表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の烙印  作者: 猫宮三毛
4/5

第四話〈旅立ち〉

 さらに二年の月日が流れ、ルシアは十七歳になっていた。

 あれから幾度と無く商人や民間人を襲う盗賊たちを蹴散らしていた。それは善意ではなく実戦による鍛練が目的であった。  

 しかしその行為が自らを狙う側ではなく、狙われる側に導いてしまっていた。


「お前か? この辺りで盗賊狩り紛いのことをしてる奴ってのは」


 大男がルシアを舐めるように見ながら問いかける。


「興味ないわ、道を空けてもらえる?」

「笑わせやがる、答えねえってことはお前ってことだな。この状況で怯えねえガキが居るわけねえしな」


 大男が豪快に笑いながら言う。

 それもそのはず三十人近い盗賊がルシアを取り囲んでいた。


「ずいぶんと余裕だが、いつまで涼しい顔が続けられるか見物だな」


 大男は背負っていた大剣を抜き、軽々と振り回し地面に振り下ろした。

 大地が揺れ手下たちの歓声が上がる。


「さすが親分だぜ! 帝国の正規兵も百人以上はぶっ殺してきてるからな!」 

「俺は手加減できねえからな。もったいねえがお嬢ちゃんは粉々になっちまうかも知れねえな!」


 大男の振り回した剣がルシアの眼前を通り過ぎた風圧でフードが脱げ、美しい黒髪が露になった。


「黒髪……」

「嘘だろ。初めて見たぜ」


 盗賊たちが驚きの声を上げ、やがて下卑(げび)た野次となりルシアに浴びせかけられる。


「こいつは驚きだ、奴隷として売り飛ばしゃ結構な金になるじゃねえか。粉々にしちまうのは勿体ねえな」

「勝手に盛り上ってるようだけど、返事を貰ってないわ。道は空けてくれるの? くれないの?」


 その言葉に一瞬静まり返り、すぐに盗賊たちの笑い声に包まれる。


「この状況でまだ強がれるのかよ! 本気でこの人数を相手にできる気でいやがる」

「お前が生きてたら、夜もこの人数で相手してやるよ!」

「お前らは手ぇ出すなよ。すぐに決着をつけて楽しませてやるからよ!」


 大男が大剣をゆっくりと振りかぶったと思った次の瞬間には大剣がルシアの頭上に迫っていた。

男の体格とゆっくりとした動作に油断していたため回避が一瞬遅れた。

 辛うじて後方へ飛び退き攻撃をかわしたが、革製の胸当てはバッサリと切り裂かれていた。すぐさま体勢を立て直し、男のいた場所に視線を移すがその姿はなかった。


〈居ない!?〉


 周囲を見回すが男の姿はない。

 手下たちがざわつき自分の周囲が陰る。咄嗟に上空へ視線を移すと大男と目い、大剣が再び振り下ろされた。


* * *


 轟音がとどろき、二人の姿が砂煙に包まれると辺りは静寂に包まれる。


「おい! どうなった!」

「親分!」


 盗賊たちが次々と声を上げる。

 流れる風に砂煙が散ると、大男の上半身が(あらわ)になり次いで風になびくルシアの黒髪が見えた。


「あの女生きてるじゃねえか」

「親分! どういうことだ!」


 砂煙が完全に晴れると盗賊たちは言葉を失い、信じられないといった様子で二人の姿を見つめていた。


「が……はっ……」


 大剣を掲げた大男の胸元を少女の細剣が貫き、何かを言おうとした男の口からは言葉の代わりにゴボゴボと泡立った血があふれ出していた。

 少女の黒髪が夕日に照らされ怪しく輝いていた。


「惜しかったわね、でも詰めが甘いわ。私の頭上を取ったときに勝ったと思ったでしょう?」


 ルシアの言ったおり頭上を取った大男は自分の勝ちを確信していた。ルシアへの攻撃が外れたとき、その油断が次の動きを一瞬遅らせたのだ。


「嘘だろ……」

「親分が一撃で」


 少女を取り囲んでいた男たちが口々に驚きの声を上げた。剣を構えることすら忘れて大男と少女をただ見つめていた。


「話にならないわ。彼より強いのがいるならかかってきなさい」


 少女は吐き捨てるように言うと大男の胸元から細剣を引き抜く。大男の手から大剣が地面に落ち、鈍い音を立てて地面に倒れた。

 大男が倒れた音を聞いて正気を取り戻したかのように男たちが再び武器を構える。


「野郎! ふざけやがって!」


 何人かの男が少女に切りかかったが、彼らの剣がルシアを捉えることはなかった。

 ルシアを見失い男たちが周囲を見回す。


「いない!? どこに行きやが――」

「どこを探しているの?」


 一人の男の背後から細剣が喉元を貫いていた。

 残った男たちはルシアに向かって再び剣を振るう。少女は細剣を引き抜くと男たちの攻撃をかわして、一人の男の手首を切り裂いた。

 男は武器を取り落とし切り裂かれた手首を押さえる。押さえた指の隙間からとめどなく血があふれ出していた。


「頭目は死んだはずよ、(かたき)でも討ちたいの? 自分の命を捨てるほどの価値があるとは思えないけれど」

「うるせえ! 黙って殺されろクソアマ!!」


 男の瞳には怒りと恐怖が入り交じり剣先はわずかに震えていた。

 自らを奮い立たせるように大声を上げてルシアに飛び掛かるが剣は届かず、次の瞬間には頸動脈から血を吹きだし地に両膝を着いていた。

 男はしばらく首を押さえていたが、やがて地面に倒れた。

 ルシアは男が倒れるのを見届けると細剣の血を振り払った。


「まだやるの?」


 そう言いながら周囲を取り囲む男たちを一瞥(いちべつ)する。少女の問いかけに周囲を取り囲んでいた男たちは戸惑いながらも道を開けた。


「大人しくしていれば理不尽に命を奪われないなんて幸せね」


 そう言うとルシアは男たちの間を通り抜け去って行った。

 男たちは言葉もなく去ってゆく少女の背中を見つめていた。


* * *


 森の中で長いこと生活していたルシアは地理に詳しくなく、街道に沿って行けば人の住む場所に着くだろうと考えていた。


〈こんなに堂々と街道を歩くなんて何年ぶりかしら〉


 夜の帷が下り空には星が瞬き始めていた。

 しばらくすると前方に街道から外れて停まる幌付きの馬車が見えた。

 ルシアが近づくと車輪の傍らにしゃがみ込む男性、そして少し後ろで心配そうなをしている女性が見えた。

 ルシアが近づいて声をかける。


「どうかした?」


 女性が気が付きルシアに目を向ける。少し驚いていたが相手が女性だと分かるとホッとしたような表情を見せる。


「どうもこうもないよ……」


 そう言いながら男性が傍らに置いていた松明を持って立ち上がる。

 松明に照らされたルシアの姿を見た二人の動きが止まる。


「ひっ……黒髪」

「待て! 俺たちには何もない見逃してくれ」


 女性は怯えて男性背後に隠れる。男性は腰の短刀に手を掛けてはいるが逃げ腰になっていた。

 人に会えばこうなることは分かっていた。いきなり斬りかかられないだけ幾分マシだった。


「別に何もしないわ。気になって声をかけただけよ」

「わ……分かった、俺たちは大丈夫だ。気にせずに行ってくれ」


 分かりきっていた反応、それでも声を掛けずにはいられなかった。

 確かにここは開けており危険には見えない。しかし周囲の森から風に乗って獣の匂いがしていた。


「分かったわ。でも火を焚いて二人で幌の中に引っ込んでなさい、ここは危険な気がするわ」

「わかった、ありがとう。でも用が済んだなら行ってくれ、頼む」

「人を見かけたら、あなたたちのことは伝えておくわ」


 ルシアはそう言い残すと二人から離れていった。

 二人はルシアの姿が見えなくなるとその場にへたり込んだ。


「本当に悪い人だったのかしら……」

「分からない。でも黒髪だ、魔王の血を引いてるって」

「そうだけど……悪い人には見えなかったわ」

「だとしても、関わっているところを人に見られたら……分かるだろう?」


 森からは狼たちの遠吠えが呼応するように聞こえていた。

 

「時間はなさそうね、早く誰かに知らせた方が良いわ」


 そう呟くとルシアは月明かりに照らされら街道を急いだ。

 ほどなく街道の先にいくつかの明かりが見えた、それは小さな集落のようだった。

 六軒ほどの粗末な家が並び通りに人影は無く静まり返っていた。ルシアは家の戸を叩き声をかけたが反応は無かった。だが村に入ったときから視線は感じていた。

 戸口を離れ振り返ると近くの窓から素早く離れる人影が見えた。


〈そうよね。こういうところは特に――〉

「さっさと出ていけ! この魔族が!」


 一際大きな家の戸口に一人の老人が立っていた。集落の長であろう彼にルシアは近づく。


「それ以上近づくな! この村になんの用じゃ、さっさと出ていけ!」


 その声に触発されたのか農具を構えた男たちが次々と家から姿を現し老人の近くに並ぶ。


「私は用なんて無いわ。ただ街道の先に馬車が立ち往生して困っているから助けてあげて」

「やかましい! 黒髪が言うことを信じると思うか、早う出ていけ!」


 取りつく島も無い様子だった。

 回りの男たちも襲い掛かってきそうな勢いで捲し立てていた。


〈分かってはいたけど私ではダメね……〉


 話を聞いて貰えない以上、助けは望めない。

 ルシアは深くため息を付くと踵を返して来た道を急いだ。月は雲に覆われ街道は暗闇に包まれていた。


* * *


〈見えた!〉


 焚き火に照らされた幌馬車が遠くに見えた。人影はないが人とは異なる影がいくつも幌馬車に写し出されているような気がしてルシアは全速力で駆け出した。


「これは……」


 幌馬車の回りをグレートウルフの群れが取り囲んでいた。

 普通の狼より二回りほど大きく攻撃的で遥かに素早い、訓練を受けた帝国の正規兵だとしても一対一で勝つのは難しい相手だ。


「六匹も……厄介ね」

「この! るな……いつ!」


 幌の中から声が聞こえた。男が荷台から上半身を出して棒切れで狼たちを追い払おうとしていた。

 今は二人とも無事のようだが、このままでは時間の問題だろう。

 ルシアは細剣に手をかけると音もなく駆け寄り狼の脇腹を貫いた。獣は甲高い鳴き声と共にその場に倒れ(うごめ)いていた。

 異変に気が付いた他の狼たちが向きを変えて素早くルシアを取り囲んだ。


「これだけの毛皮があれば今夜は暖かく眠れそうね」


 相手が動くより先に正面で唸りを上げる狼に飛びかかる。

 巨体に見合わない速度でルシアの攻撃を避けると同時に背後から別の二匹が襲いかかる。

 ルシアは体を捻るとそのまま背後の一匹に斬撃を叩き込むが鋭い爪で弾かれる。更に突き出した攻撃はもう一匹の脇腹を捉えたが致命傷には至らなかった。


「数だけの盗賊とは訳がちがうわね」

「あんた……さっきの」


 異変に気が付いた商人の男が幌から顔を出してルシアの様子を伺っていた。


「引っ込んでいなさい死にたいの!」


 一匹が商人の声に気を取られルシアから視線を外す。その隙を見逃さずルシアは眉間に細剣を突き立てた。狼は声を上げることも無く倒れた。

 それを皮切りに次々と獣たちがルシアに襲いかかる。四方から繰り出される絶え間ない攻撃には隙がなく防戦一方となった。


〈これじゃ反撃する隙がないわね……何か〉


 暗くて分かりにくいが脇腹に血を滲ませた一匹が目に付いた。動作が鈍っており隙が大きい。その狼を庇うかのように他の狼たちは動いているようだった。

 手負いとはいえグレートウルフだ、一撃でも食らえば深傷になる可能性は高い。今は少しでも相手の手数を減らす必要があった。

 ルシアは獣たちの攻撃を掻い潜り、手負いの一匹に迫る。

 手負いの狼を庇うように立ち塞がる一匹に突進すると相手もルシアを目掛けて走りだす。

 相手がルシアへ飛び掛かろうと踏み切った瞬間を狙い、脇へ逸れて手負いの狼へ一撃を繰り出す。


〈––なっ!?〉


 背後に気配を感じたが回避する間も無く、背中に重い衝撃を感じ前方に吹き飛ばされた。

 かわしたはずの狼が踵を返して背中に体当たりをしてきていた。仲間を守るための咄嗟の行動だったのだろう。

 その隙を逃さずに一匹が仰向けに倒れたルシアに覆い被さるように飛びかかる。


「退きなさいよ!」


 覆い被さってきた狼は既に事切れていた。ルシアが咄嗟に突き出した細剣が胸部を貫いていた。

 獣たちは遺体の下から這い出そうとするルシアに唸りを上げていたが仕掛けてくる様子は無かった。

 ルシアは立ち上がると唸り声を上げる狼たちと対峙する。しかし襲いかかってくる様子は見られず、ルシアは様子を伺いながらも剣を鞘に納めた。

 互いにしばらく見つめあった後、狼たちは手負いの獣を(いた)わるように森へと姿を消した。


「もう大丈夫よ」


 静まり返った街道には焚き火の燃える音だけが聞こえていた。

 しばらくして幌から商人が顔を覗かせた。


「終わった……のか?」

「見ての通りよ。この少し先に集落があるから、すぐに向かいなさい」

「本当に助かった、ありがとう」

「勝手にやったことよ。もう行くわ」


 馬車に背を向け再び歩き出したルシアの背に女性が声をかけてきた。


「待って! これ」


 振り向くと胸に小さな袋が押し付けられた。商人の妻だった。


「お礼よ。命を助けて貰ったんですもの」

「構わなくて良いわ、それに良くないでしょう? 私に関わるのは」

「関係ないわ。あなたが戻って来てくれていなかったら……分かるわそれくらい」

「そう。それなら頂いておくわ」


 ルシアを見る女性の目にあのときのような脅えは無くなっていた。


「旅をしているんでしょう? あなたに神のご加護がありますように」

「ありがとう。あなたたちにも」


 そう言うとルシアは夜の街道に消えた。

 夫婦はルシアの姿が見えなくなるまで背中を見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ