第18話 リザルト
「「記憶喪失!?」」
鈴先生とハイネが声を揃えて驚く。
今回の襲撃だが、首謀者は不明、とにかく化け物をバンバン送り込んで来るだけだった。
ただそのペースが異常だった。
200人前後の戦闘向きの能力者がそれぞれで応戦し、それを上回る速度で化け物が投入されていたらしい。
各地での戦闘は12時くらいまで続いたが、12:03に意識を取り戻した鈴先生が全ての発生源を絶ち、12:51外部との通信が回復、12:56に全ての戦場で戦闘が終了した。
結局体育館の防御は破られず、完全な安全地帯となった。
死者27人、行方不明者19人、重傷者13人
1つのクラスが甚大な被害を受け、全員が死亡又は行方不明という、悲惨な結果を受けながらも、それ以外では極端に被害が少ないという結果だった。
伊古奈特設学校は各所で大規模な戦闘が発生し、破壊痕が酷いため、一定期間休校となる。
また、完全に外部との連絡が途絶、確認できた範囲で侵入者の存在は無かったため、内部による犯行ではないかと言われている。
「体育館周辺の隊列を組んでの防衛、校庭での巨大生物vs生徒会長の戦い、完全に閉じ込められたクラスの救出隊、ドラゴン娘と化け物の空中戦、それと鈴の無双。この辺りを新聞部が中継してたらしいぜ。あいつら根性だけはあるよな、ホント。それで、お前はその間何をしてたんだ?」
「いや、それが...私のクラス全員を運んだ後の記憶が無くて...まあ、記憶喪失ってとこかな?」
あはは...と笑いながら言う
「「記憶喪失!?」」
「うん、この腕の痕からして、多分戦闘をしたとは思うんだけどね」
そう言いながら腕を見せる。
そこには何かに締め上げられたような痕が付いていた。
「……今回の襲撃に使われていた奴らの中にこんな攻撃方法を取るやつは居ないはずだ。お前...一体何と戦ってたんだ...?」
「さあね、まあ、怪我もこのくらいだから私は帰っていいかな?」
「そうね、帰っていいわよ。なんにしても、アキラちゃんが無事で良かったわ。」
ふむ、今回の襲撃は不可解な事が多いらしい。
首謀者、目的、方法...
かくいう俺も、空白の時間が多すぎて何が何だか分からない。
ただ、この怪我の痕、疲労、一人称の変化、そして発動しない能力。
俺は多分強敵と戦ったんだろう。
しかも、普段なら能力使用限界の1分を過ぎても、風を操ることはできるのだが、今はそれすら出来ない。
俺の予想では、強敵との戦いで限界を超えた能力使用をし、その代償で記憶が飛んだのだと思っている。
しかし、不可解なのは気が付いたとき、立っていたことだ。
普通相手を撃破し、気絶したのなら倒れているのではないか?何時間も直立状態のまま意識を失うわけが無い。というかそういう足の疲労とかは無い。
だからある仮説を立てた。
俺は時間を移動した。
なぜそう考えるか...それは
まず記憶喪失、意識の喪失、能力使用の障害の原因が、能力を無理して使用した反動だ、と考える。
次に能力を無理して使うシチュエーションを考える。
気が付いた場所は、最後の記憶の大体真下に位置する。能力ですり抜けたのだろう。
まず1度床を抜けた時点で能力の発動は確実。しかし、おそらくその1回で逃げることが出来ないことを確信。その証拠に俺は1度の床抜けをした後、多分移動をしていない。
俺の能力で障害物をすり抜ければ必ず視界から消える瞬間ができる。その隙にもう一度方向転換をすれば確実に撒ける。俺の能力は逃げに徹した時かなり強い。
にも関わらず俺は逃げなかった、或いは逃げられなかった。
ならば探知系の能力者か、移動を阻害する能力者かの2択だろう。
このうち、探知系かつ戦闘力を備えているのなら別に撒けなくとも、追跡されながらもハイネを呼ぶなりなにかしら策はある。少なくとも全く移動しないという選択肢や、わざわざ自分の能力でどうにかするという選択肢を俺が取るとは思えない。
移動阻害はどうか。俺の能力で移動阻害に捕まるとは思えないが、まあ捕まったのだろう。動けないではなく、動けるが動いてはいけないだとか、強い概念系の能力なら俺の能力を貫通してくるかもしれない。この場合は、自分の力でその状況を覆さなければならない。
そして、俺の能力は不確定性の付与。
この付与を相手又は自分のどちらかに使ったのだろう。
仮に相手に付与したのなら、その後俺が反動で記憶喪失をしたとして、あの場所に立っている説明にはならない。気絶したなら倒れているし、気絶していないなら何時間も同じ場所にいる訳がない。
なら自分に付与したら?その場合こう考えられる。すり抜けすら無視してくる能力すら避ける為には1分の使用限界を超え、存在しない側に寄らなければならない。だが、ただすり抜けられるようになったからといって、相手が見逃してくれるとは限らない。つまり、相手は俺の事を追跡不可能だと思ったから見逃したのだ。
その要因が俺が姿を消したからだと思った。
つまり、空間的にではなく時間的に、存在を不確定にした。
だから、俺の主観では未来へタイムリープしたように感じたはずだ。
実は前々からタイムリープが出来るのではないかと、考えてはいた。
だからこの思考ロジックはタイムリープをしたという仮定を置き、その根拠となる要素を拾い上げているため、ある程度都合のいいものになっているかもしれない。
だが、十分説明はつくと思う。
次に記憶を失わないままタイムリープが出来たならこの説は完全に立証だ。
次の日、俺は鈴先生と会う。
「鈴先生、能力の出力を上げる方法って無いんですか?」
「……こんな忙しいときに何を聴いてくるかと思えば...、それを聴いてなにをする気?」
「昨日の襲撃で思ったんです。もっと強くならないとダメだって。あ、地道に訓練する以外でお願いしますね。それは今もずっとやってるんでそれ以外で」
「...はぁ、いいわよじゃあ、教えてあげる。」
「やったぁ!」
「いい?これはオーバーフローといって、能力をあえて暴走させる術なの。発動するだけで意識を失う程の痛みが全身に走って、視界が狭窄し、耳鳴りがずっと響く。」
「デメリットしかないじゃん」
「そう、基本的にはデメリット。でも、この暴走した能力の手網を握った時、現状扱える能力の遥か上を行く性能を引き出せる。例えば、歪みを生み出す能力があらゆるものを歪める能力になったり、せいぜい切り傷を治す程度の治癒能力が四肢欠損を治したり、数本の剣を作り出す能力が無数の剣を作り出しそれらを操ることが出来るようになったり、とにかく大幅な強化になるの。単純に出力が変わるか、概念系に足を踏み込むか、人それぞれだけどね。」
そこまで強化されるものなのか?特に最初の例。聞く限り、多分空間系の能力が概念系になってるよな?
「……やり方は?」
「やり方自体は簡単よ。ある者の言葉を引用すれば「自分の原点を思い出し、限界を超える自分を想像しながらこう叫べ!"オーバーフロー!"」だそうよ。こんな風にね。...オーバーフロー!」
そう言うと鈴先生は少し険しい顔をした。
そして、鈴先生の目が蒼く光っている。
「その眼...」
「そう、オーバーフローの発動中は眼が蒼く光るの。だから発動してたらすぐ分かる。別に分かったところで何か変わるわけじゃないけどね。」
この蒼い眼……どこかで
「そうそう、効果だけどこんな感じね。」
そう言うと突然、腕を捲り、その腕を切断し、即座に腕が生えてきた。
「ひぇ...」
「怖がらないでよ。ほら上げるよこれ」
不要になった腕を投げてきた。
辞めてください。
生憎俺に右手フェチは無い。
「オーバーフロー発動の痛みが強すぎてそれ以外の痛みとか感じないのよね。で、もうそれも慣れたから長時間は厳しいけど、ちょっとくらいなら耐えれるわ」
欠損の痛みより遥かに強い痛みって何!?
そんなの使えないよ。
いつの間にか鈴先生の眼がいつもの色に戻っている。
「まあ、そんな感じだから、使いたいなら練習しなさい。」
...さっきの2つ目の例鈴先生本人のことかよ。
てことは鈴先生の知り合いにあの例他の2つ居るんだ。
余談だが、新聞部が中継したらしい各地の戦いが公開されていたので見てみた。
体育館の防衛だが、中々見応えがあった。
探知系能力で感知網を引き、なだれ込む化け物を遠距離攻撃系の能力で迎撃する。これを全方位、体育館に避難しに来る人の道を拓きながらやっていた。驚いたのは指揮の有能さだ。これを一人の軍師みたいなやつとテレパシーの能力者でやってたのはかっこよかった。
ドラゴン娘の空中戦もなかなか面白い。
どうやら能力ではなくそういう種族なようで、人間形態とドラゴン形態、その中間など次々に変身しながら立体機動をして全方位からの攻撃を一人で捌ききっていた。
なかなか見られない戦闘だったのでついつい見入ってしまった。
そして、最後に紹介するのは勿論鈴先生の無双
放送室の爆発から目覚めた鈴先生は道中全ての人を救出しながら、各地の化け物が湧くポータルを潰し回っていた。校舎から校舎を飛び移り縦横無尽に駆け回る姿は生中継され、多くの者の心を掴んだ。その後、全てのポータルを潰し終えてからは重傷者の治療に専念し、戦闘は残りの者に引き継いだ。皆口々に言った「鈴先生の欠点は2人に分身できないところだ」と。無茶言うなよ。
ちなみにハイネだが、その戦いぶりから銀狼だということがバレたらしい。ご愁傷さまだな。
俺はというと、17組を全員無事体育館まで運んだ後消息を絶ったと報道されていたが、その後発見されたため、新聞部が押しかけてきた。
もちろん逃げたが。
有名人で活躍しなかったの俺だけなんだよな...ちょっと良くない噂立ちそうだ。