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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第三十六話〈急報〉

「君のおかげで街に被害を出さずに済んだ、礼を言わせてくれ」


 キースは自分に肩を貸してくれている兵士を下がらるとシーナに深々と頭を下げた。


「私の力じゃないわ。兄さんが手を貸してくれなければ……」

 

 シーナがそう言って振り返ると、ひときわ背の高いエルフの男性が冷めた瞳でキースを見つめていた。彼に関わらずシーナ以外のエルフの人間に対する態度は同様であった。


「そうか……ありがとう。君たちのおかげで助かった街を代表して礼を言わせてくれ」

「お前らのためではない。故に礼の必要もない、我々は帰らせてもらう」

「兄さん……ううん、何でもないわ。ありがとう」


 兄と呼ばれた男はシーナの髪を撫でると城壁を飛び越えて城外へと出ていった。他のエルフたちも彼の後に続いて姿を消し、シーナだけがその場に残された。


「ごめんなさい。私が人馴れし過ぎているだけで彼らの態度が普通なの」

「気にしちゃいねえよ。人間とエルフの関係は昔から変わらない、むしろ手を貸してくれたことが奇跡だ」


 エルフは人間と深く関わることを望まない、ましてや利害の無い争いで人間に加担することなどありえないのだ。

 様子を見るにシーナの兄は族長かそれに匹敵する人物ということになる。


「シーナのお兄さんって……」

「そんなことよりルシア。あなたの剣、全然魔力が乗せられていないわ」

「それは……練習する暇なんてなかったのよ」


 兄のことを聞くつもりだったルシアは都合の悪い話にすり替えられ黙り込み、バツが悪そうに目を逸らした。二人が黙り込んでいると遠くから脳天気な声が聞こえた。


「ルシア! シーナもいたのか!」


 ゼラの治療を終えたシオンが北門へのやってきたのだ。彼は兵士に脇を抱えられたキースに目を留めると駆け寄った。そしてキースの胸元に右手を添える。


「君も重症じゃないか。怪我の程度で言えばゼラほどじゃないけれど、一歩間違えば大事だ」

「大げさだ。まあ教皇様がいてくれて助かっ……」


 皮肉を言いかけたキースは激しく咳き込み、その口元から血液を溢れさせた。


「神様がお怒りだ。僕はお気に入りだからね」


 シオンが空を指差しながらおどけた調子で言うと同時にキースの胸とシオンの手のひらの隙間から白く眩い光があふれ出した。


「どうかな? とりあえずは大丈夫だと思うけれど」

「こりゃ凄えな、お前本物だったのか?」


 怪我の調子を確かめるように自らの拳で胸を叩きながらキースが言う。


「酷いな……信じていなかったのかい?」

「担ぎ上げられただけの奴かと思ってな。とにかく助かった、まだ戦っている部下を放っておけねえから俺は行くぜ」


 キースは去り際にシオンの肩に手をかけて再び礼を告げると部下を引き連れて門へと走っていった。


「シオン。ゼラはもう大丈夫なの?」

「ある程度は治療したから大丈夫だよ。それより君は?」


 シオンがルシアの顔からつま先まで心配そうに見回す。


「ちょっと……シオン、良くないわよ」

「えっ? 何が……あ、あぁ、ごめんよ。そういうつもりじゃ……」

「イチャつくのは良いけど、私の心配はしてくれないのね?」


 二人の様子を見ていたシーナが茶化すと二人は慌てて彼女の方へ目をやる。


「本当に私の存在を忘れていたんじゃないでしょうね? 助けになんて来るんじゃなかったわ」


 ルシアとシオンは顔を見合わせてからばつが悪そうに俯いた。シーナはそんな二人を飽きれたような顔で見ると左右に首を振った。


* * *


 ラーゼへの襲撃はルシアたちや冒険者たちの奮闘により大きな被害を出すことはなかった。襲撃は続いていたが城壁の脅威となる魔物さえいなければラーゼの警備兵と冒険者たちだけで防衛は可能であった。

 そこへ一人の警備兵が息を切らせて駆け付けた。


「ルシア様! 皆様もルドルフ様からの伝言です。『至急リリア様の屋敷へ向かうように』とのことです!」


 警備兵はそう伝えると彼らの返事も聞かずにキースの下へと急いで向かって行った。


「行きましょう!」


 走り出したルシアの後に皆が続く、サーライトが動き出したであろうことを誰もが予感していた。

 北門からリリアの屋敷へ続く道はそう遠くない。

 屋敷へと続く道を折れてすぐに異変に気が付いた。屋敷の様子を(うかが)っていた冒険者のパーティーが屋敷の警備兵と戦いを繰り広げていた。


「加勢するわ!」


 冒険者たちのリーダーらしき男が戦いの手を止めることなく答える。


「俺たちに気にせず屋敷へ急げ! こいつらを殺すわけにいかないだけだ」


 彼らの前には数十の警備兵が気を失って倒れていた。確かに冒険者たちの顔には苦戦しているような様子は見受けられなかった。

 彼らの脇を抜けて向かった屋敷の門は開いたままになっていた。


「まるで入ってこいと言わんばかりね」


 シーナが呟く。

 門の周辺どころか中庭にも警備兵の姿は見えず辺りは静まり返っていた。一行が慎重に門を抜けて中庭へ侵入すると屋敷の二階、バルコニーに人影が現れた。


「エリオット……いいえ、サーライト」


 ルシアの声が聞こえたのか聞こえていないのか、バルコニーから彼らを見下ろすエリオットは不敵に微笑むと(うやうや)しく頭を下げてから部屋の中へと姿を消した。それと同時に屋敷の扉も開かれた。


* * *


 物音一つしない屋敷の中、ルシアの足はラーゼで初めてリリアと面会した広間へと向かっていた。


「ルシア、彼らがどこに分かっているのかい?」

「ええ……私が知っている場所はひとつしかないもの」


 大階段を上ると正面の扉にルシアは手をかける。上品に装飾された扉はわずかな抵抗を見せてから徐々に内側へと開いた。


「リリア?」


 広間の奥にある椅子にはリリアが腰掛けており、その横には執事のエリオットが立っていた。

 ルシアの声にリリアは反応しなかった。俯いている彼女の顔は美しいブロンドの髪に隠れてうかがうことはできない。

 ルシアは広間の中央まで進むと中程で立ち止まる。


「また勝手に入らせてもらったわ。良かったかしら?」

「ええ構いませんよ、私が呼び寄せたのですから」


 ルシアの皮肉にエリオットは表情を変えずに言葉を返し、二人は無言で睨み合った。そしてルシアの半身が沈んだと思った瞬間⸺

 耳障りな高音が部屋に響き渡る。


「いきなり失礼な方ですね」


 ルシアの細剣はエリオットが突き出した左手に触れる直前で見えない何かに阻まれていた。

 隙を窺っていたシーナがリリアの元へと高速で駆け寄る。エリオットの視線がシーナを追うと、シオンが複数の火球(ファイア・ボール)を放つ。


「小賢しい!」


 エリオットが細剣を受け止めていた手を払うように動かすとルシアは弾き飛ばされ、シオンの火球は全てかき消された。

 シーナがリリアに手を伸ばす。

 エリオットが右手をシーナの方角にかざすと彼女の体は強烈な衝撃に弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。


「あなたたちは一体どういうつもりなのですか? リリア様を危険に曝すとは」

「笑わせないで。あなたに言われたくないわ、エリオット……いいえ、サーライト」


 ルシアが鼻で笑い飛ばすとエリオットはリリアに近づき彼女の肩に手を添えた。


「気が付かれていましたか」


 サーライトが不敵に笑みを浮かべる。

 いつの間にか鋭く伸びた爪がリリアの白い首元に食い込んでいた。


「忌まわしい黒髪め。大人しく朽ちていけばいいものを」

「あなたの飼い主も黒髪でしょう? とっくの昔に朽ちているみたいだけれど」


 サーライトが一瞬表情を曇らせるが、すぐに顔を伏せてからくぐもった笑い声を漏らす。


「実に下らない。人間などとこれ以上問答をするつもりはない、お前の命は貰う」


 ルシアはサーライトを鋭い表情で睨みつけたまま動かなかった。

 サーライトは無言でリリアに目を向ける。彼女の首へ爪がさらに深く食い込み溢れた鮮血がドレスの襟元を紅く染めてた。


「お前はどの道死ぬ。だがコイツが死ぬか生きながらえるかはお前次第だ」


 シオンは細剣を持つルシアの手が強く握られていることに気が付いた。

 そして彼女の肩に手を置く。


「行く必要はないよルシア」


 驚いたような顔でルシアが振り向く、シオンは彼女の肩から力が抜けるのを感じた。


「教皇とやらか、コイツを見殺しにしろという助言でもするのか? それならばそれで良い、お友達の死にゆく姿でも眺めているがいい」

「思いは……命を賭けた思いはまだ失われていないよ」


 シオンがリリアを指差す。正確には彼女の胸元に下がった魔石のネックレスを。

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