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ソラオチ  作者: 髭琢
空の住人
49/66

真実と嘘

 朝の陽光が王都の大通りを照らし出していた。


 石畳の道には商人たちの威勢のいい呼び声が響き、人々の笑い声があちこちで重なり合う。その賑わいの中を、アラン、ルード、セフィの三人は王宮へと向かって歩いていた。


 アランは無邪気な笑みを浮かべ、ふと隣を歩くルードへ声をかける。


「なあ、チルカはなにしてるんだ?」

「僕も、あれ以来会ってないんですよ。……お互い別の地域に派遣されてますから」


 その名を耳にした瞬間、セフィがぴたりと足を止めた。鋭い視線をアランに向け、細い目で射抜くように睨みつける。


「……なんで、他の女のことを気にするのよ?」

「え? 友達だからだろ?」


 あまりにも無邪気すぎる答えに、セフィの胸の奥でくすぶっていた感情が一気に燃え上がった。彼女は身を乗り出し、アランの顔を覗き込むようにして声を荒げる。


「私がいないのに……探しにも来てくれなかったじゃない!」


 強い言葉を浴びせられても、アランは悪びれる様子もなく、いつもの笑顔で返した。


「王都に住んでから、探すの忘れてたよ」


 素直すぎる言葉が、かえってセフィの苛立ちを煽る。頬を赤らめ、怒りを隠さずアランを責め立てるセフィ。その二人の空気を察したルードは、慌てて口を開いた。


「あ、あの……セフィさんは、アストリア女王のことはご存じですか?」


 セフィはきょとんと目を瞬かせ、すぐにルードへと顔を向ける。


「もちろんよ。情報集めるの好きだもん」

「では、三賢導様のことも……」


 問いかけにセフィは胸を張り、腰に手を当てて誇らしげに言い放った。


「灼岩の導師リューヴェン、魔界の姫メルフェリカ、怠影の奇才サイラス。三人とも、ばっちり仕入れてるわよ!」


 自信満々に言い切るセフィの姿に、ルードは安堵の息を漏らした。少なくとも、アランの時のように冷や汗をかかされる心配はなさそうだ。三人は軽口を交わしつつ、王宮の高い門をくぐり抜け、奥へと足を進めていった。


***


 一方、玉座の間。中央には堂々と玉座に腰掛けるアストリアの姿。両脇には、メルフェリカとエリュナが静かに控えていた。


 張り詰めた空気を切り裂くように、衛兵が声を張り上げる。


「三名、到着いたしました!」


 重厚な扉が音を立てて開かれ、ルードを先頭にセフィ、アランが進み出る。赤い絨毯を踏みしめ、女王の御前に膝をつこうとしたその瞬間──。


「えっ!?」

「その石、でけえよな!」


 二人は揃って足を止め、視線を天へと向けた。そこには、巨大な王紋石が威光を放っていた。


 ルードは振り返らずとも、背後の二人が場の空気を無視していることを察し、背筋が凍る思いだった。エリュナは額に手を当て、深いため息をつきながら小さく首を振る。


 メルフェリカは眉をひそめ、氷のような眼差しをセフィへ向けた。アランの反応はまだしも、セフィの瞳にはそれ以上の感情。ただの驚きではなく、"知っている者の動揺"が宿っていた。


 口を開きかけたメルフェリカを遮るように、アストリアの静かな声が広間に落ちる。


「その石が、どうかしたか?」


 初めて王紋石を目にしたアランは、純粋な好奇心に駆られた子供のように立ち止まった。だが、セフィの表情には別の色があった。彼女は視線を逸らし、慌てて言葉を紡ぐ。


「私がいた村にも、同じものがあったから……驚いたのよ」


 礼儀を欠いた話し方ではない。その言葉の意味にエリュナとメルフェリカは息を呑み、目を見開く。キリエ村は、王族でさえ足を踏み入れることを許されない、閉ざされた地。


「あの村で王紋石を見せてもらったのか。ずいぶんと……信用されたものだな」


 短い一言に、セフィは思わず息を呑む。空気は一気に凍りつき、誰もが小さく身じろぎすらできなくなった。


 彼女がキリエ村に現れてから三か月。人々と肩を並べて暮らし、王紋石を目にしたことも、アストリアはすべて把握している。だが、アランと出会い、交わったその先に広がる未来だけは、アストリアの眼にも見通せなかった。


「お前のことは、セレヴィア魔導学院から報告を受けている。だから、早速本題に入ろう」


 その言葉で、場の緊張はさらに張り詰めていく。


「セフィ。お前は、どこから来た?」


 玉座の間の温度が、まるで凍りつくかのように重苦しく沈む。エリュナもメルフェリカも、ただ息を呑んで見守るばかりだった。セフィが口を開こうとしたその瞬間──。


「そういえば、お前も空に落ちたのか?」


 場の空気を読まず、アランは無邪気な笑顔を浮かべて問いかけた。その軽さに、ルードは思わず張り詰めた肩の力を抜き、苦笑をこぼす。セフィは一瞬だけ眉をひそめ、横目でアランを見据えて吐き捨てるように呟いた。


「なに言ってるのよ? 空に落ちるわけないでしょ」

「え?」


 アランは首をかしげ、天井を仰ぐように上を見上げて考え込む。その仕草に、張り詰めた空気がかすかに揺らいだ。


 エリュナとメルフェリカは互いに目を合わせ、困惑の色を隠せない。二人はアストリアから「セフィが空から現れた」と聞かされていた。だが、本人が否定することで、心の中に新たな疑念が芽生えていく。


「私の力は知っているな?」


 その一言が落ちた瞬間、場の空気はさらに重く、鋭く張り詰める。セフィは小さく笑みを浮かべ、両手を軽く広げた。


「もちろん、知ってるわよ」


 掌が淡く光を帯び、魔力の流れが肩から胴へ、そして全身へと巡っていく。同時に身体がふわりと浮かび上がり、静かに宙へと舞った。


「空を飛べるのは、聞いてるでしょ? 途中で魔力が切れちゃって落ちたのよ」

「それは……魔法……ですか?」


 驚いたのはルードだけではない。アストリアの隣に立つエリュナも大きく目を見開いた。彼らの胸に去来したのは、アランと初めて出会ったときの記憶──彼が魔法という存在すら知らなかった、あの衝撃。だが、矛盾に答えを与えたのは、他でもないアラン自身だった。


「それ、魔法だったのか!」


 屈託のない笑顔で声を弾ませるアランに、セフィは静かに着地し、肩を落として呆れたように呟く。


「え? なんだと思ってたの?」

「セフィが言ったんだろ? いろんな人間がいるって」


 どうやらアランは、セフィを"空を飛ぶ人間"だと本気で思っていたらしい。人間も魔族も分け隔てなく受け入れるその素直さは、その言葉を文字通りに信じていたからだった。


 ルードとエリュナは、その純粋さに思わず小さく笑みを漏らす。しかし、アストリアとメルフェリカの表情は一切変わらない。緊張を解かず、なおも警戒を崩さぬまま、重みのある声で問いを重ねた。


「では、その島はどこにある?」


 セフィは小さく両手を広げ、首を左右に振る。


「私も島を出たのは初めてなの。どこにあるか知らないよ」


 その軽い態度に、メルフェリカの瞳が鋭く光る。しかし、アストリアは目を閉じ、しばし沈黙の中で思考を巡らせた。やがて瞼を上げると、低く静かな声で再び問いを投げかける。


「もう一つだけ答えろ。何のために、この国に来た?」


セフィは両手を腰に当て、満面の笑みを浮かべた。


「アランに会うためよ!」


 その無邪気な答えに、アストリアは表情を崩さずセフィの顔を注視する。隣ではメルフェリカも、鋭い眼差しを逸らさずにいた。


「まあいい……入学を許可してやる。ところで、アラン。お前は魔導院で目立っていると聞いている」

「そんなはずはないぞ。あの力だって使ってないんだから」


 その言葉に、堪えかねたメルフェリカが鋭い声を浴びせる。


「あんたの言動と行動が目立ってんのよ!」

「え?」


 とぼけた顔を見せるアランに、エリュナは小さくため息を吐き、呆れたように視線を逸らした。アストリアは淡々とした口調で告げる。


「もう下がっていいぞ。セフィ、問題は起こすなよ」


 セフィは軽やかに笑みを浮かべ、胸を張って答える。


「もちろんよ!」


 ルードはその様子を確認すると、アランとセフィを先導して玉座の間をあとにした。扉が閉まり、三人の背が視界から消えたその瞬間──。


「メルフェリカ。見たか、あの顔を」

「はい……あれは間違いなく、知っている顔です」


 アランが無邪気に力のことを語る間、セフィの表情はふと引き締まり、真剣な眼差しで彼を見つめていた。その一瞬の変化を、アストリアとメルフェリカは見逃さなかった。


「何かを隠しているのは、確かだろう」


 その低い声に、空気は再び重みを増す。エリュナは不安げに視線を落とし、ためらいながらも問いを口にした。


「お姉様。キリエ村の王紋石の件……あの話は本当ってことなの?」


 アストリアは玉座にもたれかかり、視線をゆっくりと天井へ向ける。


「私は信じてはいない。あれは住民が言っているだけで、文献には残っていないからな」


 冷ややかなその言葉を最後に、セフィとアストリアの緊張に満ちた対面は幕を閉じた。


***


 ルードは二人を家まで送り届ける。着くなり、アランは元気よく扉を開けて駆け込んでいった。セフィも続こうと足を踏み出した時、背後から静かな声が響いた。


「セフィさん……あなたが何かを隠していること、あの三人は気づいているはずです。僕でもわかるくらいですから」


 その声にセフィは振り返る。黙したままルードを見つめる瞳は鋭さを帯びていたが、その奥にはどこか温かな光も宿っていた。深く息を吸い込み、真っ直ぐな眼差しで言葉を重ねる。


「でも、アランさんが純粋でいられるのは……あなたの教えがあったからです」


 その想いを込めた言葉とともに、ルードの口元には優しい笑みが浮かんだ。


「僕は、セフィさんを信じていますよ」


 セフィは小さく息を吐き、肩の力を抜く。ほんのり照れたように、それでいて確かな意思を込めて告げた。


「そんな笑顔見せても、私の心はアランのものよ」

「えっ……?」


 意表を突かれたように声を漏らすルード。苦笑いを浮かべて肩をすくめる彼を横目に、セフィは柔らかな笑みを浮かべ、さらりと言葉を添えた。


「でも、ありがとう!」


 その一言に、ルードはほっとしたように安堵の息を吐き、穏やかな笑みを返す。


 セフィの本当の目的は依然として謎に包まれている。それでも、アランに向ける想いだけは、誰の目にも揺るぎなく映っていた。

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