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秋、空高く…。~あの日の君を忘れない~  作者: アオハルだってキライじゃない
『…って、スーパーバイザーさんは言ってる。』
18/32

一八、


「――…ちゃっちゃと、済ませちゃいましょう」

 鈴華は、スーパーバイザーのその言葉の意味を正しく理解できたわけではなかったが、ある種の予感を呑み込んで、表情(かお)を強張らせた。

 鈴華は岬を見上げた。

 岬は口の端を持ち上げると、黙って目線を伏せる。

 次に鈴華はスーパーバイザ―を向く。

 スーパーバイザーも、気拙さからやはり目線を伏せた。


 そんな鈴華に代わって和子がおっとりと割って入って、訊いた。

「済ませるって、なにを?」

 スーパーバイザーとは先の道すがらに〝いじり倒し〟て、もうすっかり打ち解けた仲になったらしい。

「…………」

 スーパーバイザーが、どうします? と岬に目で訊くと、岬は、覚悟を決めたように面を上げて、それから言った。

「別れ……」

 和子は表情を改めると、岬から鈴華の方へと顔を向けた。



 鈴華は、岬が()()()()()()()()()()()()言い様でそう言ったことに、下唇を噛んで面を伏せるようにした。

 スーパーバイザーが、肩を丸め、小さく縮こまって頭を下げる。

 さすがの和子も、この空気(シチュエーション)には何と言うべきか困ったように、鈴華、岬、スーパーバイザーと、順番に目線をやるばかりとなった。

「あの……さ…――」

 困ったような表情の岬が鈴華を見て、鈴華に面を上げてもらえずに、何も言えなくなってスーパーバイザ―の方に目線を動かすと、結局スーパーバイザーが、この場を収めるべく口を開くことになった。


「えーっと、どのみち最後には〝きれいさっぱり〟忘れてもらうことになりますから、もう全部説明します」

 スーパーバイザーが身振り手振りを交えて切り出す。

 ()()()の〝忘れてもらう〟というフレーズに反応しかける鈴華と和子の機先を制して、何を言われても棄却します! というふうに指を向けて言う。

「……強制的に消しても、アナタ達の場合、おとなしく忘れてはくれないみたいですしね。…――だから説明します」

 鈴華が和子の手前、言い返したくても言い返せないのに頷くと、スーパーバイザ―はわざとらしく腕を組み、右手をあごに添えた。

 そうして探偵ものの主人公のように面々の前を歩き始めて口を開く。

「――もう鈴華さんは気付いてらっしゃってますが、岬悠人……彼は()()()の住人ではありません」

「…………」

 和子が反射的に岬に目線をやると、岬はほんとうに面倒そうに応えた。

「だから違うって」


「え~と……もともと居ない存在なんスよ。……空想の…――」

 思わずそこまで言いかけたスーパーバイザーは、鈴華に気を使って表現を改める。

「――鈴華さんが心の中で思い描いた、想像上の男の子……」


「…………」 鈴華はちょっと頬を朱くして目線を下ろした。

「…………」 岬は、どんな表情(かお)すりゃいいんだ、とばかりに上を向く。


「うん。なんか()()は理解できた」

 和子は納得したとばかりに頷くと、スーパーバイザーに向いた。

「で?」


「で? って……」

 和子に簡単に先を促されることになって、スーパーバイザーは口を尖らせた。

「まずはその〝こちら〟じゃ()()世界って?」 和子は手加減しない。

「…………」

 めんどくさいなー、という表情でスーパーバイザーは和子を見返したが、和子はサッサと続けて、とばかりに先を促す。

「……正しくは〝常世(とこよ)〟っていいます。……ちなみに()()()は〝現世(うつしよ)〟――。

 それでこの〝常世〟っていうのは、いわば精神世界で、アナタ方人が日々生み出す、夢とか想いの欠片の行き着く先……忘れられたはずの夢が蓄積されるゴミ捨て場みたいなもんなんスけど……」


「…………」

 和子は再び岬の方を向いた。岬は憮然として応じた。

「……そ、どーせ生ゴミだよ、俺は」

 そんな和子は、鈴華に睨まれるとスーパーバイザーに視線を戻した。

 和子と岬と鈴華の掛け合いを興味深く窺いながら、言継ぐタイミングを見計らっていたスーパーバイザーは、和子から素直な疑問をぶつけられる。

「でも、岬は現実にあたしたちのクラスにいたじゃん。――精神世界? の住人であるところの岬悠人がこっちに来て、何が問題?」


 今度は鈴華と岬が呆れたような目線を和子に向けた。

 ――そういうのはそういうので〝問題のある〟感性ではなかろうか……。

 という感じに。


 スーパーバイザーは諦めたように小首を振ると、説明を再開することにした。

「――本来そういう存在は具象化なんてしないんスよ。けど……」 ここで和子を見て指を向ける。「アナタのお友だちは、実に強い〝想う力〟を持ってるようで……その力で、想像の中に生み出した存在を呼び寄せちゃったんスよ」

 そう説明された和子は、鈴華と岬とを見比べてから、やはりというか案の定、両の手を胸の前で組んで目を輝かせた。

 鈴華を見て、岬を向いて、また鈴華に戻した目を潤ませる。

 フイっと、鈴華は真っ赤になって俯いた。


 スーパーバイザーは、矛先を岬にも向けた。

「――ま、呼び寄せられた方が、この端境(はざかい)……」

 言って木柱脇の一抱えはありそうな巨石を指差した。

 どうやらこの〝外から切り離れた〟特殊な空間のことを〝端境(はざかい)〟と言うらしい。

「…――の辺りで思い留まって、現世の側に()()なんて非常識なことをしてくれなけりゃ、こんなことになりゃしなかったんスけどね」

 スーパーバイザーのジト目に、今度は岬が視線を泳がせた。


 それで、やったやった! 仇は討ってやった……とばかりに格好を崩してから、スーパーバイザーは後を続けた。

「……ともかく、そんなことになったら、いろいろとやっかいなものも一緒に出入りすることになっちゃいまして……。だからアタシら現場管理(スーパーバイザー)がこうして介入することになったんスよ」

 スーパーバイザーは、最後はそう言って肩をすくめると、ひとまず解説を終えた。


 ここまでを聞き終えた和子が怪訝にスーパーバイザーを向いて訊く。

「やっかいなもの?」

 同じ造りの顔のスーパーバイザーが、わざとらしく腕を組んで応えた。

「それです……」

 チラとまた岬を見て、岬が肯くことで了解を得てから、話を続ける。

「常世の側ってのは、現世の側に()るアナタ方()()の想いの落ち着き先だって、さっき言いましたけど、実は常世の側で、そんなものに()()()()()()()()()()ものもありしましてね…――」

 スーパーバイザーは鈴華を見て、なんだか歯切れの悪い言いようになった。

「――まあ、一般的に〝妄執〟とか言われるような、強い〝執着の想い〟なんかもそのうちの一つになります……」


 そこまで聞くと、鈴華にも思い当たるモノが心の中に甦ってきた。

 明治村のあちこちで見かけた、あの〝黒い影〟のような揺らぎ……。

 影は、明らかに自分を狙うようになった。

 得体の知れないモノに襲われることになった混乱と恐怖が、脳裏を過る。


 そんな鈴華の様子に、気付かれました?(思い出しました?) とスーパーバイザーが小さく頷いた。

「本来ならそんな一つの〝人の想い〟なんて、あちらで消えてなくなるんスよ……。

 鈴華さんの岬悠人への妄執も、そんなに時間もかからず、きれいに消えてなくなるようなもんだったんスけどね……想いの対象の岬悠人が、端境(はざかい)を越えて現世の側に出て行っちゃって中々帰ってこないもんだから、想いの方も引き寄せられたみたいで……」

 スーパーバイザーは、心底から困ってるんです、というふうに肩をすくめてみせる。

「……そんなわけで、()()()()()になってる〝穴〟の方から、今日ついに出てきてしまった、というわけです」

「穴?」

 また和子が疑問に口を差し挟む。

「ちょっと黙っていてもらえます? ……そのことはまたあとで言います」

 和子に訊かれると、スーパーバイザーは片手を上げてバッサリと応じた。

 それからしぶしぶ和子が黙ると、鈴華へと向き直って言う。

「――もう、薄々理解している(わかってる)と思いますけど、()()に捉えられちゃったら、鈴華さん、あなた困ったことになると思います」


「…………」

 鈴華が緊張の面差しを返す。どうなってしまうのか見当はつかなかったが、面と向かって対峙したときの感覚は、たしかに良いものじゃなかった。


「どういうこと?」

 この場で(ただ)ひとり〝理解できていない〟和子が、鈴華のそんな表情を見やって、恐る恐る訊いた。

 スーパーバイザーが声を低めて答える。

「……鈴華さんの人格がアレに影響されることになります。――アレは、その……」 どういう()()を用いるべきかを悩んで、少し言い淀んだ。「…――存在しないモノに対する〝妄執の念〟ですから……そういう強い念に影響を受けたら、最悪、現状(いま)の人格が壊れちゃって、別の人格になっちゃうかもしれません……」

「…………」

 その全く穏当じゃない表現に、和子はごくりと唾を呑み込むことになった。

「つまり、それって……」

 それでもどういうことか確かめたくて、話の行き着く先をスーパーバイザーに質す。


「…――現実逃避に走る()()存在になるんだ」

 ここで割って入ってそう応えたのは岬で、ぶっきらぼうな声の、悲痛にも聞こえる断言だった。

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