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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第九話〈鍛冶師ゼラ〉

「貰ってきちゃったけど、やっぱり多いわよね」


 カーネルとの戦いで負傷し、死も覚悟した瞬間はあったがやはり金貨十枚は多い気がした。

 かといって、あのギルドマスターは折れないだろう。 自分以上に偏屈で頑固、何よりも普通に見えたが相当なやり手だ。そうでなければ全ギルドの統括などできるわけがない。

 ルシアは手にした金貨の袋を眺めながらそんなことを考え、ゼラの店へと向かっていた。

 ふと通りに立ち並ぶ露店に目がとまる。この街に来てからのんびりと店を見て回る余裕など無かった、ゼラの店に行く前に少し見て回っても良いかもしれないと思った。


「本当に凄い数。反対の門の方までずっと露店が並んでいるのね」


 ルシアの入った南門から馬車が何台か並んで通れるほどの大きな通りが反対の北門まで真っ直ぐに続いており、その両脇に露店や店ずらりと並んでいた。

 この通りの並びにはギルドやタリアの店もあり、ゼラの鍛冶屋は北門に近い位置にある。

 露店はその場で調理する軽食や食材、それに薬や魔法道具、舶来の珍しい品物など、実に様々な物が売られている。

 ルシアはバルムークの森で使ってしまった回復用のポーションを怪しげな露店で購入した。店は妙な雰囲気だったが品物は確かなようだった。

 店を離れようと後ろを振り返ると通りの向こう側に見慣れない人形を売っている店が目にとまった。ルシアはその場で目を凝らして、店をじっと見たかと思うと突然走り出した。


「これはなに!」

「お、おお。姉ちゃん、いらっしゃい」


 ルシアの勢いと剣幕に店主は困惑気味に挨拶をした。

 そんな店主を尻目に、ルシアは人形を手に取り色々な方向から眺めていた。

 このファルメシア大陸で人形と言えば、人の形を模した麻や布でできた簡素な物だけだった。しかしこの店の人形は愛らしくデフォルメされた動物の形をしており、麻や布とは異なるふわふわとした素材で作られていた。


「これはこの人形はなんだ見たことがないぞ! いくらだ!」

「姉ちゃん、そんなに興奮するなよ。それとそいつは人形じゃねえ、ぬいぐるみって言うんだ」

「ぬい……ぐるみ?」


 それはファルメシア大陸より遥か東、海を越えたその先の大陸で作られた物だった。

 ルシアはそのぬいぐるみが大層気に入ったようでふわふわとした感触を楽しんでいたところ、店主に突然取り上げられてしまった。


「そこまでにしてくんな。こいつは売り物だぜ楽しみたきゃ買って貰わなきゃな。ちなみに銀貨二枚だ、どうする?」

「銀貨二枚!? 一般人の月の収入の半分よ? 足元を見過ぎだわ」

「そう言われてもな。こいつは大海原を渡ってここまで来てんだ、それなりに金がかかってる。無理して買う代物でもねえしな」


 確かに遠い異国の地で作られたぬいぐるみは生活必需品ではない。完全に金持ち向けの娯楽品であることは間違いなかった。

 店主はルシアに見せつけるようにぬいぐるみをヒラヒラと動かす。ルシアはそれを歯噛みして見つめていた。


「買うわよ! はい、銀貨二枚ね!」

「まいど! その柄のは最後の一匹だ、良い買い物をしたな」


 ぬいぐるみは綺麗な木製の箱に入れられてルシアに手渡された。さすがは金持ち向けの商品といったところか、入れ物までも手が込んでいた。これなら旅の途中でも潰れてしまうことがない。

 ルシアは見た目と性格に似合わず可愛い物に目が無いのだ。今すぐにでもぬいぐるみを抱き締めたい衝動に駈られていた。


「ゼラとの約束……明日でも。ダメよね、うん分かってる」


 手に持った箱を名残惜しそうに見つめると足早にゼラの店へと向かった。


* * *


 ゼラは大通り沿いの北門近くに鍛冶屋を構えていた。

 バルムークの森に行くときに通った門だ。そのときには聞こえていなかった金属を打つリズミカルで小気味良い音が遠くからも聞こえた。音と炉から立ち上る煙で場所はすぐに分かった。

 ゼラの鍛冶屋姿は見たことが無かったが、鍛冶屋の格好をして、汗まみれで金属を打つその姿は職人そのものだった。


「本当に鍛冶屋だったのね、見違えたわ」

「来てくれたのか待ってたぜ。入ってくれよ」


 そういうとゼラは煤で汚れた顔を袖で拭った。

 ルシアはゼラに促されて店の中に入る。店の中には陳列棚などはあるが商品は並べられていなかった。

 不思議そうに店内を眺めるルシアにゼラは言った。


「何もねえだろ。そりゃ始める前に辞めちまったからな」

「そうだったわね。これから一級品ばかりが並ぶんでしょう?」


 ゼラは目を丸くすると大笑いしながら奥の部屋に入っていった。

 商品は何もないがカウンターや棚には塵ひとつも無かった。酒に溺れて店を始めることはなかったが、家族の思いは大切に守り続けていたのだろう。ルシアはそう感じた。


「待たせたな。なんだか分からねえがうまいから飲めよ」

「お酒なんて飲まないわよ」

「バカ言え。俺だって仕事中は飲まねえよ」


 そう言って出してくれたのは紅茶のようだった。奥さんが残していった物と言っていたが、爽やかな果実の風味がする珍しい物で街で買えるらしい。しかしゼラはどこで売っているのか聞いていなかったようで少し後悔していた。


「それでだ。今までの礼にあんたに何か打ってやりたいと思ってな」

「そうね。とは言っても、この剣は使い勝手が良いから変える気はないわよ」

「少し見せてもらっても良いか?」


 ルシアは何も言わずにカウンターに細剣を置いた。ゼラは剣を鞘から抜くと掲げるようにしてその刀身を観察する。

 しばらく眺めていたが剣を鞘に納めると首を横に振ってカウンターに戻した。


「こいつはミスリルの業物だ。一体どこの誰が打ったんだこんな上等なもん、俺がどうこうできる仕上がりじゃねえ」

「それは残念ね」

「だが、その柄頭(つかがしら)の魔石は力を失っちまってる。そいつだけは俺の取っておきと替えてやるから少し待ってろ」


 ゼラは剣を受け取ると奥の部屋に引っ込んで行った。

 ルシアは紅茶に視線を落とす。ゼラの奥さんが選んだ紅茶、鍛冶の合間にゼラと奥さんと子供で休憩のときのために選んだのかも知れない。

 しかしこの工房に家族の声がすることは無い、残されたのはゼラとこの紅茶だけだ。家族を失った喪失感は知っている、自分は深く考える暇もないほど生きることに精一杯だった。だから救われたのかもしれない。

 紅茶はいつの間にか温かさを失っていた。

 扉が開き剣を持ったゼラが部屋から出てくると、彼は何も言わずに剣をカウンターに置いた。

 ルシアは剣を受け取ると柄頭に目をやる。渡した時に付いていた青い宝石とは違い、玉虫色の不思議な石が取り付けられていた。


「そいつは家に代々受け継がれてきた物だ。大層な魔力を持ってるって話だが、俺には分からねえからお前にやる」

「そんなに大切な物を私に渡して良いの?」

「家族以上に大切な物なんてねえよ、それを取り返してくれた。俺にしてみりゃ、そんな石っころじゃ見合わねえよ。それとこれも渡しておくぜ」


 渡されたのは最初から柄頭に付いていた青い宝石をネックレスに仕立てた物だった。


「魔力は失ってるが大層な宝石だぜ。持っておけよ邪魔にならねえし、いざとなったら金になる」

「何から何まで悪いわね。十分過ぎるほどよ」

「おいおい冗談言うなよ、鍛冶屋が何も打たないまま恩人を帰せねえよ。それ以上の剣は打てねえが、防具を打ってやる」


 細剣による剣術は軽快な動きが重要だ。だからルシアは動きが阻害されない革製の軽鎧を愛用している。しかし身軽さと引き換えに斬撃や打撃の直撃を食らえば命取りになりかねない。


「ありがたいけど、私にとっては防具なんて有って無いようなものよ」

「任せろ、きっと気に入る。帰せねえとは言ったがさすがに一日じゃな……まあ何日かしたら来てくれ」

「そうね。また寄るわ」


 日はまだ高かったがルシアは何も食べていないことを思い出しタリアの店へと足を向けた。

 昼前ということもあり店の客はまばらだった。窓際の席に座るとカウンター席の端に目をやる。


「いらっしゃい、ルシアちゃん。シオンなら最近は来ていないわよ、しばらく出かけるって言っていたわね」

「いえ、そんなつもりじゃ……」


 自分の考えを見透かされてうろたえるルシアの姿に上品に笑うと注文を取って厨房へと下がっていった。

 やがてタリア自慢のパンと紅茶のセットが目の前に運ばれてきた。

 ルシアは少し早めの昼食をとり終えると、かたわらに置いていた木の箱に手を伸ばして箱を開ける。ぬいぐるみを取り出すと優しく撫でてからひとつため息を付いた。


「あら素敵な猫ちゃんね。ルシアちゃんのかしら?」

「あの……これは」

「恥ずかしがらなくていいのよ。うちにも居たのよ、少し前に亡くなってしまったけれどね」


 紅茶を注ぎに来たタリアがルシアのぬいぐるみを見て言った。

 ラーゼには野良猫が多く、人々も彼らには寛容で家に迎え入れる人も多い。タリアもその一人でこの街に店を開いたときから、猫と一緒に暮らしており最近二代目を亡くしていた。

 自分の年齢を考えると次は迎えられないと悲しそうに話した。


* * *


 日が傾きかける頃にルシアは宿に戻っていた。

 ベッド横のテーブルにぬいぐるみを座らせて満足そうな表情を浮かべる。そのぬいぐるみの横にはもう一つ綺麗な木箱が置かれていた。

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