第11話 薬草連合と静かな治癒の季節
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――春の柔らかい日差しの中。
三谷郷の温室には若い緑が茂り、
白水路には水音が清らかに響いていた。
ログイン完了。
行政盤には今日も静かに数字が並ぶ。
《春期健康指数:やや低下》
《三谷郷:軽い風邪の流行》
《水質:良好》
《工房:鍛造炉・織機とも安定》
《外交:東境ハルム領より“医療支援要請”》
「……医療支援要請?」
「はい、カレンツ様。東境で風邪と咳の流行が続いているようです」
レリィは書簡を手にしながら、少し眉を寄せた。
「“薬草の在庫が尽きそうだ”と」
薬草はこの季節、まだ収穫量が多くない。
冬の蓄えも底に近い。
しかし、東境の助けを無視すれば、
“外交の芽”を根から折ることにもなる。
私は静かに返した。
「……医療は一刻を争うわ。
まず、三谷郷の薬草庫を確認しましょう。
足りるなら分ける。足りなければ――育てる」
「育てる……とは?」
「薬草温室の増設よ」
レリィの瞳が明るくなる。
「了解しました。……穏やかに忙しい春になりますね」
「ええ。穏やかに、ね」
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◆ 第一節:薬草庫の確認 ― 数字が示す静かな問題
三谷郷の薬草庫に入ると、
乾燥棚には薄茶色の葉が積まれていた。
薬師が近寄り、深く頭を下げる。
「辺境伯様……薬草は残り三割ほど。
冬の咳止めに多く使いました」
「三割……」
レリィが帳簿を確認する。
「春の風邪流行が続けば、領内でも使い切りますね」
「ええ。でも――」
私は薬草庫の端に目をやる。
「ここ、何?」
「……去年の夏に収穫した“影薄草”です。
香りが弱いので人気がなくて」
私はその葉を指でこすった。
かすかだが、独特の清涼感。
「これ、煎じ方を変えたら“呼吸薬”になるわ」
「えっ……?」
「弱い香りは“刺激が少ない”という意味。
子どもの咳止めに向いている」
薬師は驚愕したように声をあげる。
「そんな使い方が……!」
レリィも目を見開く。
「カレンツ様……薬学まで精通されて」
「違うわ。読んだだけよ。
知識は、読めば手に入るもの」
「……だからこそ、誰より強いんですね」
私は静かに帳簿を閉じた。
「なら、“影薄草”で子ども向けの薬を作る。
東境へ送るのは、呼吸薬・解熱薬、それに“影薄草茶”を少し」
《医療:薬品在庫安定/苦情発生率 −20》
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◆ 第二節:薬草温室の増設 ― 技術と植物の組み合わせ
薬草温室の増設工事が始まった。
北方の鍛造技術で作った金属フレームと、
こちらの透明鉱石〈氷硝ガラス〉が組み合わさる。
レリィが図面を見ながら言う。
「この温室……冬でも育つようになりますね」
「ええ。“日照反射板”を付けるから」
「反射板?」
「太陽光を下からも当てるのよ。
植物は反射光を浴びると、育ちが早くなる」
工房職人が驚いて声をあげた。
「そんな工夫があるとは……!」
更に私は指示を出す。
「水やりは“霧吹き式”に。
薬草は根を濡らしすぎると腐る」
「霧吹き……?」
「昔の猟師が使っていた“霧吹き袋”が参考になるわ」
技師シアンが手を叩いた。
「なるほど……小さな空気袋に水を入れて押し出せば霧状になる!」
《技術:薬草温室の拡張/薬草生産量+30/農業+5》
レリィが微笑んで言う。
「……カレンツ様、今日も地味にすごいです」
「地味が一番役に立つのよ」
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◆ 第三節:東境ハルム領の医療支援 ― 穏やかな外交の実践
薬草の準備を整え、
迎賓館で東境の使者モルハと対面する。
「カレンツ様……助けてくださるのですか?」
「ええ。
ただし、薬は“使い方を間違えると毒”になる。
使い方を細かく覚えてから持ち帰って」
私は薬の種類を一枚の板に図式でまとめ、
分かりやすく説明した。
・呼吸薬:子ども優先
・影薄草茶:湯で薄める
・解熱薬:二時間おき
・咳止め:寝る前のみ
・薬量の目安:体格に応じて
モルハの目が真剣になる。
「……ここまで丁寧に……」
「人の命は数字では扱えないわ。
だからこそ、丁寧に」
使者は深く頭を下げた。
「恩義、一生忘れません」
《外交:東境信頼+25/薬草連合の提案》
モルハはさらに言った。
「実は……我が領だけでなく、
南方の“沼地領”でも病が広がっているようで。
もしよければ――
三領で“薬草連合”を組みませんか?」
レリィが息を呑む。
「薬草連合……?」
「ええ。薬草を“助け合いながら育てる同盟”。
戦争のためではなく、暮らしのための同盟よ」
私は静かに言う。
「悪くない話ね。ただし――
外交は急ぐと転ぶ。
まずは“三領で情報交換”から始めましょう」
モルハは感激したように頷いた。
《新外交:薬草情報会合/穏やかな三国連携》
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◆ 第四節:薬の普及と衛生改革 ― 医療は“暮らしの中”にある
薬草温室が稼働し始めると、
三谷郷ではすぐに変化が見え始めた。
「子どもの咳が軽くなった!」
「影薄草茶、飲みやすい!」
「苦味が少ないから子どもも飲んでくれる!」
《医療:子ども咳症状 −70%/老人症状 −40%》
私はさらに、衛生指導を村に広めた。
「水桶は“毎朝新しい水”に。
井戸の周りは定期的に掃除を。
手洗い場に灰を置いて、混ぜて指をこする。
――簡単だけど、大事な衛生対策よ」
レリィが頷く。
「石鹸の代わりに灰を使うのですね」
「灰には汚れを落とす成分があるから」
《衛生改善+20/病気流行イベント発生率 −60》
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◆ 第五節:南方沼地領の密使 ― “助けを求める影”
翌夜、静かな時間にレリィが急いで来た。
「カレンツ様……南方沼地領から“非公式の使者”が」
「非公式?」
「ええ。病が広がり、領主が動けないそうです」
密使はやつれた顔で、
しかし必死に言葉を繋いだ。
「……咳が止まらず、多くの者が寝込んでいます。
水が濁っていて……薬草も育たず……」
レリィが心配そうにこちらを見る。
「カレンツ様……この場合は?」
私は迷いなく答えた。
「助けるわ。
“沼地領救護隊”を派遣する」
レリィの瞳が静かに輝く。
「医療と衛生は国境を越えるわ。
今日助ければ、明日助けられる。
それが、薬草連合の第一歩よ」
《外交:薬草連合進行+30/国境安定+12》
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◆ 終章:静かな雨の夜に ― 治癒の風が吹き始める
雨の降る夜。
私は温室の窓から、揺れる植物を眺めていた。
薬草の香り。
工房の火の音。
白水路の水音。
三谷郷の家々の灯。
そのすべてが
“誰かの暮らしを守る”ために息づいている。
レリィがそっと横に立つ。
「……今日も、静かに勝ちましたね」
「ええ。
病にも、外交にも、
そして――暮らしにも」
通知が現れる。
《称号更新:穏やかな水脈 → “治癒の連鎖を紡ぐ者”》
《薬草連合:第一次会談 開催準備へ》
私は微笑んだ。
「――明日も、地味に守り続けましょう」
「はい。
穏やかな勝利を積み重ねるために」
夜の雨が、
三谷郷をやさしく包み込んでいた。
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