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秋、空高く…。~あの日の君を忘れない~  作者: アオハルだってキライじゃない
『あの〝影〟はなに?』
10/32

一〇、


 鈴華は、ふたたび村営(シャトル)バスの経路に沿って二丁目の広場へと足を向けている。

 何だか、心の整理はできたような、そうでないような……。

 だけど、ここにあいつがいるのなら、()()はつけねばならない。


 広場の入口――カレーパンのスタンド屋台にまで来ると、鈴華はそこで足を止めた。

 スタンドの影から遠目に赤レンガ通りの様子を窺って、それからスマホを取り出し、メッセージを和子宛てに送る。

 二十秒くらい待つと、スマホに着信がきた。


『鈴華? ちょっとあんた、いったい何やってんのさ? いまどこ? 早く戻って…――』

 いきなりのマシンガントークできた。

 これにまともに応じてしまうと和子にペースを握られてしまう。鈴華は意を決し、単刀直入にぶった切った。

「…――ごめん、和子。取材の方……任せらんないかな? ……午前中」

『は……?』

 音声の和子の気配が、固まったのが解かった。

『…――って、なにを言ってる?』

 声のトーンが一オクターブほど下がったようだ。……怒ったかな?

 当たり前か…――本来こんな勝手は許されないし、したくもない。


「…………」 〝心やましい〟思いのある鈴華は、次の言葉が中々出てこない。「あーぁのー……」

 そんな鈴華を、和子は容赦してくれそうになかった。

『なに?』

 詰問調の和子は怖い。それにこんなときの和子は、テキトーなことを言ったところで、決して誤魔化せない。〝我が腹心の友(しんゆう)〟の甘くないことを鈴華は知っている。

 だから鈴華は、正直に言った。

「岬を見た……」


『…………』 和子の気配が再び固まったようだった。

 それから小さく息が吐き出されたようで、

『…――わかった』

 あっさりと言ったその声音は、もう〝ふだん使い〟のものだった。


「あの……っ」

『わかったから。こっちは任された』

 はっきりと、そう請けあった和子の声音の変化に、鈴華はもう一度〝申し訳なさそう〟な声で訊いてみる。

「じゃ……?」

『いいから』

 もうこれ以上訊くな、と言わんばかりの和子の声が返ってきた。

 ここは和子のその声に、感謝しかないな、と思う場面だった。

「ありがと…――じゃ、たのんだね」

 通話を切ろうとしたときに、

『――あ、鈴華』 和子の声に引き留められる。

 ちょっと間を置いて和子が言った。

『……がんばれ!』

 にやにや顔が浮かんでくるようだった。ちょっと癪だったけど、それ以上に感謝だ。

「ん……」

 頷くと、今度こそ鈴華は通話を切った。




 七条坂を下って三丁目を過ぎ、四丁目の芝生が見えてきたところで、鈴華は一応、岬の居そうな場所を思案する。

 事前の下見のときにはほとんど鈴華が指図をしていて、岬は黙って黒子に徹してくれていた。

 だから思いつかない。

 あんまり自分のことを語らないやつだったと、鈴華はあらためて思うと、もっと話をしておけばよかったと思う。


   ◆  ◇  ◆


 そんな鈴華を遠くに見る〝影〟が、ゆらり揺らいだ。

 影は鈴華が歩みを向ける先に向き直り、音もなく動き出す。


   ◆  ◆  ◇


 芝生の端まで戻って来た鈴華に、突然に、天啓か、閃くものがあった。

 あそこなら、岬が居るのじゃないかしら。

 理由はない。ただ〝居そうだ〟と感じただけで、つまりは直感にすぎない。


 それでも鈴華には、他に考えがあるわけでもなかったから、その場所へと足を向けることにした。

 足を向けたその場所とは、五丁目の際奥に(たたず)む帝国ホテル中央玄関だった。




 二十世紀建築界の巨匠として名高いフランク・ロイド・ライトによって設計された旧帝国ホテルの中央玄関部は、ライトが望み求めたという「黄色い煉瓦」の特徴的な風合いが背景の秋の青い空と高い雲から浮き上がっていた。

 正面の前池を収めた構図は〝定番〟で、赤レンガ通りと並ぶ明治村の代表的なフォトスポットだ。

 ザビエル天主堂の裏手から金沢監獄正門を(くぐ)って天童眼鏡橋を渡り、道なりに行った三叉路を左に向けば、緩い傾斜の石畳の先にその姿が現れる。

 この辺りは周囲に背の高い石造りの建物も目立ち、水場の噴水と芝の青さも相まって、ちょっと古風な異国っぽい情緒がある。



 正面の池の手前まで来て、そこに立った鈴華は、無意識にカメラの画角を考え始めてしまって、小さく肩をすくめた。……ここは午後の取材場所だ。

 これまでのところ、岬悠人の姿はない。

 鈴華はポケットからマスクを取り出すと、ともかく玄関先――凝った意匠のファサード――まで歩いていくことにした。



 ――…あ‼


 前池を、建物正面に向かって右側から寄って行ったとき、玄関車寄せの(ひさし)を支える太い柱に囲まれた空間に〝黒い影〟が揺らいだのを見た。影はそのままエントランスドアの方に流れていく。

 鈴華は影を見失わぬよう足を速めて後を追うと、三つ並んだ中の真ん中のドアを潜った。

 ホワイエを数歩進むと視界が開け、眼前に三層吹き抜けのロビーが広がる。

 素早く首を巡らせる。岬悠人の姿はなかったが、例の影が左翼側のラウンジへ上る階段に流れていくのを見た。

 鈴華はそっと影を追う。

 ……たぶん、あの影の行く先に岬がいる。なぜだか鈴華はそう確信していた。


 現代的なラグジュアリ(高級)ホテル建築と違い、ライトの手掛けた帝国ホテルの階段は〝存在感〟を主張せず、ただ控え目に〝別の空間に誘う入口〟を提供している。その趣きは〝いまは遺跡となった迷宮の一部〟という感じだ。


 比較的狭い階段を数段昇ったところ…――踊り場からの中二階になっているラウンジに、()も岬も居ないことを目で確かめると、鈴華は二階ティーバルコニーに上る階段へと身体の向きを変える。

 ひょっとしたら、あの影と鉢合わせになるかも、と今さらながらに思い至りながら階段を上りバルコニーに立つ。サンデッキ側のカフェとして営業しているエリアの席のどこにも岬の姿はなかった。


 ――まあ、ここのセンスに似合いそうな外見ではあるんだけど、中身の方はぜんぜんそうじゃないやつ、か……。


 仕方なく影の方の行方を捜して首を巡らせると…――

 岬が歩いていた。

 三階ギャラリーの左翼側の奥から、吹き抜けを(はさ)んでシンメトリー(左右対称)に造られた右翼側とを繋ぐブリッジを、岬は急ぎ足で歩いていた。……まるで()()から逃れるように。


 鈴華は、吹き抜けを(めぐ)るアッパーギャラリーを、左手の左翼の側から追いかけるか、ティーバルコニーを渡って右翼側に先回りするか、ほんの一瞬だけ迷う。

 その一瞬で鈴華は〝先回り〟することを選んだ。……追い駆け続けるのは性に合わない。

 ティーバルコニーを突っ切ることにした。


 吹き抜け越しに岬の姿をちらちらと窺いながら、他人(ひと)の迷惑にならない程度に足早にティーバルコニーを行く鈴華は、いきなり胸もとに人の気配を感じた。

「――あ……」 一歩下がって足を止める。「ごめんなさい!」

 こうなることのないように気を付けたつもりなのに……。

 鈴華は両の手を胸の前に小さく挙げて〝害意はありません〟とバンザイすると、頭を下げてから相手の顔を(うかが)う。

「…………」

 すると視線の先…――黒いボーラーハット(山高帽)の鍔の下と、同じく黒いマスクの上に挟まれた青い目と、目が合うことになった。

 ああっ! とは思ったが、ぐずぐずと構ってしまっては、また岬の姿を見失ってしまう。

 ここは岬が先だと、鈴華は女性を躱しに左へ一歩、身体をずらした。

 するとそちら側に女性の体が動いて〝お見合い〟となる。

 鈴華は今度は右に身体をずらしたが、直後に女性の身体も同じ側に倒れてきて、ティーバルコニーの通路を塞ぐ。


 ――…っ⁉


 鈴華はあらためてボーラーハットの下の顔を見た。

 青い目の女性はぎこちのない愛想笑の笑みを浮かべていた。……あきらかに邪魔をしている者の〝言い訳がましい〟表情(かお)だ。


 鈴華はこわい目の表情を作って、どーいうつもり? と女性の顔を窺った。

 女性の方は、居心地わるそうに黒い帽子に帽子に手をやって、鈴華の目線を遮ろうとした。

 それに鈴華が、さらに表情を硬くする。

 いよいよ進退(きわ)まった女性は、もじもじとした挙句に、パッと身体を翻して通路を譲った。

 いろいろと言いたいことはあったが、ぐずぐずとはしていられない。岬悠人は待ってはくれないから。

 ここはぐっと(こら)えて、ティーバルコニーを反対側の躍場まで進んで左手、右翼のアッパーギャラリーの方を向く。

 ()たしてそこに岬悠人の姿はすでになく、右翼側のラウンジに下りる階段にも彼の気配はなくなっていた。

 まさかこんなところ(博物館明治村)で〝走って追う〟なんて選択肢もあるわけがなく……。


 くっ、と鈴華は背後を振り向いて、ボーラーハット(山高帽)の女性の姿を捜した。

 女性はというと、ティーバルコニーを鈴華が上がってきた方のラウンジに向かい、申し訳なさそうに小さく何度も頭を下げながら遠ざかっていくところだった。


 ――そんなふうに〝申し訳なさそう〟にするんなら、なんで邪魔するっ⁉


 心の中でそう叫ぶ鈴華の視界の中、黒服の女性も、帽子の鍔に手を当てて何回も頭を下げながら階段の下へと消えていく。……ちょっと小馬鹿にしているような節も見受けられた。



 ――…そう。邪魔をしているわけね。……わかった。


 鈴華はそう結論を出した。

 あの黒服の女性が岬に近付くのを邪魔してくれていることはわかった。

 いいよ。それならそれで対処する方法はある。



 鈴華は考えを改めると、帝国ホテル中央玄関を後にした。

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