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VRMMO〈王国統治オンライン〉辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌 Lv56  作者: 柳 陽


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第1話 辺境伯カレンツの穏やかな戦略日誌



 ――ログイン完了。

 視界に浮かぶ光の粒が形をとり、遠く霞む山脈と、霧の谷を抱えた小国の地形が現れた。

 ここは《王国統治SLGオンライン》。

 プレイヤーがそれぞれ領主となり、土地を開発し、外交・戦争・交易・信仰政策を駆使して国を導く大規模戦略ゲーム。


 そして――

 その片隅に、他のプレイヤーから「地味にすごい」と囁かれる領地がある。


 名は〈カレンツ辺境伯領〉。

 その領主が、わたし――カレンツ=ノワ=エルディアだ。




 「税率八%据え置き。農作物は黒土地帯で安定生産。交易路の見直し……っと」


 ゲーム内の執務室。机の上に広げた地図には、灰色の針で各村の位置が示されている。

 わたしは指先で一つずつ動かしながら、領内の資源バランスを確認した。


 このゲーム、派手な戦争や暗殺イベントもあるけれど、地味な内政こそが勝敗を分ける。

 人口増加率・食料生産量・住民幸福度――

 どれも手を抜けば数日後に「暴動」や「疫病」イベントが起きて取り返しがつかなくなる。


 「カレンツ様、また村の子供たちが学校を建てたいと言っております」

 副官NPCのレリィが報告書を差し出す。彼女も同族のダークエルフ。わたしの片腕だ。


 「また? この辺境にもう三つも学校あるのに……」

 「ですが識字率が上がれば、次の『学問発展ボーナス』が解放されます」


 そう言われて、わたしは少し考え込む。

 確かに、学問発展が進めば魔術研究や行政官育成が捗る。

 だが学校を建てすぎると、維持費が馬鹿にならない。


 「……じゃあ、寄付という形にしてもらおう。建設は村民自らの手で、領主は基金を支援するだけ」

 「了解しました。賢明なご判断です」


 ――わたしは、基本的に戦争をしない。

 ログイン勢が血気盛んに城を落とし合うなか、わたしはただひたすら、領地の帳簿と睨めっこしていた。


 けれど、このコツコツ型のプレイこそ、案外侮れない。

 なぜなら、戦争プレイヤーが疲弊して去っていく頃、地味な領地がじわじわと国力で追い抜くからだ。


 「領主カレンツ、現在のレベルは……五十六、ですね」

 「うん。地道に上げてきた成果よ。派手さはないけど、安定は力になる」


 そう口にすると、レリィが微笑んだ。

 「あなたが選んだ“安定”が、この地の誇りです」





 夜。領都カレンツの広場に、灯が点る。

 市場では果実酒の香りが漂い、旅人たちが三味線のような弦楽器を奏でていた。


 そんななか、わたしは使節館で、他国の領主と対面していた。

 「――では、次期の穀物輸送ルートを北回りに変えたい、というのが貴国の提案ですか?」


 相手は〈レドール侯国〉の若き当主、ユーリス卿。

 彼は戦争ゲーム勢で、戦略SLG内でもかなり好戦的なプレイヤーとして知られている。

 なのに――今は、やけに穏やかな表情でこちらを見ていた。


 「ええ。辺境の氷雨地帯が溶け始めて、南路は通行止めが多い。あなたの領の協力があれば、物流が楽になります」

 「ふむ……その代わり、通行税を半分に抑えてほしい、と」


 彼の言葉を、静かに吟味する。

 このSLGでは、プレイヤー同士の外交交渉もリアルタイムで行われる。

 内容次第では、他国が裏切りや同盟破棄を仕掛けてくる。

 つまり――この交渉も、戦争と同じ。


 「ユーリス卿。あなたは我が領を“通り道”としか見ていませんね」

 「ほう?」


 「我々の農産物、あなた方の市場で売られています。つまり、我が領の穀物があなたの領の経済を支えている。

 ――通行税を下げるなら、その分、交易品の価格調整をお願いしたい」


 少し間を置いて、相手が目を細める。

 「……価格調整、か。商人ギルドが黙っていないと思いますが」

 「だからこそ、ギルドにとっても損にならない提案を――“酒の輸出”で補填しましょう」


 「ほう……。なるほど、あなたの領の黒麦酒か」


 ユーリスが笑みを浮かべた。

 取引成立。外交ボーナス+15。

 画面右上に静かにアイコンが浮かび、わたしは胸の内でガッツポーズをとった。


 この地味な交渉の積み重ねが、戦争よりもよほど領地を豊かにする。

 派手な戦果はないけれど、外交履歴はいつの間にか国の上層部に届き、

 “カレンツ辺境伯領――信頼に足る国家”と評されるようになっていた。





 週末の夜。

 オンラインの王国会議が始まる。

 全国のプレイヤー領主が音声チャットで集まり、議題を出し合う。


 〈議題:東方砂漠帯の新モンスター出現に伴う連合軍の結成〉


 わたしは静かにマイクをオンにした。

 「カレンツ辺境伯領、発言を許可願います」

 『あ、カレンツさんだ。今日も来てたんだ』『相変わらず堅実勢のトップだな』


 ざわめきの中、わたしは淡々と提案した。

 「連合軍を結成するのは賛成です。ただし兵糧庫の補給体制を確立しないまま遠征すれば、補給切れで壊滅します」

 『まーたカレンツさんの補給計算が始まったぞ』

 『前回もあの人の提案で半分の損害に済んだじゃん』


 笑い混じりの声が飛ぶ。

 けれど、数字を詰めると誰も反論できない。

 このゲームは“感情”では動かない。資源とロジックが全てなのだ。


 最終的に、わたしの提案した「三拠点補給型遠征プラン」が採用される。

 会議終了後、他のプレイヤーから個別チャットが届いた。

 『地味にすげぇな、カレンツさん。なんでそんなに冷静なん?』

 『戦争しない領主が一番頼りになるって、皮肉だよな』


 わたしは笑って返した。

 「戦わない領主ほど、戦争の怖さを知ってるのよ」





 数日後。

 農村の視察イベントで、わたしは領民の前に立っていた。

 ダークエルフの細身の体に、黒銀のマント。耳に光る紋章ピアスは、領主の証。


 「カレンツ様! おかげで畑が豊作です!」

 「ありがとうございます! あの魔力灌漑装置、本当に助かりました!」


 笑顔が広がる。

 NPCの台詞だけど、長年のプレイで情が移ってしまう。

 この村の一人ひとりが、数字ではなく、ちゃんと“生きている気がする”のだ。


 「カレンツ様、どうかこれを」

 老人が差し出したのは、小さな木彫りの像だった。

 “女神像”イベントアイテム――幸福度+5。


 「ありがとう。領主として、誇りに思うわ」

 「……あんたのような領主なら、戦は要らねぇな」

 そう呟く村人の声に、胸が温かくなる。


 この瞬間のために、コツコツ積み上げてきた。

 他の誰にも理解されなくても、わたしはこの“穏やかな成果”が何より好きだった。





 だが、平穏は長くは続かない。

 ある日、突然のシステム通知が届いた。


 《速報:隣国ラディオン侯国が、あなたの交易路を侵犯しました》


 「……やってくれたわね」


 レリィが慌てて飛び込んでくる。

 「カレンツ様、軍備を整えますか?」

 「いいえ。今は、剣を抜くときじゃない」


 わたしは地図を開き、周辺諸侯の関係を確認した。

 ――ラディオン侯国は、以前にユーリス卿の属国と同盟関係。

 つまり、直接の戦争ではなく、彼の影響下での“圧力”だ。


 「外交ルートを開いて。ユーリス卿に直接話すわ」


 メッセージウィンドウを開き、冷静に打ち込む。


 《あなたの同盟国が我が領の交易路を封鎖しました。

 我々は戦争を望みませんが、交易停止の損害を補償してもらいたい》


 返信はすぐに来た。

 《……確認した。こちらの独断ではないが、介入は約束する》


 数時間後、システムログに「交易封鎖解除」の通知。

 戦わずして危機を収めた。


 レリィが深く頭を下げる。

 「見事なお手並みでした、カレンツ様」

 「戦争より、対話のほうがずっと難しいのよ」

 「……それでも、あなたはいつも勝っていらっしゃる」


 その言葉に、思わず微笑む。





 ――日が暮れる。

 執務室の窓の外、茜色の空に鳥が帰っていく。

 画面右下の時計が、そろそろ現実の時間を告げていた。


 「そろそろログアウトしようかしら」

 「今日もお疲れさまでした、カレンツ様」

 「ありがとう、レリィ。また明日も、畑と学校の報告をよろしく」


 ログアウトボタンを押す。

 画面が薄く白んで、世界が霞んでいく。


 ――でも、その瞬間、ふと思う。

 この小さな国で、誰も知らないところで、

 自分が積み上げた数値や政策が、確かに“世界を動かしている”という感覚。


 派手な戦争も、英雄の栄光もない。

 けれど、ゆっくりと成長し、少しずつ信頼を築くプレイこそ、

 このゲームの本当の醍醐味なのかもしれない。


 そう思いながら、ログアウトの光に包まれる。


 ――明日もまた、静かに領地が動いていく。

 誰も知らないところで、地味に、確かに。





 翌日ログインすると、通知が届いていた。


 《称号を獲得しました:穏やかな支配者》

 《効果:領民幸福度+10/外交信頼度+20》


 「……あら、珍しい称号ね」

 レリィが微笑む。

 「派手な称号ではありませんが、あなたらしいです」


 そうね、とわたしも笑った。

 戦わず、吠えず、焦らず――

 それでも、確かに積み重ねた日々が、ひとつの形になった。


 ダークエルフの黒い瞳が、静かに輝く。

 彼女は今日もまた、机に向かい、

 “穏やかな戦略”を練り始める。


 ――地味で、誇らしい。

 それが、わたしのプレイスタイルだ。


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