に勝ったわね」
「はい。ささやかで、そして強い勝利です」
風が、静かに領地を撫でていった。
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