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秋、空高く…。~あの日の君を忘れない~  作者: アオハルだってキライじゃない
『あれ? こんなヤツ……いたよね?』
16/26

一六、、、


 学園に戻ると校庭で点呼の後、学年主任の挨拶の後に解散となった。

 鈴華たち報道倶楽部の面々は部室に機材を戻すと、軽く明日以降の作業の打ち合わせ、という段取りを経てようやく下校と相成(あいな)った。

 鈴華は和子と連れ立つと、いつものように自転車置き場から自転車を押し出し、正門の脇の通用門を出た。


 秋の夕の空の下、収穫を終えた田んぼの脇のところどころに秋桜(コスモス)が揺れている。

 いつもと同じく和子と前後になって自転車を走らせ、高架下の信号で自転車を降りた。

 信号が青に変わるまでの間に、ふと右手の人差し指を確認する。

 少し考えてから、鈴華は意を決するふうな表情になって隣の和子に声をかけた。


「ね、和子……」

「んー?」

 生返事の和子に、ハンドル越しに右手の人差し指を伸ばして見せて訊いた。

「…――この傷、いつからあったっけ?」

「傷?」

 和子が鈴華は右手の指先を覗き込む。

「あー」

 なんだそんなことか、というふうに和子が言葉にしかけて、

「夏休み前にみさきが…――」 そこで先が続かなくなった。

「…――みさき……?」

 もつれた記憶を辿(たぐ)るようになった鈴華が質すと、鈴華と和子は、あれ? と顔を見合せた。

 ――みさき……誰?


 信号機が青に変わった。



   ◆  ◆  ◇



 青信号が再び赤へと代わってしまいそうになってから、二人は駆け足で自転車を押して高架下を渡った。

 それから、いつもの道を並んで自転車を押す鈴華と和子は、すっかり混乱した頭に苦労しながらも、言葉を投げ合うことで考えを整理しはじめた。

「みさき……だれだって?」

「ゆうと?」

 鈴華に再び(ただ)されるとすんなりと出てきものの、そんな名に確信が持てない和子は、直後には誰ともなしに自問していた。「――だれよ、そいつ……」

「みさき……ゆうと?」

 鈴華の方はその名前を聞き流したりせずに眉を寄せた。「……いたっけ? そんなやつ」

「…………」

 和子は確信を持ててない視線で鈴華を見ると黙ってしまった。


 いたような、いやしなかったような……。

 あやふやな感覚で直近の記憶が満たされているようだった。



「夏休み前?」

 不意に、鈴華が和子に訊いた。

「え?」

「さっき和子がそう言った」

 怪訝となった和子に鈴華は確認すると、思い返そうという和子はもう自信なさげになる。

「んー……あたし、そう言った?」

「そう言ったよ」

 鈴華の方は一縷(いちる)の望みとばかりに和子に期待の目を向けている。

 和子は、記憶を探ることを、もう少しがんばることにした。


「夏休み前にみさきゆうとが…――」

 さっき言いかけたセリフを、和子はもう一度声に出して言ってみた。

 だけどやはり続きが出てこない……。

「よく考えて」

 すらすらと思い出せないことのモヤモヤに加えて、(はた)からの鈴華の合いの手が重なり、少しばかり苛立ちを覚える。

「考えてる……!」

 和子はそう言うと、それ以上鈴華が口を開かないよう片手を上げてジェスチャーしてみせた。そうして記憶を探るのに集中する。

 固唾を飲んで見守る鈴華の視線に、チラと横目をやったとき、和子にはようやくイメージが浮かび上がってきた――。

 素直なはずなのに素直だとは見てもらえない、こういう鈴華の顔の隣に、確かに納まっていた顔があったように思える。

「なんか、鈴華にとって〝特別な人〟だったよね?」



「〝特別〟……」

 言われた鈴華は、どう〝特別〟だったかを思い起こそうとした。

 でもわからなかった。

 どうしてだか、思い出すことができない。


 鈴華は自転車を押すのを止めて、その場に止めた。和子もそうする。

 そうして鈴華はポケットからハンカチを引っ張り出した。

 目の前に広げ、しばらくそれを見つめる。

 そうすると、わからないはずのことがわかるような気がしてくる。右手の人差し指の先に熱さを感じた。


 そんな鈴華に、和子が慎重に言葉を選ぶように指摘をした。

「意識してた」

 そう言われ、そんなイメージがなかった鈴華が、そうだった? という表情(かお)で和子を見返す。

 和子が、いよいよもどかしいというふうになって、はっきりと言い切った。

()()()よ」

 売り言葉に買い言葉……ちょっと()()()みたいになりかけながら、そう言い切った和子を鈴華が問い質す。「どういうふうに?」

「…………」

 和子は、いよいよ慎重に言葉を探して、言った。

「意地っ張りで不器用なあんたが、なんだかんだで頼りにしてた」



 その言葉で、鈴華にも、あるイメージが甦ってきた。


 〝ぶっきらぼう〟で、

  〝だけど意外と細かい所に気が回って〟

         〝結局、(そば)にいてくれる〟……。


 …――今度こそ、()()()()()()()記憶が刺激された。


   ◇  ◆  ◆


「や、や、……ちょっと失礼」

 切羽詰まった声が耳に滑り込んできた。聞き覚えのあるアルトに鈴華が声の主を探すと、和子と反対側の隣を()()()()()()()()が歩調を合わせて歩いていた。

「ちょ~っとすいません、いいですかね?」

 黒いボーラーハット(山高帽)を目深に被ったアッシュブロンドが、黒手袋をはめた右手を、これから指パッチンで鳴らします、というふうにして鈴華と和子の面前に突き出す。

「いいですね?」

 鈴華と和子の意識がそこにいくのを確かめてから、深呼吸をした彼女は、指を鳴らした。


   ◆  ◇  ◆


 黒づくめのボーラーハット(山高帽)の女は、神妙な顔で鈴華と和子を見遣ると、そおっと抜き足でその場から離れようとした。

 その彼女が体の向きを変えようとしたとき、鈴華はその背を呼び止めた。

「〝supervisor〟?」 ……なぜか巻き舌の〝u〟のアクセントで。


「え?」

 黒づくめの女は、ぶんと顔の向きを戻した。

「あ、あなた……。な、な、なんであなたアタシのコト、憶えてんスか⁉」

 すっかり狼狽しているスーパーバイザーに、鈴華の方は手にしていたハンカチを折って畳んでポケットに仕舞いながら、何を言ってるの? と、きょとんとした顔を向けた。

 女性はいよいよ困ったような表情(かお)を鈴華に向けた。言葉を探すように口を開きかけ――その口が驚いたように丸くなる。

「いえぁ……あ、ぁ」

 今度は完全にパニックに陥った顔になって、鈴華の隣を指差した。

 何? と思った鈴華がそちらを見ると…――。


「――⁉」

 優形(やさがた)の、スッキリとした顔立ちの男子が、いた。最初からそこにいた、とでもいうように。

 寡黙な雰囲気のその顔が、ゆっくりと鈴華を見返す。


「ダメです! ストーップ!」

 スーパーバイザーが叫ぶ。鈴華の頭の中でイメージが再生され始める。

「え、まじ? これほんと?」

 突然我に返ったように、男子があわてて自分の手や体を見た。まるで自分がその場にいるのを知らなかったように……。

 そんな彼を見て、和子が声を掛けた。

「あー、岬。あんたなんでここにいんの?」

「…………」


「あーーーぁ⁉ なんでこーなるんスか!」 スーパーバイザーが頭を抱えた。「……最悪っス。とにかく、やめてください!」


 そんなスーパーバイザーと鈴華の視線の先で、困った表情の岬悠人が固まっている。



   ◆  ◆  ◇



 鈴華と目が合うと、困ったように笑う岬悠人は、黙って肯いた。


 そうだよ……、そうだったんだよ…――。


 もうこのときの鈴華には、岬悠人が〝何者〟なのか、理解できて(わかって)いる。

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