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秋、空高く…。~あの日の君を忘れない~  作者: アオハルだってキライじゃない
『あれ? こんなヤツ……いたよね?』
15/28

一五、


 そうして昼下りの一時間半ばかり、鈴華は違和感のようなものをしばしば感じながら、五丁目の芝生の上で取材を終えた。

 このあと撮影班は解散となり、午後三時二十分の集合まで自由行動になる。

「じゃ、あとは明日、放送室で」

 高橋は手早く機材をたたんで撤収の準備を終えると和子を向いて手を振った。午後は鈴華との行動を選んだ和子が同じように手を振り返す。

 それから高橋は鈴華に頷いてみせると、私物のカメラを首に掛けて、汽車のりば(SL東京駅)の方へ早足に向かう。スマホを耳に当てるのが見えたから、他班の男子と落ち合う算段を付けているのだろう。

 その背中を見送ると、和子は鈴華に向き直った。

「さて、どこ回ろうか?」

「んー……」

 鈴華は、秋空の下の芝生の先、木立の合い間の池向こうに見える白く目立つ聖ザビエル天主堂に目線を遣って言った。

「やっぱり天主堂は行きたいかな」

「OK。じゃ、そこから回ろう」

 鈴華と和子は連れ立って、石畳のスロープを池の方へと歩き出す。



 造りの凝った木製の会衆席の並ぶ堂内の人影はまばらといえばまばらで、ゴシック様式の大きなアーケードの下の静かな空間は、白塗りの壁の至るところに嵌め込まれた色鮮やかなステンドグラスからの光に、柔らかく包まれているかのようだった。

 最奥に位置する祭壇と七体の聖人像の置かれた内陣の上部には、その円弧に沿って一際大きなステンドグラスが五枚、嵌め込まれていて、いっそうに際立った明るさを演出している。

 鈴華は取り立てて信心深くもないし、ましてキリスト教徒でもなかったが、この雰囲気には自然と厳かなものを感じてしまう。そういえば…――子供の頃に来たとき、いつまでもこの場を動こうとしなかった、と母からは聞かされていた。


 そんな鈴華に対して和子の方は、ひたすらに建物の大きさと凝った装飾に心奪われた様子だった。しきりに高い天井を見上げて、はぁ、と溜息のようなものを吐いている。

 それで鈴華は、いつまでもこの場所で時間を使うわけにはいかないと、〝相棒(わこ)〟に声をかけることにした。

「次、どこいく?」

 いいの? と目で確かめてきたのに鈴華が肯いて返すと、和子はニッと笑って言った。

「すいーつ、食べたい」


   ◇  ◆  ◆


「――…で、なーんで駄菓子なのよー?」

 場所は変わって四丁目の駄菓子の店――駄菓子屋八雲。

 店内を並んで物色しながら、鈴華は和子に小さな声で訊いた。

「いーじゃん、いーじゃん。……だってカフェまで遠いよー」

 棚に並ぶ駄菓子にせっせと伸ばす手を止めず、和子は楽し気に応えた。

「それにあたし、こーゆうの好きなんだもん」

 てっきりカフェでゆっくりとお茶するのかと思っていた鈴華だったが、こうやって屈託のない和子と駄菓子に手を伸ばしているのも悪くない、と思い直す。

 ……こういう和子の男の子っぽいところを鈴華は嫌いじゃなかった。


 そうして袋一杯の駄菓子とラムネ飲料を買い求めた鈴華と和子は、隣の軒先の休憩場所に移動した。

 三つ置かれた腰掛けは三つとも空いていて、和子は一番手前の腰掛けの前でラムネの封を切る。そして、あれ? という表情(かお)になって鈴華を向いた。栓になっている玉をどうすれば飲めるようになるのか、わからないのだ。

 鈴華は、自分のラムネの包装に書かれた《ラムネの開け方》に目を通すと、それを和子の眼前に示してやった。

 二人はしげしげと緑色のキャップを手に取ると、どうにかこうにかして突起の部分――玉押し――を切り取った。そしてイラストにならって玉押しを飲み口にセットすると、〝ぽんっ〟と()()()()叩く…――。

 果たしてラムネの開栓は()され、しゅわしゅわっと炭酸の溶けたソーダ水が、和子の手の上に勢いよく吹きこぼれることになった。


「うわぁーーーっと」 と、和子が黄色い声をあげる。

「ちょっと! もー、気をつけてよ~」

 鈴華のこわばった声にも和子は楽し気に、ケラケラと笑いながら、少し勢いの治まったラムネに口をつける。そんな和子の(てら)いのない所作(しょさ)は、はっとするくらい愛らしかった。

「うん! おいしい」

 手に伝う白い泡を気にせず、にっこりと笑う和子に、鈴華はポケットにハンカチを探った。


 指先が探り当てたそれは、なぜだか包装紙に包まれていた。

 鈴華はポケットからそれを取り出して怪訝となる。包みを解いてみれば、中身は確かにハンカチだったのだが、それは男物…――。

 なんで男物のハンカチがポケットに入っているのかわからなかったが、ハンカチを見た瞬間に〝コレは()()のもので、返さなければいけない〟と思っていたのを鈴華は理解した。

 脳裏に、薄昏がりの先に誰かが立っているイメージ。

 ……誰?

「――…鈴華? どした?」

 その男物のハンカチから()()を思い出せるような気がしたのに、その声で、追想はするりと遠退いていった。


「うん? なんでもない」

 鈴華は、ぼんやりと手の中のハンカチを包み紙(ラップ)ごと(たた)むと、ブレザーのポケットに戻した。

 それからスクールバッグのポケットを開いて、中からウェットティッシュを取り出して和子へと差し出す。

「はいこれ。手ぇ拭いて」

「あ、サンキュ」

 ティッシュのパッケージを受け取った和子の目は明らかにブレザーのポケットに動いたのだが、和子はとくに何も言わなかった。


 鈴華は鈴華で、笑顔で和子に応じながら、頭の中では、心の片隅に居付いた〝誰かのイメージ〟を追っていた。


 ――誰だったっけ?


   ◆  ◇  ◆


 この後ふたりは、集合時間までを目いっぱい歩き回った。

 途中、宇治山田郵便局舎の脇道で腕を組んで歩くどこかの学生カップルに出くわし、気恥ずかしくなって早足に行き違ってみたり、人目につかない建物の陰にB組の大場優菜とE組の長尾とがベタベタと熱い抱擁を交わしているのを目撃してしまったり――…和子は「不純異性交遊」と憤慨しきりだった――して、集合の三時二十分の前には、もとは旧第八高等学校のものだった正門まで戻ってきていた。

 


   ◆  ◆  ◇


 クラスごとの点呼が終わり、各自がマスク姿となって帰りのバスに乗り込む。

 和子と鈴華も乗り込んで〝行き〟のときと座席を入れ替え、鈴華は窓際に座った。

 隣で和子は、周囲の女子の黄色い声の輪に加わって互いにスマホで撮った写真なんかを見せ合っていたが、鈴華はそれに加わることなくバスが発車するのを待つ。何だかちょっと疲れていた。

 ブレザーのポケットから包み紙と一緒に(たた)まれたハンカチを引っ張り出して、それに眉根を寄せた。


 ……誰だったっけかなぁ。


 そしてふと、右手の人差し指の傷に目が留まった。


   ◇  ◆  ◆


 ――あれ? この傷……こんな怪我、いつしたんだっけ……?


〝馬鹿! そんなのはいいから早く乗れっ〟

〝その傷、深そうだぞ〟 


 薄昏がり……自転車の後ろから腕を回すイメージ。

 ……思いの外、力強い漕ぎ出しだった。


 ――あれは……、誰だっけ……?


 〝(タレ)()(カレ)〟…――、黄昏どき……薄昏がりの先……。

 ……もう少しで像が結ばれる。


   ◆  ◇  ◆


 と、隣から声が降ってきた。

「なに? それ…――」

 気付くと和子が覗き込んでいて、その目は、さっき気付いてたぞ、と言っていた。

 べつに隠すようなものじゃない、といまになって気付いて、鈴華は包み紙の方を退()けてハンカチを見せるようにした。

「――…男物、だね?」

「うん。……男物」

「プレゼント?」

「……じゃない、と思う」

 和子の顔が、大きな〝?〟の符合(マーク)を頭上に浮かべたようになる。

 鈴華は自分でも上手く説明できないので、ハンカチをポケットに戻すと曖昧に笑って返した。

 そうするとバスガイドが発車の注意を促すのが聴こえてきて、バスが動き出した。


 こうして感染症の流行する高校二年の明治村遠足は終わった。

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