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秋、空高く…。~あの日の君を忘れない~  作者: アオハルだってキライじゃない
『…って、スーパーバイザーさんは言ってる。』
17/26

一七、


 周りを見回せば田畑という生活道路の真ん中に、鈴華と和子、それに黒服の女(スーパーバイザー)と岬悠人という異色の取り合わせが居並んでいる。ひょっとしてこれは他所(よそ)さまの迷惑かな、と鈴華は思った。交通量が少ない道路で幸いだ。

 ともかく場所を移動した方がいいと思っていると、視界の中で、岬悠人が同じような表情(かお)で肯いてきた。

 この辺りで適当な場所…――人目につかない静かな場所――といえば、川べりの土手か、この先の辻を北に行った神社の境内かな……、そんなふうに鈴華が見当を付けて和子の方を向くと、彼女はそんなふうには思っていないことがすぐにわかった。

 和子の視線は岬から黒服を着込んだスーパーバイザーへと移ったきり、そこからずっと動かなくなってしまっていた。スーパーバイザーの方は、気拙そうに視線を泳がせている。


「鈴華……、この人、あたしにそっくりだ」

 しげしげとボーラーハット(山高帽)の下の顔を見つめて、鈴華の眼前を横切り、和子はスーパーバイザーに近付いていった。

「…………」

 同じ造りの顔――髪型と髪の色、目の色は違う…――が向き合うと、スーパーバイザーは、映画なんかでの()()()()()()古典的な反応――わざとらしく視線を泳がせ、周囲に何かないかと顔を巡らせる――をしてみせる。和子は、そんなスーパーバイザーの横顔に、これでもか、というふうに見入っていて、顔を向けずに鈴華に訊いた。

「知ってる人?」


 どう応えたものか、鈴華はスーパーバイザーを見て(彼女が視線を避けるので……)、次に岬の方を向いた。

 岬の目が、〝めんどくさいことになるから、全部言っちまえ〟というふうに言っていたので、鈴華は思い切って知っていることを和子に伝えることにする。

「えーとね……、そちら〝スーパーバイザー〟さん…――あ……〝supervisor〟……さん」

 ちゃんと巻き舌で〝u〟にアクセントを置いて言い直した。

 スーパーバイザーが、えええ? と鈴華の方を見たが、鈴華は淡々と続ける。

「――〝あちらのモノ〟と〝こちらのモノ〟が過度に関係を持っておかしくならないように、バランスを取る存在なんだって」

「ちょ……なーんでそんなことまで言っちゃうんスか!」

 スーパーバイザーは鈴華を軽く睨んだが、鈴華はにっこりと肩をすくめて返す。

 和子の方は、ちゃんと鈴華の言葉を聞き取っていて、気になった単語にしっかりと反応した。

「あちら? こちら?」

 ふぃっと、顔を岬の方に向ける。

 その視線を感じるや、岬は片手を振って応じた。

「違う。おまえの考えてるような〝存在〟じゃない」

 ()()()という言葉の響きに、幽霊(お化け)の類を連想したらしいことは明らかだった。そうならそうで、もっと怖がるべきなんじゃなかろうか……。鈴華はそう思ったりもする。

 もっとも、仮にそうだったとして、それで小泉和子が物怖じしたとは思えなかったけれど……。


 そうこうしてから、鈴華は、和子の最初の驚きについての説明をしていないことに気付いて、続けた。


「スーパーバイザーさんが言うにはね、和子の顔に似てるのは、()()()()…――」 ここで鈴華は自分を指差してみせる。「――〝わたしのすることを肯定してくれる存在〟として生み出したイメージが和子だから、だって」

「…………」

 ちょっとよくわからない、という表情で和子が鈴華を見返す。鈴華はもう少しわかりやすい表現で言い直した。

「一番に心許せる存在の姿で現れるみたい」

 和子は、ああ、と頷いてから、それからなんだか面映(おもは)ゆそうな表情(かお)になったと思ったら、わずかに朱くなった。


 ……ちょっと、それはやめて。わたし、そういう趣味はないから。

 鈴華は慌てて、

「…――って、スーパーバイザーさんは言ってる」 と、言添える。


「…………」

 そんなやり取りを黙って聞いていたスーパーバイザーは、口許を引き結んで鈴華を睨んだ。

 鈴華は、しれっと目線を外してしまい、和子はスーパーバイザ―の隣に立つと、ふんふんと頷いて、背丈を比べたりし始める。

 岬悠人も肩をすくめたところで、スーパーバイザーは、はぁ、と溜息を吐いて言った。

「場所……変えましょう」

 鈴華と和子が顔を向けると、

「ここじゃあ、何なんで」 げんなりとした顔で返した。「もう少し相応しい場所があります」

 そうしてスーパーバイザーは、鈴華にとってのいつもの道を、先に立って歩き出した。


 鈴華は、岬の方を向いた。

 岬は、苦笑して、それから鈴華の緊張を解くふうに微笑んで、そっと頷いて返して来た。



   ◇  ◆  ◆



 まだ青い色を残す西の空に、紅茶にミルクを溶かし込んだような雲が広がっていた。

 少し先を、不思議なことを言う黒い服の女と、自転車を押す和子とが、その夕映えに朱く染まる空の方に並んで歩いている。


 たぶん、和子はわたしに気を使ってくれている。


 わたしの隣には岬悠人の横顔があって、やっぱり黙って数歩先の黒い背中を追っている。

 ……穏やかな遠くを見るような目で。

 そういうときの岬には、チャラさは感じない。

 整ったその顔が女子に人気なことを、わたしは今さらに理解した。


「今日は……悪かったな」

 岬が。ぼそりと言うのが聞こえた。

 明治村での取材のことだ。

「……できればいっしょに行きたいと思ってたんだけど、いろいろあって、()()()()()ことになった」


 どうして言ってくれなかったの?

 そう問い(ただ)しかけた言葉は飲み込んだ。

 理由はあっても、それは言えなかった。

 そういうことなんだろうと、理解はできていたから。


 ちらと横目で窺った岬の横顔は、確かにそういう表情で、言おうか言うまいか迷っている。

 だからわたしは、質すことはしなかった。

 代わりに、

「でも、見には来たんだ」

 そう訊いた。

 岬はすぐに応えず、少し躊躇ってから、

「まぁ……俺の方から忘れることはできないから、な……」

 と、首の後ろ手を当てて目を伏せた。

 わたしも、やっぱり顔が熱くなって、つぃと目線を逸らせてしまった。

 それでも訊いておきたいことは、訊いた。

「わたしが、呼んだ?」

「…………」

 ため息のように小さく吐き出された息の音を聴いた。

 視界の端に、岬が頷くのを見た。

 わたしの口許が、自然と綻んでいた。



 ――〝意地っ張り〟で〝不器用〟なわたしが、なんだかんだで頼りにしたのも理解できる……。


 〝ぶっきらぼう〟で、

  〝だけど意外と細かい所に気が回って〟

         〝結局、(そば)にいてくれる〟。



 …――そう……、

 岬悠人は……、

 そういうふうに、わたしが()()()存在だから……。



   ◆  ◇  ◆



 陽の翳ようとする道を十分ほど自転車を押して歩く。スーパーバイザーが導いた先とは、突き当りに古ぼけた裸電球を吊った木柱が立ち、その脇に大きな岩の鎮座する、畑の脇のT字路だった。

 鈴華は訝しむようにスーパーバイザーの顔を見た。

 先の場所と比べても、生活道路の真ん中であることにそれ程の違いはないように思える。


 スーパーバイザーはちょっと〝ドヤ顔〟になりかけた表情の小首を、くぃっと傾げると、黒手袋をはめた右手を顔の横に持ってきて、パチン、と鳴らした。

 フッ、と一瞬、視界が暗くなったように感じて、気が付けば陽は落ちていて、周囲の風景はマジックアワー(青い薄闇の時間帯)に溶け込んでいる。

 それで鈴華は、いまここは、外から切り離れた空間になったということを、理屈抜きに理解した。

 隣で和子も同じような表情(かお)をしている。


 頭上で音がすると、柔らかい光が周囲を包んだ。

 そうして上からの光が、ボーラーハット(山高帽)の下の、和子とうり二つな顔を浮かび上がらせると、スーパーバイザーは、今度こそハッキリと〝ドヤ顔〟になって、鈴華と和子とに頷いてみせる。

 鈴華は隣の和子に視線を遣り、和子はその視線にバツの悪い表情(かお)になってスーパーバイザーを見返す…――。



 ――と、どこからか(しょう)()が鳴った。


 あれ? あ! という感じにスーパーバイザーが黒く決めたレザージャケットのあちこちをまさぐり始めた。左のポケットからスマホを引っ張り出す。

 (しょう)()音量(ボリューム)が、少し大きくなった。

 どうやら〝雅楽(ががく)〟を着信にしているらしい……。


 スーパーバイザーはいそいそと(はじ)の方に移動していき、顔を外に向けて押さえた声で通話に出た。

 その表情は明らかに緊張していた。

 周囲に声が漏れないように口許に左手を遣っている。

 通話が進んでいくうちに、何度も何度も頭を下げ始める。

 なにやら仕事上のやり取り…――それもどうやら叱責らしい――ということは、何となく理解でき(わかっ)た。……鈴華などは、締め切り間際の母の姿が重なってしまった。


 やがて通話を終えたスーパーバイザーは、がっくり疲れたように肩を落とすと、絶望的に恨みがましい視線を鈴華と他二人に向けてきた。

 鈴華と岬は視線を宙へと逃がし、和子だけが、うんうんと何だか同情の眼差しになって応じた。

 スーパーバイザ―は、とぼとぼと三人の方へと戻って来た。


「怒られちゃいましたよ……」

 スーパーバイザーは、少々投げ遣りな感じになって、鈴華と岬とに言った。

「……もーぅ、アタシの力じゃ限界です。ちゃっちゃと、済ませちゃいましょう」

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