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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第五話〈自由都市ラーゼ〉

 ーー自由都市ラーゼ


 豪商であるラゼリオ商会を筆頭に商人たちによって自治されている自由都市である。

 潤沢な資金力により集められた強大な軍隊は小国を凌ぐほどである。商人への税が極端に低いことから大陸においては商業の中心地となっている。


「ここがラーゼ。予想以上の広さね」


 山道から街を見下ろし呟く。

 城壁に囲まれた街は帝国の首都にも迫るほどの規模を誇っている。

 この都市は種族や身分による差別や区別を行わないことを基本としているが、その一方で独自の法を持ち犯罪に対しては帝国の法よりも厳しい処罰が下されることが多い。

 街の入り口には馬車や人が列を成しているのが見えた。この山道でも既に多くの馬車や旅人とすれ違っていた。


「誰でも入れるとは聞いているけど、検査は厳しそうね」


 ルシアはフードを深く被り直すと街へ向けて再び歩き出した。


* * *


 検査のための列に並び順番を待っていた。

 馬車の積荷や荷物の多い旅人の検査は入念に行われているようだが、荷物の少ない旅人はすんなりと通過できているようだった。

 獣人やドワーフなど様々な種族の旅人や商人が並んでいる。他の町であれば獣人などは即門前払いになることが多いが問題なく入れているようだった。


「次!」


 人々の流れをぼんやりと眺めているといつの間にかルシアの番になっていた。兵士の前に進み出ると持っていた鞄を兵士に渡す。

 検査の兵士は軽装だが、それ以外の兵士は重装鎧に身を包んでおり物々しい雰囲気を醸していた。


「荷物はこれだけか? この街へ来た目的は?」


 鞄を受け取った兵士がもう一人の兵士へと渡し、受け取った兵士は中身の確認を始めた。


「旅をしているわ。補給を済ませたら少し滞在するわ」

「そうか。荷物も問題ないようだな」


 確認していた兵士から鞄を受け取るとルシアに手渡した。


「最後だ。フードを脱いで顔を見せろ」

「……分かったわ」


 ルシアはフードに手を掛けるとゆっくりと脱いだ。

 黒髪が露わになると周囲がざわつきだす。突き刺さるような視線、そして黒髪の悪魔と騒ぎ立てる者、怯えて身を隠す者など、反応は様々だが好意的な者はいないようだった。


「黒髪か珍しいな」

「ええ。迷惑をかけるつもりはないから無理なら行くわ」


 兵士たちに驚いた様子はなかった。


「この街は基本的に来る者を拒むことはない。だが黒髪は初めてだ、確認だけはさせて貰う。端に避けて待っていろ」


 控えている兵士に合図を出すと門の脇に誘導され、両脇には重装兵が付いた。

 顔を覆うヘルムから表情は読めないが彼らにも動揺は見られない。立ち居振舞いや言動から訓練が行き届いているのが分かった。


* * *


 どれほど待っただろうか。多くの商隊や旅人が通り過ぎ、その度に好奇の目を向けられていた。

 やがて門の中から落ち着いた様子で先程の兵士が戻り、ルシアの前で立ち止まると軽く微笑んだ。


「待たせてしまったな。君が街へ入ることを許可するとのことだ」

「良いの? 周りの反応を見たでしょう?」


 ルシアは好奇の目で自分を見ている者たちを一瞥(いちべつ)してから言った。

 兵士は横目で彼らを見てから鼻で笑う。


「ラゼリオ商会の判断だ、街に入れば彼らもあんな目で君を見ることはできないさ。それよりも街の中で不当な扱いを受けたら我々に言うと良い」

「そう、随分と寛容なのね」

「この街に入れば獣人だろうが盗賊だろうが魔族だろうが平等。それが決まりだ」

「良い街ね。差別も区別も無いなんて」

「良い街? 何も後ろめたいことが無い奴にとってはな。問題を起こせば厳罰が待ってる、忘れるなよ」

「そうね。〝私から〟起こす気はないわ」


 兵士はやれやれといった素振りをすると、さっさっと行けとルシアを促した。

 門を抜けると正面には馬車が数台並んで走れるほどの大きな通りが遥か向こうまで走っていた。この通りがメインストリートであろうことは一目瞭然だった。通りの左右には商店や露天がところ狭しと立ち並んでいた。

 誰もがルシアの黒髪を見てはギョっとした顔をするが絡んでくる者はいなかった。この街のルールは徹底されている様子だった。

 何よりも巡回の兵士が多く滅多なことをすれば、すぐさま駆け付けてくるだろう。


「まずは宿ね。まともに休めるところを探さないと、さすがに疲れたわ」


 この街の宿はピンからキリまで数十軒は下らない。大通りに面した宿は大きく綺麗だが、相応の料金を取られる。

 ルシアもそれなりに持ってはいるが、普通の冒険者と違い収入を得られる当ては限られる。

 ここでしばらく滞在するためには出費を抑える必要があった。


* * *


「本当に……ここなの?」


 この街は驚くほど広い。表通りから裏通りまで宿は各所に点在し、それによって価格も大きく異なる。安い宿を探すだけでも一日掛かりになってしまう。

 そこでルシアは街中を巡回している兵士に安宿の場所を聞いて教えてもらったのだ。

 大通りから外れた裏通りにその宿はあった。くたびれた木造の外観、傾いた看板には〝バッカラの巣穴〟と書いてあった。

 バッカラとは大型のネズミで畑を食い荒らすことから人々には嫌われ、大量発生するとギルドにいくつも討伐依頼が出るほどの害獣だった。


「なんでわざわざこんな名前を……まあ良いわ。お客が少ない方が好都合ね」


 ルシアは自分に言い聞かせるように呟くと意を決して扉を開く。中に入ると正面に受付はあるが人の姿はなく、室内は昼間だと言うのに薄暗かった。

 カウンターの奥に声をかけるが返事はなかった。仕方なく呼び鈴を鳴らすが反応はない。さらに二度三度と鳴らすと怒鳴り声が響いた。


「うるせえぞ! 一度鳴らしゃ分かるんだよ、どこのボンクラだ!」


 声のした方に目をやると部屋の隅にテーブルと二脚の椅子があり、そのひとつに白髪の短髪に髭面の中年男性が座っていた。


「ごめんなさい。居ないのかと思ったわ」

「なんだ? ガキが来るところじゃねえ、帰り……んん?」


 男性がテーブルから身を乗り出してルシアを舐めるように見る。


「おめえ黒髪か」

「黒髪が怖いのかしら? あなたの顔には負けると思うけど?」


 ルシアは男性の方へ近付きながら言った。

 店主は目を丸く見開くと特徴のある大笑いをしてテーブルを拳で叩き、椅子から立ち上がった。


「バカ抜かせ、黒髪だろうが魔王だろうが金払う客なら文句はねえよ。そんなことより面白え嬢ちゃんだな。嫌いじゃねえ」

「そう? 光栄ね。お金なら払えるから安心して」

「ここを選んで正解だったな。おめえみてえな奴にはぴったりだ」

「嬉しくはないけど兵士たちに感謝ね」

「なんだ奴ら紹介か……面倒くせえことはいつも俺に押し付けやがる」


 店主が呆れた様子で愚痴(ぐち)る姿にルシアは拳を口元に当ててくすくすと笑い出した。その姿を見た店主も『ガハガハ』と笑い出す。


「俺はバルドーだ。分かっていると思うがここの店主をしてる」

「ルシアよ。しばらくお世話になるわ」


* * *


 一番良い部屋だと言われて案内されたのは一階の奥、店主の部屋の向かいだった。

 確かに他の部屋より少し広く小綺麗で家具も一通り揃っていた。後は『何かありゃ、俺がすぐに気が付く』と言うことだった。


「本当に良い部屋ね。これで他の部屋と同じ値段なんて裏でもありそうね」


 ルシアは鎧を外すとベッドに仰向けに寝転がる。まともな場所で横になったのはいつぶりだったか、そんなことをボンヤリと考えていると眠りに落ちかけていた。

 

「嬢ちゃん入るぜ!」


 ドンドンとけたたましく扉が叩かれ、眠りに落ちかけていたルシアは現実に引き戻された。ゆっくりと上体を起こすとベッドに腰を掛ける。


「平気よ」

「寝てたか? 少し早いが飯を持ってきた、どうせろくな物を食ってないだろうと思ってな」


 そう言いながら料理の乗ったトレイをテーブルに置く。パンに豆のスープ、あとは肉と野菜を炒めた物だった。安宿とは思えない豪華さだった。

 普通ならパンは一切れか良くて二切れ、それと具の無い薄いスープ程度だろう。


「随分と豪華ね。私の誕生日かしら?」

「嬢ちゃんは今日が誕生日なのかい? なら夜はケーキでも焼かなきゃな」

「冗談よ。自分の生まれた日なんて覚えてないわ」

「そりゃ残念だな。この辺ではこいつが普通だ、気にしないで食ってくれ」

「いただくわ。こんなにちゃんとしたご飯はいつぶりかしら」

「そうかい、それなら良かった。食い終わったらそのまま置いておいてくれ」


 バルドーはそう言い残すと部屋から出ていった。

 ルシアは彼が出ていった扉をぼんやりと眺め、他人とまともに言葉を交わしたのはいつだったろうかと考えていた?

 そのとき料理の香りが鼻腔をくすぐった。湯気の出ている温かい料理、それは彼女にとって家族との記憶の中にしかなかった。

 テーブルに着くとスープを(すく)い口へ運ぶ、懐かしくて胸が締め付けられるような感覚にルシアの頬を一筋の涙が伝った。


「ダメね……しっかりしないと」


* * *


 夕食を摂ると大通り沿いの商店を見て回った。

 武器も防具も品質は良さそうだが価格はそれなりだった。それでも王都で買うよりはかなり安い。

 ひとまずポーションやスクロールなどを買い足すと、広い街の中をぶらぶらと歩いた。

 やがて日が暮れ街に明かりが灯り始めると商店や露店が店仕舞いを始め、酒場の前には呼び込みが姿を表し、大通りは昼間とは違った顔を見せる。


「おい! 黒髪の姉ちゃん一緒に飲まねえか?」

「やめとけやめとけ。関わるとぶっ殺されちまうぞ」


 酔っぱらいたちがゲラゲラと笑いながらルシアを茶化すが、気にすることなく呆れたような素振りでその場を通り過ぎる。しばらく賑やかな通りを歩くと一際大きな建物が目に入った。

 〝冒険者ギルド〟。

 看板にはそう書いてあるが中からはギルドとは思えないほど賑やかな声が聞こえた。

 ルシアが扉を開けて中に入ると賑やかな楽器の音と冒険者たちのバカ騒ぎが聞こえた。どうやら飲食ができるスペースもあり、そこいらの酒場となんら変わらないように見えた。

 酔っぱらいたがルシアに気付いて何かを言っているが目もくれずにギルドの受付に向かった。


「あら、黒髪さん。大人気ね」

「そうね、悪い意味でだけど。そんな私でも登録はできるかしら?」


 声をかけて来たのは受付に立っていた女性だった。

 水色のショートヘアに鋭い顔立ち、若いがギルドに訪れる一癖も二癖もある冒険者たちを相手してきたという風格が感じられた。


「ごめんなさい。そういう意味じゃ無かったんだけど」

「分かっているわ、慣れているから気にしないで。それで、私でも依頼を受けられるのかしら?」

「ええ。問題な––」


 突然ルシアの肩に腕が回され酒臭い息が吹き掛けられた。受付の女性が顔をしかめたのが分かった。


「おう、姉ちゃんは魔王なんだって? 俺たち冒険者を殺りに来たってのか? それなら相手になってやるぜ」

「ゼラさん、彼女に絡むのは止めて下さい。ここでトラブルを起こしたらどうなるか分かってますよね?」


 受付の女性が強い口調で男に忠告するが、泥酔している男はどこ吹く風だった。


「問題だ? 俺は殺しに来たのかって聞いてるだけだろうが。何が問題なんだよ、なあ姉ちゃん?」


 男はルシアの肩に腕を回したままの体勢でルシアの顔を覗き込んで言葉を続ける。


「私は魔王でも何でもないし、あなたたちと関わるつもりもないわ。彼女と話をしているの、邪魔だから退いて」

「言うじゃねえかよ。魔王様は俺が相手じゃ殺す価値もねえって言うのかい?」


 この様子では何を言っても無駄だと悟ると、うんざりだと言わんばかりに額に手を当てて頭を左右に振る。

 受付の女性が言うとおり問題は起こせない、それは衛兵注意もされている。自分が持ち込んだ問題ではないが、この黒髪は様々な問題を引き寄せてしまう。

 男は肩に回した腕を離すと『ふん』と鼻を鳴らしてルシアを突き飛ばしたが、酔っぱらいの力ではよろける程度だった。

 男は憎悪に燃える目でルシアを見つめていたが、ルシアは男を無視して受付に戻る。


「ごめんなさい。続きを良いかしら?」

「ええ。どこからだったかしら……」

「依頼の件よ。私でも受けられるかしら?」

「おいっ! 俺を無視するのか!」


 男が背後から殴りかかる。

 ルシアがまるで見えていたかのように身をかわすと周囲から歓声が上がる。いつの間にか注目の的になっていたようだ。ルシアは男の背後を取ると腕を後ろ手に捻りあげた。


「しつこいわよ。乱闘はご法度でしょう? どうなっても良いの?」

「うるせえ! 離しやがれ!」


 男の言葉に答えるように手を離すと背中を強く押した。

 男はよろめき、目の前にあったテーブルへと突っ込む。テーブルがひっくり返りけたたましい音を立てる。

 床に転倒した男は怒りで顔を真っ赤にしながら落ちていたナイフを手にするとルシアに飛びかかってきた。


「ゼラさん!」


 受付の女性が叫び声を上げた瞬間、ルシアの横を一陣の風が駆け抜けた。

 その瞬間、男はテーブルや椅子をなぎ倒しながら数メートル後ろに勢い良く吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。


「あぁ……少し手が滑っちゃいましたね」

「何てことをするんですか! ゼラさんを殺す気ですか!」

「彼は頑丈ですから大丈夫ですよ。そんなことより怪我は無いですか? えっと……」


 受付の女性と軽く言葉を交わしたあと、男性がルシアへ向き直って声をかけてきた。

 ウェーブのかかった銀髪ミドルヘアに眼鏡と言った知的で優しそうな男性が微笑んでいた。


「ルシアです。助かりました、あなたは?」

「私は〝シオン・ルベリオ〟。旅人です」

「そう、あなたも」

「珍しくもないでしょう? あなたに少し聞きたいことがあったのですがこれでは……ね。あれを放っておく訳にもいかないので」


 ルシアに絡んだ〝ゼラ〟という男と受付で腰に手を当てて睨んでいる女性に交互に目をやるとシオンは軽く首を振った。


「ルシアさん、ごめんなさい。依頼の件は次回でも良いかしら?」


 受付の女性がルシアに向けた表情は柔和なものだった。


「そうね、今日は忙しそうだし失礼するわ」


 そう言い残して扉へと向かうルシアの背にシオンが声をかける。


「ルシアさん、ゼラさんを許してあげて下さい。今日は彼の家族の命日なんです。その……魔族に殺されてしまった」

「気にしていないわ。生きていれば色々あるものよ」

「そうですね。あなたの方が良く分かっていますよね……」


 夜が更け周囲の酒場は賑やかさを増していた。

 森で暮らしていたときは、夜が訪れ静寂が辺りを包むと過去のことが嫌でも思い出されていた。しかしこの街は夜になっても静寂は訪れない。

 過去のことを考えなくて良い一人の夜。ルシアは人々の喧騒がこんなにも心地良く温かく感じるとは思ってもいなかった。

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