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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第三十一話〈確信〉

 久々に再会した三人はタリアの店でくつろいでいた。この店は昼食や夕食時を除けばほとんど客はおらず、ゆっくりと過ごすには好都合なのだ。


「何でそんな格好で来るのよ、新教皇様はただでさえ注目の的なのよ?」


 ルシアはハーブティー飲みながら、シオンに責めるような視線を向けた。

 彼は大きくため息を吐くと被っていたズケットを脱いでテーブルの上に放り投げた。


「僕だって好きで着てきたわけじゃないよ、枢機卿がどうしても着ていけってうるさかったんだよ……危うく護衛も付けられるところだったんだ」


 シーナが隣で押し殺したように笑う。

 シオンは土下座をする勢いで今しばらくラーゼに滞在することを願い出たのだ。

 枢機卿は強く拒否を示したが何とか押し切ったが、条件として法衣の着用と護衛をつけるよう言われた。


「それで護衛の編成が検討されているうちに抜け出してきたってわけ」

「呆れた……場所も分かっているし、すぐに追いつかれてしまうでしょう?」

「きっと大丈夫だよ、彼は(さと)いから分かってくれるはずさ」


 それからシオンはシーナ預けていた荷物を受け取ると奥の部屋を借りて引っ込んで行った。


「シーナ、道中異変はなかった?」

「異変? 魔物とは何度か戦ったけれど、大したことなかったわ。あなたの方は?」


 ルシアはラゼリオ邸であったこと、ギルドが調査に乗り出していることを手短に伝えた。

 シーナは真剣に話を聞いた後、しばらく何かを考えてから席を立った。


「ルシア、悪いけれど少しの間また街を出るわ。あなたも感じているでしょうけど嫌な予感がするの」

「……あなたが残ってくれた方が心強いけれど、考えがあるなら止めないわ」

「ありがとうルシア。なるべく早く戻るから」


 シーナはそう言うとタリアの店を出ていった。

 程無くしてシオンがいつもの服装に着替えて奥の部屋から出てくると周囲を見回していた。


「彼女ならしばらく街を出るって」

「そんなことは一言も聞いていないけれど急だね、何かあったのかい?」

「サーライトのこと見当が付いたの……と言うより間違いないわ」

「ちょっと待ってくれよ、いつの間にそんなことになってるんだ? 冗談だろう?」


 ルシアはシーナに話したことと同じ内容をシオンにも伝える、その話を聞いたシオンはうな垂れて頭を抱えた。


「ラゼリオ家に潜り込んでいたとはね……それでどうするつもりなんだい?」

「リリアも屋敷から出られていないみたいだし、屋敷の様子が分からないんじゃ適当なことはできないわ」

「リリア様だけでも屋敷から連れ出せれば良いんだけれどね」

「あのとき〝エリオット〟からは魔力を感じなかったわ。どうやって私の侵入を感知して、護衛兵たちを操っているのかしら?」


 シオンは顔を上げると勝手に納得した様子で頷いてから言葉を続けた。


「それは不思議だね。その辺はギルドでも調べはつかないだろうから僕が調べてみるよ」


 二人がひと息ついたタイミングでクッキーとカフの入ったカップが二人の前に置かれた。


「とても美味しそうだけれど頼んでいないわ」

「彼からの心付けよ、気にしないで」


 タリアが飲み終わったティーカップをトレイに乗せながらウインクして見せた。


「僕も頼んだ覚えはないんだけど……」

「あら、女の子に時間を取らせておいて何もしてあげないなんて酷い教皇様ね」


 狼狽した表情を見せてから天を仰いだシオンを見て、ルシアとタリアは愉快そうに笑った。


* * *


 月は厚い雲に覆われ弱々しい街灯だけが街を照らしていた。

 そんな中、ラゼリオ邸の庭園は表も裏も煌々(こうこう)と篝火が焚かれており、まるで何かに備えるかのように多くの警備兵が巡回をしていた。


〈異常な数の警備だな、それに彼らの動き……〉


 ラゼリオ邸を見下ろせる建物の上からシオンは様子を伺っていた。

 警備兵は誰一人として立ち止まったり言葉を交わす様子がなく、決まった巡回ルートをひたすら巡回しているかのように見えた。

 確かにルシアの言う通り魔族の持つような邪悪な魔力は感知できなかった。しかしラゼリオ邸周辺を包むわずかな魔力にシオンは気がついていた。


〈慣れていなければ感知できないほどにわずかだ、この程度の魔力でこれだけの人数を操れる……そんなことがあるだろうか? それに魔力の出処も定まらない〉

「それは術者が直接関与していないからだろうよ」 


 シオンから少し離れた位置で突然声が聞こえた。

 瞬時に飛び退いて距離を取ると声の主に杖を向ける。


「誰だっ!」


 人がうずくまっているよう小さな影が暗闇の中に浮き上がる。

 影シオンの問いかけに身じろぎ一つせず、しばしの静寂が訪れた。

 シオンはジリジリと影に近付きながらもう一度問いかける。


「君は誰だ、戦う気がないなら返事をしてくれ」


 影の主が鼻で笑うような音を出すと、ゆっくりと立ち上がりシオンの方へと振り向く。

 目が慣れているとはいえ月明かりもない暗闇、相手はローブを纏っておりその顔は見えなかった。


「覚えちゃいないかね、あんたとは獣人の一件以来だからね」

「獣人の一件……あのときの魔女なのか?」

「あたしゃ魔女なんて一度も名乗ったことは無いがね」


 彼女はソロソロと屋敷の方角に向かって屋根の縁へと歩き出した、シオンも彼女に並ぶように進む。


「あんたは魔力も素質もあるのに察しは悪いね」

「あなたなら分かるのかい? あの魔力の正体が」


 魔女は庭園を指差しながら話し始める。


「魔具が埋められているのさ、屋敷を中心に五芒星魔法陣の頂点にね。そいつが特定の対象から魔力を奪って一度かけた魔法を維持してるのさ」

「サーライトから奪った魔力を対象者にかけられた魔法に再分配して維持をしている……そういことなのか?」

「そんな魔具は聞いたこともないけどね。三千年の間にどうにかできないことでもないだろうさ」


 シオンの隣から何かが羽ばたく音が聞こえた。

 彼が目を向けると魔女の姿は無く、雲の合間から顔を覗かせた月に向かって一羽の(からす)が飛び立って行った。


「魔具……屋敷を中心に五芒星魔法陣か」


 烏から屋敷へと視線を移す。

 警備をよく見ると何もなさそうな場所に五名程度の警備兵が固まって配置されていた。目に見えるだけで四箇所、魔女の言う通りならもう一箇所は屋敷の裏手になるだろう。


「ひとまず戻って対策を考えよう」


 シオンが居た屋根を屋敷の窓からエリオットが見つめていた。


「急がねばな、面倒なことだ」


* * *


 翌日の昼過ぎにルシアとシオンはギルドマスターのルドルフによって招集されていた。

 部屋にはルシアたちの他に受付のシアと警備隊長のキース、そしてギルドでは見知ったパーティーの面々がいた。恐らく彼らこそルドルフが何かと重用しているパーティーなのだろう。


「これで全員かな?」


 ルドルフが集まった顔ぶれを見回し、ひとつ咳払いをすると言葉を続けた。


「ルシア、シオン。いや教皇様の名前を呼び捨てとは失礼だったかな?」

「構いませんよ。今はシオンとしてここに居ますから、それにそんなこと思ってもいないでしょう?」


 シオンが答えると周囲から笑いが起きる。


「すまないな、それでは話を続けさせてもらうぞ。ルシアとシオン、君たちの話を彼らにも共有して構わないかな? ここにいるのは信用できる者たちだけだ」

「ええ構わないわ。この件はもう私たちだけのことではないもの」


 ルドルフはルシアの返答を聞くと頷いた。

 共有されたのは黒髪の伝承が改ざんされていたということ始め、ラゼリオ邸の執事であるエリオットが四天王の生き残りであるサーライトではないかということだった。

 ラゼリオ邸の異変には誰もが気が付いていたようだが話がエリオットの正体について話が及ぶと、真実を知らない者は驚いた様子を見せた。


「つまりリリア様は人質で我々も下手な真似はできない。だがサーライトは発覚を懸念して魔力を抑えている、シオンの話によれば隠された魔具さえ排除できれば警備兵を正気に戻し、気づかれずに屋敷に忍び込めるということだ」


 しかしそれには問題があった地中に埋められた魔具をどのように探すのかということだ。

 魔具の大体の位置は警備兵の配置で分かる。シオンが近付くことができれば探知のしようもあるが近付いた時点でサーライトに発覚してしまう。ましてや付近の警備兵を無力化していれば目的も知られてしまうだろう。


「難しいね。サーライトも気づかれていることは知っているはず、何もことを起こさないわけが⸺」


 シオンが話していると扉の外から複数の荒々しい足音が聞こえ部屋の手前で止まった。

 皆が誰もが扉に注目した。


「ルドルフ様、キース様! 緊急事態です!」


 キースの様子からラーゼの警備隊の声であること、そして切迫した状況であることが伺えた。

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