第三十五話〈救援〉
ルシアの危機にシオンが発動した大魔法は周囲の地形を変えるほど影響を及ぼしたが、奇跡的に冒険者たちへの被害は出ていなかたあ。負傷者を抱えていた冒険者たちをゼラが下がらせていたこいとで難を逃れることができたのだ。
「あいつ……何やってんだ?」
ルシアは負傷したゼラを連れて城壁の内側に戻っていた。
そこで目にしたのは警備隊に囲まれるシオンの姿だった。
「待ってくれ! 僕はみんなを助けようとしただけだ! 仲間を殺そうとなんてしていないよ!」
警備隊は彼の言い分を聞く耳を持たず、被害状況が分かるまで彼を拘束する様子であった。両脇を警備兵に抱えられたシオンは連行される直前だった。
「助けなくて良いのか? 関心はしねえが、お前のためだぞ」
「……あぁもう! 面倒ね!」
ルシアとゼラがシオンを連行しようとする警備隊に近付くと指揮官が気が付き目を丸くする。
「お前ら生きていたのか! あれを食らって!」
指揮官の言葉を聞いてシオンが振り向き、警備隊を振り切ろうとしたがすぐに組み伏せられた。
「ゼラのお陰でね。それよりその人は?」
「考えも無しにあんな大魔法を発動したんだ、仲間が巻き添えになっている可能性がある。確認ができるまで拘束する、被害があればそのときはそれなりの処分をする」
「待てよ、それなら問題は無いと思うぜ。やつらは負傷者をか抱え込んでいたんで俺が事前に下がらせた、被害は出ていないはずだ」
ルシアが指揮官を見て申し訳なさそうに首をすくめて見せると、彼はシオンを拘束している兵士たちに目配せをする。
「はぁ……お前らはギルドマスターのお墨付きだ、嘘を付いてないことを願ってるよ。そいつを離してやれ」
シオンは拘束を解かれると立ち上がって衣類に付いた土を払う。
「助かったよルシア、君たちが無事で良かった」
シオンは泣きそうな顔でルシアに近付くと彼女の両肩に手をかけて怪我が無いか全身を見る。
「私はね。でもゼラは重症よ、私を庇ったせいで……診てあげて」
「ゼラが?⸺」
鎧と盾に隠れて分かりにくいがゼラの左腕は酷い有様で、シオンが盾を外そうとするとゼラが顔をしかめた。
「ゼラ……これは相当酷いじゃないか。何でそんな平気な顔をしていられるんだ君は」
「そうかい? まあ恩人の命を守ったんだ名誉の負傷ってやつさ。誇らしいくらいだ」
軽口を叩いてはいるが骨も腱もズタズタに損傷し皮膚から骨の一部が露出していた。普通に考えれば全快は絶望的と言えるような怪我だった。
「ゼラ……言いにくいけれど状態は最悪だよ。このままでは完治は難しいと思う」
「鍛冶屋は廃業か?」
沈黙が流れる。
「そうだね。仕事はしばらくは休んでもらうことになるよ」
「しばらく? 完治しねえんだろ、満足に動かねえ腕で鍛冶屋が務まるかよ」
「〝ここでは〟ってことだよ。アステリオで僕の治療をちゃんと受けてもらえるなら可能性は高いよ」
アステリオでは神の加護が万人に強くもたらされる、シオンの魔力もゼラの自然治癒力も格段に高まる。一筋縄ではいかないが、そこでなら時間をかけて元通りに治せる可能性が高かった。
「そうか……すまねえな。お前にも借りができちまうな」
「まだ治せたわけじゃないし、ルシアを守ってくれたんだ。僕の方こそゼラには感謝しないとだ」
そのときだった、にわかに城壁の上が騒がしくなりその場にいた全員が目を向けた。城壁の上の兵士たちが北の方角を指差しているのが見え、北門の城壁から黄色の狼煙が上がっているのが見えた。
「何があった!」
指揮官が城壁の上から駆け降りてきた兵士を捕まえて問い詰める。
「分かりません! 伝令も来ていませんので私が直接確認を!」
「クソッ! 早く行け!」
指揮官は近くの兵士たちに隊を編成して救援を送るように指示を出していた。ルシアたちのことは既に眼中に無いようだった。
「私は先に行くわ。シオンはゼラを診てあげて」
「分かった。手当が済んだらすぐに後を追う、僕もゼラもいないんだ気を付けてくれよ」
ルシアは真剣な表情で頷くと北門に向かって走り出した。
戦闘が始まってから街の中を初めて見たが、思っていたよりも危険な状況になっていた。飛来した魔物によって襲撃されており、守備の手薄な東西から街を襲撃していたのだ。
警備兵は城壁に群がる魔物の群れを相手にするのに手一杯で、街の中まで手を回せていなかったのだ。
〈でも思ったほど混乱はしてないみたい、一体どうして……〉
「ルシアじゃない! 南は片付いたのかしら?」
どこからともなく声をかけられ思わず足を止めた。周囲を見回すが声の主は見当たらなかった。
「上よ、上」
「シア! 危ないわよ、そんなところで」
慌てて見上げると、ギルドの受付嬢をしているはずのシアが建物の屋根の上で水色のショートヘアを風になびかせて立っていた。
「危ない? 冗談言わないでよ」
シアはそう言い放つと、飛来する魔物の群れに氷のランスを一本放つ、ランスは魔物たちの直前でいくつもの小さな破片に分裂して彼らを一掃した。
「受付嬢は〝今〟の仕事、元々は私も冒険者の方よ。そんなことよりのんびり見ていていいの? 街の中は私たちに任せなさい誰も死なせないわ」
『たち』と言ったシアの言葉に目を凝らすと、そこかしこの屋根の上に獣人たちが身を屈めて空を見上げており、そこにはルシアが以前に助けた獣人の夫婦もいた。
ルシアはシアに微笑むと再び走り出した。
* * *
北門の城壁に辿り着いたルシアは、その光景に息を飲んだ。
魔物の数は南門とそう変わらないが群れの中にはサイクロプスが四体含まれていた。一体は片足を切り落とされ頭を二つに割られた状態で地に伏していた。
キースはその死体の近くで別のサイクロプスと交戦中だった。
ルシアの立っている城壁にも目前までサイクロプスが迫っており、これ以上の接近を許せば城壁は抜かれてしまう状況だった。
〈私一人でどうにかなるとおは思えないけれど、時間さえ稼げれば……〉
城壁の上から飛び立ち魔法陣の足場を使ってサイクロプスへと向かうルシアの姿をキースは横目で見ていた。
〈俺が不甲斐ないばっかりに……すまねえな〉
ルシアの攻撃はサイクロプスに致命傷を与えられないものの、足を止めさせることで城壁への接近を防いでいた。
しかし一体のサイクロプスは足止めされることもなく北門へ迫りつつあった。
「クソッ! 時間がねえんだ、邪魔をするな!」
キースの大剣が群がる魔物をまとめて薙ぎ払った。キースの攻撃で深手を負ったサイクロプスは、怒りに任せて周囲の魔物ごとキースを叩き潰そうとするが、彼は巧みにかわして応戦していた。
隙を突いた彼の一撃はがサイクロプスの腹部を切り裂き、吹き出した血液が地面に血溜まりを作る。地に両膝を付いたサイクロプスの脇腹に更に大剣が叩き込まれる。
「終わりだ! とっとと逝け!」
キースの追撃に堪らず右手を地に付き頭をうなだれたサイクロプスの首元にキースの斬撃が放たれた。しかしサイクロプスは左手の拳でキースを殴りつけた。巨大な首が落ちると同時にキースの体は激しい衝撃と共に吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。
剣を支えに立ち上がろうとしたが、彼は激しく咳込むと大量の血を吐き地面に膝を付いた。内臓と肋骨への損傷が激しくまともに動ける状態ではなかった。
「キース!」
地面に叩きつけられたキースを見たルシアが叫ぶが、隙を与えれば城壁を抜かれる状態で彼女も助けに行くことはできなかった。
交戦中サイクロプスは両手の指趾を失い棍棒を持つことができなくなっていた。それでもルシアを捕まえようと必死に襲いかかるが宙を駆け回るルシアに翻弄され足を留められていた。
しかし北門には誰にも止められることの無かったサイクロプスが到達し、城門を破壊せんと咆哮を上げながら巨大な棍棒を振り上げていた。
「クソッ! 街に入られるのだけでも阻止しねえと……」
キースは数歩進み、その度に血を吐き出し歩みを止める。彼に気が付いた冒険者たちに脇を支えられ、遙か先にいるサイクロプスを恨めしそうに睨んだ。
巨大な棍棒が城門目掛けて振り下ろされた。
* * *
城門は無傷のまま、地面にはサイクロプスの手首が付いたままの棍棒が転がっていた。
「なん……だ、今のは」
棍棒が振り下ろさた瞬間、キースの上空を猛烈な勢いで炎を纏った小さな竜が長い尾を引いて通り過ぎた。
「あれは……」
ルシアの瞳は魔物たちの後方、北東の方角にいる一団を捉えていた。数こそ多くはないが緑色の髪に独特の防具、そして皆が弓を携えて立っていた。
先頭に立っていた女性が天に向かって緑色に輝く弓を放つとそれは夜空に飲み込まれ、無数の星となって地上に降り注ぎ魔物の群れを撃ち抜いた。
「来てくれたのね、シーナ」
一団は疾風のごとく速さで戦場を駆け抜けると、軽々と城壁に飛び乗り弓を構えると迫る敵を次々と射抜き始めた。
ルシアもシーナの助力で最後のサイクロプスを片付けた。
「来てくれて良かった……本当に」
「間に合ったみたいで良かったわ。でもルシア、あなたはまだまだみたいね」
嬉しそうにしていたルシアの表情がうんざりした表情に変わるのを見るとシーナは楽しそうに笑った。
空が白み始める中、二人は抱き合い再び城外へと目を向ける。
「ルシア、まだ終わっていないわよ」
「そうね。残りを始末しないと」
シーナが背中から弓を取り構えると、ルシアは城外へと飛び降りてキースいるの方向へと走り出した。




