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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第三十四話〈ラーゼ強襲 -後編-〉

 敵の攻撃が散発的になった深夜、冒険者たちは入れ替わりでわずかばかりの休息を取っていた。ルシアとゼラは彼らの穴を埋めるべく奮闘していた。


「ったくよ! こいつら減りゃしねえな!」


 ゼラが愚痴りながらゴブリンの頭を手斧で叩き割り、飛びかかって来た一匹をシールドで叩き落とした。

 ルシアは高速の剣さばきで敵を一切寄せ付けていなかった。


「おいっ! ルシア!」

「限界? それなら私に任せて鍛冶場に戻っても良いわよ?」

「そうじゃねえ! あっちだあっち!」


 攻め寄せる魔物の群れの奥、そう遠くない距離に巨大なシルエットが浮かび上がっていた。恐らくルシアたちの本命だった。


「よく見えないけれど城壁と同じかそれ以上の大きさね」

サイクロプス(一つ目)か……初めて見るぜ」


 同族の死をいとわない魔族は、乱戦中の冒険者たちを魔物もろとも叩き潰すだろう。

 城壁の守り同様、冒険者たちにも近付かれるわけには行かなかった。ルシアたちは魔物の群れを掻き分け!自らサイクロプスへと近付いて行った。


「ルシア、ゼラ、無理をしないでくれ。僕は君たちを失いたくない……」


 ルシアたちの行く手を遮ろうとする魔物たちが、火炎柱(フレイム・ピラー)によって焼き払われた。


* * *


 サイクロプスはラーゼの城壁を超える身長に身の丈ほどの棍棒を持つ。一体でも見逃せば城壁を抜かれるのは必至だった。


「こいつはすげぇな……」

「こんなのと戦うなんてうんざりするわね」

「とはいえ、任されちまったからには仕方ねえな」


 見上げる二人をサイクロプスが捉え、彼らを踏み潰そうと足を上げる。

 二人は足の影から遠ざかるように左右に飛び退いた。勢い良く下ろされた足は彼らを捉えることは無かったが、地震の如く大地を揺るがした。


「こんなんじゃ蚊が刺した程度だ! 意味がねえ!」 


 サイクロプスの足元を駆け回りながら手斧を叩き込みゼラが叫んだ。

 皮膚は分厚く、まるで大木に斧を振るっているかのような感触だった。


「すまねえ俺じゃダメだ! ルシア、お前が頼りだ」

「頼りにしてもらって悪いけど私も同じよ!」


 魔法で形成した足場を使って空中を飛び回るルシアの攻撃も深手には至っていなかった。

 シオンも魔法で援護をしてくれているが、致命傷になりそうな魔法は巨大な棍棒で打ち払われ、それ以外の魔法はまるで利いていないようだった。 


「意外と賢いわね魔物の癖に」

「それにあれを見ろよ。傷口が治りかけてる」


 ルシアの攻撃でえぐられた傷口がすでに塞がりかけていた。

 サイクロプスは二人には目もくれず、再びラーゼに向って進み出した。


「俺たちじゃ相手になんねえってよ」

「バカにされたものね……見ていなさい」

「ルシア気を付けろ。無茶すんなよ!」


 ゼラの言葉が届いていたのかどうかは分からないが彼女は振り向くことなく、ラーゼヘと向かうサイクロプスの後を追った。


* * *


 ゼラは雑魚に阻まれ、サイクロプスを追ったルシアに遅れを取っていた。二人はラーゼと冒険者たちに大型の魔物を近付けないという目的のため突出して戦う必要があった。


「クソッ! これじゃあ全然追い付けねえぞ!」


 ゼラは苦戦こそしてはいないが敵の数に翻弄されていた、ルシアはサイクロプスに追いつき足止めに奮闘していた。

 しかし彼女の攻撃はサイクロプスの皮膚をえぐる程度には通るが歩みを止めるほどの威力は無かった。


「どうすれば……」


 サイクロプスの動きは体に似合わず機敏で攻撃の速度も早かった。しかし不意でも突かれない限りルシアにとっては問題はなかった。

 足場としている魔法陣の上にいたルシア目掛けて薙ぐように左腕が通り過ぎ、身を屈めてかわしたルシアとサイクロプスの目が合うと彼女は何かを思いついたかのように笑みを浮かべた。


〈シオン、あなたなら気付いてくれるわよね〉


 サイクロプスの攻撃をかい潜り、その〝一つ目〟に突きを放った。

 ルシアの攻撃は咄嗟に閉じられたまぶたを貫通して眼球に達した。サイクロプスは雄叫びを上げると地面に膝をつき、両手で目を押さえると大人しくなった。

 ルシアは羽のように静かに降り立つと城壁に向かって走り出した。


「ルシア、やるじゃねえか! 何で走ってんだ?」


 やっとのことで追いついたゼラが走り出したルシアを追いながら問いかけた。


「死んだわけじゃないわ! 急いで離れないと下敷きよ!」

「おぉ……う。なんだか分からねえが、分かった!」


 そのとき二人の背後で再び咆哮が上がり、激しい振動が大地を揺るがし始めた。視力を失ったサイクロプスがに正面に向って全力で走り出したのだ。


「冗談じゃねえぞ! さっきより状況が悪いじゃねえか、どうすんだ!」

「そうでもないわ! シオンが気づいてくれればね!」


 シオンはラーゼに迫るサイクロプスを捉えていた。ルシアがサイクロプスの眼球を狙って攻撃したことも。


「どうして君は無茶ばかりするんだ。僕が気付いていなかったらどうするんだ……」


 そうボヤくとシオンは目を閉じて詠唱を始めた。

 大気中のマナが天色(あまいろ)の結晶となって彼の周囲に集まり浮遊しだすと、ゆっくりと顔を上げた。


「ゼラっ! あいつから離れるわよ!」

「おう、分かった!」


 サイクロプスの動線から外れるように二人は左右に別れて走り続けた。


大地の牙(アース・ファング)!」


 シオンが発声すると地鳴りと共に地中から現れた巨大な岩の刃がサイクロプスの腹部から背中までを貫いた。

 しかしサイクロプスは岩の刃を拳で砕き、さらに前進しようとする。


「すまないね……君を進ませるわけにはいかないんだ」


 シオンがそう言うとサイクロプスの四方八方から次々と岩の刃が現れて彼を串刺しにした。断末魔と共に大量の血を吐き出すと絶命した。


* * *


「敵ながらひでえ最期だな、ありゃ」

「私たちも棍棒を貰ったら似たような死に方をするわよ」

「勘弁してくれよ……まだ残ってんだからよ」


 ルシアは怯えるゼラを笑いながら、左翼の冒険者たちに迫るサイクロプスへと向って走った。


「さっきと同じ要領でやりましょう!」

「おう! だけど気を付けろよ、こっちは空に敵が多い!」


 ゼラの声がルシアに届いたかどうかは分からないが、右翼とは違い空を飛び回るガーゴイルやグリフォンの数が多く城壁の兵士や魔術師たちも対応に追われていた。

 そのため地上への援護は十分に行われず、冒険者たち苦戦を余儀なくされていた。


「ゼラ、彼らを手伝ってあげられる?」

「それは構わねえが、ルシアはどうするつもりだ」

「あいつを引き付けるわ。心配しないで、大丈夫よ」


 彼女はそう言うとゼラの返事を待たずに魔物の群れを巧みに避けながらサイクロプスの下へと向かった。


「おい、一人で行くな! ちくしょう!」


 ゼラはルシアを追おうとしたが、負傷した者を守りながら戦う冒険者たちが目に止まった。


「クソッ! お前ら、こいつらの相手は俺がする。そいつを連れて早く下がれ!」


 再びルシアに目を向けたとき、彼女は足場を形成してサイクロプスの周囲を飛び回っていた。襲いかかるガーゴイルに手を焼いているようだった。


「邪魔をしないで!」


 サイクロプスの隙を突いて攻撃をしようとするがガーゴイルがそれを阻止した。彼らは自由に空を飛び回りルシアの死角から飛びかかってくる、ルシアはどちらにも集中できずに追い込まれ始めていた。

 そのとき硬石短矢(ロック・ボルト)がルシアの周りを飛び回る魔物を撃ち落とした。シオンは遠目から辛うじてルシアを視認していた。しかし右翼の敵を放っておくわけにも行かず援護は散発的になっていた。


〈大丈夫、街は守って見せるわ〉


 上空の敵が一掃されルシアは再びサイクロプスに猛攻をかける。空間を縦横無尽に駆け回るルシアに苛立ちを覚えたのか、サイクロプスは闇雲に棍棒と手を振り回し彼女を捉えようとしていた。

 ルシアを掴もうと伸ばした左手の指が数本吹き飛ばされサイクロプスが唸り声を上げ、充血した一つ目がルシアを睨みつけた。


「残念だったわね、でともう終わりよ!」


 魔法陣を垂直に展開し勢い良く蹴った瞬間、ルシアの背後から甲高い咆哮が聞こえ彼女が振り返る。

 グリフォンの鋭い爪が目前まで迫っていた。


「ルシアッ! あぶねぇ!」

「ダメだルシア! 避けるんだ!」


 ゼラとシオンが叫ぶ。

 ルシアは空中で体を反転させて細剣でグリフォンの爪を打ち払う、鋭い金属音とグリフォンの奇声が響き渡った。グリフォンはそのまま通り過ぎ上空へと去って行ったが危機はそれだけではなかった。サイクロプスも隙を見逃さず猛烈な勢いでルシアへと棍棒振るっていた。


「そんなことはさせないぞ!」


 迫る棍棒とルシアの間に三つの魔法障壁(マジック・シールド)が展開された。

 一つ二つと魔法障壁はガラスのように砕け散り、三つ目がミシミシと音を立てながらわずかに堪える。しかし亀裂が入ったかと思うと抵抗も虚しく粉々に砕け散った。


「ルシア、諦めるな! 避けてくれ!」


 シオンの声は彼女には届いていない。

 それでも城壁から身を乗り出しいる彼の姿がルシアにも遠目に見えていた。


「シオン、ありがとう……ごめんなさい」


 ルシアの体に全身の骨を砕くかのような衝撃が走り、猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 

* * *


「すぐに死ぬわけじゃないのね……」


 背中に重い感触を感じながら星空を眺めていた。酷くゆっくりとした時間に感じられた。


「そらぁな、当たっちゃいねえから死にはしねえよ。それよりどう着地すっかな」

「──!?」


 今になって腕を掴まれていることに気が付いた、ゼラだった。

 彼はルシアの背後に迫るグリフォンに気付いたときにルシアが魔法で作った足場をよじ登り彼女の下へ向かった。しかしそれだけでは到底間に合わなかった、シオンの魔法障壁が稼いだ時間が明暗を分けたのだ。

 彼は迫る棍棒とルシアの間に滑り込み左手のシールドで受け止めた。


「ゼラ、何で……」

「言っただろう借りはまだ返せていないんだ、お前のためなら命だってくれてやる」


 シールドはサイクロプスの攻撃を防いだが、その衝撃を全て受けたのはゼラ自身だった。彼の左腕はズタズタだった。

 二人は彼らに気が付いた冒険者たちによって事なきを得た。無事に介抱された彼らがサイクロプスに目を向ける。


「おい、サイクロプスは……」

「私たちの出番は……無いみたいね」


 先ほどまで戦っていたサイクロプスの上空には巨大な炎が渦巻き、無数の火球が地面に降り注ぎ始めていた。


「シオン……」

「あいつ……何してんだ。ルシアがやられたと思ったんじゃねえか?」

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