一三、
「……おい、コレ本当にこのペースで午後も撮り続けるのか?」
手にしたスマホ用ジンバル・スタビライザーから自分のスマホを取り外しながらの高橋が、先を並んで歩く和子と鈴華に訊いた。
赤レンガ通りでの取材撮影を終えた、鈴華、和子、高橋の撮影組第一班は、七条坂を昼食のお弁当が用意されている四丁目の休憩所に下っている。
高橋の視界の先で和子が振り向いて言った。
「当然でしょ。いつだって鈴華は全力投球……部下のあたしらも全力投球…――」
「――いや、それはどうでもいいんだけど、コレ結構な編集量になると思うぜ」 げんなりと高橋。「デジタル音痴の部長にこなせるとは思えないんだけど、な……」
高橋はスマホのファイラーでファイルサイズと尺を確認している。7ファイル合計で五十分近くカメラは回っていた。
高橋の表情に、鈴華もバツの悪そうにな表情になって応える。
「失礼な。ちゃんとこなしてる……ちゃんとやってきたでしょ?」
鈴華のデジタル音痴……というかアナログ嗜好から転じてのデジタル嫌いは本当だった。
新聞部、報道倶楽部と、メディア系のクラブ活動をしていても、デフォルト手書きの鈴華は、できればキーボードや液晶画面とは距離を置きたいと思っていて、凝ったことはしないし出来なかった。
画像の配置や構成なんか、イメージは湧くのだけれど、実際に作業となれば、もう〝出来る人〟任せだ。
「なんか居残りに付き合わされそうだなぁ」
「…………」
ぼそりと言った高橋のセリフは、鈴華の頬を引き攣らせた。客観的に、それは否定できそうにない事実だったから。
下見のときの映像、よく一人でまとめられたな……。
鈴華は、つい先日、一人でいく羽目になった台本作成のための下見のロケのことを思い直して、我ながらよくやったと自分で自分を褒めてあげたいと思った。
……あれ?
撮影した動画を〝撮影班向けの資料〟にまとめるという作業を自分一人でやった、ということの実感のなさに、鈴華は戸惑いを覚える。
――ほんとにわたし一人でしたんだっけか……?
誰かと一緒だったような……そんな気がして混乱する。
誰だったっけ……。
当てになるやつ。
一緒に居て悪い気はしなかったような…――。
「――…あー、もうともかくお昼! あとのことはあとに考えようよ。先ずは腹ごしらえじゃ」
その和子のテンション高めの声で、鈴華の追憶は断ち切られる。
ああ、お弁当か……、と意識が戻ってきたときには、もう鈴華の脳裏から〝混乱した想い〟も〝誰かの気配〟も消えてしまっていた。
◇ ◆ ◆
坂を下りた鈴華たち三人は、左手の築堤の上を行くレトロな外観の市電を見送って、正面の白いカフェの脇を右に折れる。
休憩所の前には、星南学園の制服姿が人だかりになっていた。
休憩所で村のスタッフから弁当とお茶のペットボトルを受け取ると、鈴華と和子は芝生の一画へと向かった。昼食が屋外での弁当となったのは、感染対策の一面もあったかも知れない。
その一画では、もう十波ちゃん率いる二班のメンバーが弁当を広げていて、その輪に加わって鈴華と和子が腰を下ろす。ナミちゃんの班は全員女子で、鈴華と和子を和気藹々と迎えるや、場はいっそう華やいだ。
さすがにそういう輪に入り難かったか、高橋は女子の輪に手を振って近くのベンチに退いていった。三班の男子二人が来るのを待つことにしたようだ。
和子が小さく手を振ると、バツの悪そうな表情ながら小さく手を振り返し、ベンチで弁当を広げる。
そんな高橋を女子の輪がくすくすと笑った。
しばらく待つと三班の面々が現れ、その中の堀内鼎子が女子の輪に加わり、弁当を広げながらの撮影状況の交換が始まった。
男子も高橋の座ったベンチから近くに寄ってきている。
一通りの状況が確認された頃に、報道倶楽部の顧問の原國香織がふらりとやってきた。鈴華が現状を取りまとめて〝順調です〟と報告すると、原國は〝よしよし〟と嬉しそうに肯いて他のグループを見回りに去って行く。
そんな原國を元気に見送ると、あとはもう茶飲み話の時間となった。
「そいえばさ、和子……あのボイスドラマの原案、早く続き読みたいんだけど、匿名さん、投稿あった?」
手羽中の甘辛煮にパクつきながら、二班C組の豊田琴音がそう訊いたのを鈴華の耳が捉えた。琴音はボイスドラマの担当で、和子が匿名で投稿されたと持ち込んだ鈴華の小説を原案にシナリオ化している。
和子の視線が一瞬だけ鈴華を見たような。でも和子は、それと覚られぬように琴音を向いて答えた。〝匿名さん〟の正体が鈴華ということは、報道倶楽部の誰も知らない。
「ま~だ。……せっついてんだけどねぇ。でも、琴音があの原案にこんなにハマるとは思わなかったよー」
「あたしも好きだよー、あの作品」 それにナミちゃんが賛同の声を上げた。
琴音がまってましたとばかり、作品への想いを語り始める。
鈴華は、こそばゆい思いに顔を伏せるばかりとなった。
そんな鈴華の傍らで、琴音がつらつらと〝これまでのあらすじ〟――戦国奇譚ものの和風ファンタジーだ…――を掻い摘み、その激動の世界観やら、ヒロインの〝不器用な中に垣間見せる一途な一面〟やらを一通り語った上で、
「…――でもさぁ、やっぱり〝お相手〟なんだよな。弦丸の〝ギャップ萌え〟にきゅんきゅんしちゃうとこなんだー」
とのたまえば、
「あー、わかるー」 と、合いの手は鼎子だ。
それに気をよくした琴音が、身をよじるようにして続ける。
「ぶっきらぼう、だけど意外と細かい所に気が回って、結局側にいてくれる…――」
「うんうん」
「…――揃ってるじゃーん。二の姫のような意地っ張りには、やっぱあんな子がお似合いなんだよねー、うん」
二の姫はヒロインの名だ。
「うんうんうん! ……あーこういう子、どこかに居ないかな~。わたしは意地を張りすぎちゃってるんだけどな」
「……鼎子。あんたは〝不器用〟じゃない。間違いなく」
琴音にそう言われて手のひらを上に向けてお道化る鼎子に、座がドッと沸く。
実は〝匿名作者〟その人の前で勝手に盛り上がっている琴音たちの横で、和子がニヤニヤと格好を崩したいのを必死に堪えている。
普通なら逃げ出したくなるところなのだが、いまの鈴華は、琴音の人物評の言葉を反芻していた。
――〝ぶっきらぼう〟で、
〝だけど意外と細かい所に気が回って〟
〝結局、側にいてくれる〟……
あるはずのない記憶が刺激されたように感じた。
――あれ? こんなヤツ……いたよね?