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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第三十話〈異変〉

 若干二十一歳の新教皇、シオン・ルベリオの名前は瞬く間に全土に広まった。

 前教皇が崩御して以来、宗教都市アルベリオを保護していた結界は著しく弱まっていた。しかし新教皇即位の式典でシオンはこれまでに無いほど力強く強大な結界を張り直した。

 そして人々を驚かせたのはシオンが語った魔王ベルファリスにまつわる黒髪の伝承についての真実であった。


「そいつは面倒な話だな……」

「闇雲に探し回っても見つかる相手じゃなさそうだしね」


 ロビーの片隅でルシアとバルドーは朝食をとりながら、伝承の真実についての話しをしていた。

 バルドーは自分の頬髭を手で擦りながら何かを考えていた。


「そのサーライトっていうのは俺かもしれねえってことだな?」

「違うと思うわ」


 バルドーの質問にルシアがパンを千切りながら即答した。


「何でそんなことが分かるんだ?」

「三千年も姿をくらましながら伝承を改ざんし続けたのよ。敵とは言えバカではないわ」

「それが俺じゃないという確証にどう繋がるんだ」

「知的な見た目をしていると思うの」

「なん……」


 閉口したバルドーを横目にルシアはスープに浸したパンを口の中へ放り込んだ。

 それから彼は伝承のことには一切触れず、ツァルクベルグ山での出来事を興味深そうに聞いていた。


* * *


 朝食を終えたルシアはギルドで依頼の物色をしていた。そんなルシアの背中を眺めながらカウンターからシアが話しかける。


「今更何をそんなに吟味してるのよ、あなたなら大抵は問題ないでしょう?」

「そうね、受ける依頼は何でも良いんだけれど色々と気になってね」


 新教皇が式典で語った真実はサーライトにとって都合が悪い。

 もしも彼が存在するのであればシオンの存在は邪魔だ。排除を企てるだろうが強い魔力を持ち魔法に長けた彼が突然いなくなれば、強大な力が関与したことを悟られてしまう。

 自分の存在が露見するような真似を避けようとすれば、自然な形で彼を排除する必要があるのだ。

 反乱や事故、大量に発生した魔物の討伐、とにかくシオンが何かに巻き込まれる形で始末する方が面倒が少ないのだ。


「ねえシア、依頼以外に何か変わった話とかないかしら?」

「変なことを聞くわね、別に良いけど。とは言ってもあなたのお友達の教皇就任くらいね、変わった話って言うなら」

「そう……それなら良いわ」


 去ろうとするルシアを何かを思い出したような表情でシアが呼び止めた。


「そういえば、最近はリリア様を街であまり見かけなくなったわ。体調でも崩されているのかしら」

「私も一度呼び出されて以来会っていないわね。後で挨拶がてら様子を見てくるわね」

「お願いねルシア」


 ルシアはラゼリオ邸に向かう並木道を歩きながら、突き当りにある広大な邸宅を見ていたが違和感を感じていた。

 門に近付いてその違和感に気がついた、いつもはいるはずの警備兵が一人もいなかったのだ。門には鍵がかかっており声をかけても人が出てくる気配はなかった。


「門どころか中庭にも警備兵どころか庭師や使用人も見当たらない……そんなことがあるのかしら?」


 周囲を見回すと巨大な門の脇に鉄板と鋲で補強された小さな扉が備え付けられていたが、そこにも鍵がかけられ微動だにしなかった。

 ここは一本道で普段は市民が近付くような場所でもない。ルシアは五メートル近い高さの門を見上げると足をかけて難なく飛び越えた。


〈まるで人の気配が感じられないわ、このお屋敷に人が見当たらないなんてことがあるのかしら〉


 中庭を一回りしてから屋敷の周囲を見回る。

 屋敷の窓は全て締め切られカーテンが引かれていた。大扉のある玄関の前に立ち、意を決してノックしようとしたその瞬間だった。


「ルシア様ですね」


 背後から妙落ち着いた声で名前を呼ばれた。


〈気配を全く感じなかった、それにこの感覚……〉


 ルシアが振り返ると銀髪に長身の若い男性が立っていた。以前に一度だけ目にしたことがある、リリアに謁見した際に執事としてリリアの隣に立っていた男性だった。


「お邪魔しているわ、あなたは確か……」

「これは失礼いたしました。私はこの屋敷で執事をしておりますエリオットと申します」

「エリオット……そう、よろしくね」


 彼はルシアに向かって深くお辞儀をしたが胸がざわつくような感覚、何より無防備に見えて一分の隙も見られなかった。


「ルシア様、それはそうと何故このようなところに?」

「リリアに会いに来たのよ。門には警備兵もいないし声をかけても反応がなかったから勝手に入らせてもらったわ」

「それは失礼いたしました。しかし勝手に入られては困りますね」

「それは悪かったわね。それでリリアはいるのかしら?」

「それが……長らく体調を崩しておられまして、今はお会いすることができないのです」


 ルシアは屋敷を見上げると鼻で笑った。


「その割には辛気臭いお屋敷ね。窓もカーテンも閉め切って、少しは空気の入れ替えでもして差し上げた方が良いんじゃない?」

「確かにおっしゃるとおりですね。使用人たちに伝えておきましょう。それはそうとお引き取り願えますか?」


 エリオットが号令をかけると屋敷の扉が開かれて警備兵がルシアを取り囲んだ。兜で覆われた顔から表情は読み取れないが、感情の感じられない淀んだ瞳がルシアを見つめていた。

 ルシアはエリオットに微笑みかけると前方に立ち塞がる二人の警備兵の胸元を押しのけて門へと向かって歩き出した。


「お邪魔したわね。今日のところは帰ることにするわ、リリアによろしくね」

「ご足労いただいたのに申し訳ありません。リリア様にはお伝えしておきます」


 先程までは居なかった警備兵が門を開いてルシアを外へと促した。

 門を出てしばらく歩いてから屋敷を振り返る。いつものように警備兵が各所に立ち、庭では庭師が(せわ)しなく植え込みの手入れをしていた。

 カーテンが開かれた屋敷の窓には使用人たちが行き来する姿が見えた。


〈まるで隠す気もないのね……それとも隠す必要が無いということ?〉


 並木道に植えられた落葉樹が色づき始め、灰色に染まった空がリリアの無事を願うルシアの不安を一層募らせた。


* * *


 ルシアはその足でギルドに赴きシアにありのままを伝えた。彼女は一言だけ『やはりね』と答えると、ギルドでも調査をすると言って奥の部屋へと引っ込んで行ってしまった。


〈あの様子だとギルドも疑っていたのね……調査は任せておきましょう〉


 ギルドから出ると北門の方角がにわかに騒がしくなった。トラブルというよりも歓声のように聞こえた。


「何かしら? こんなときにおめでたいことね。まあいいわ、今回のことはゼラにも話しておいた方がいいわね、キースには……ギルドから連絡が行くわね」


 ゼラの工房に近付くにつれて人は増えていき、前に進むことすらも難しくなっていた。

 そのとき前方から怒号が聞こえた。


「パレードじゃねえんだ道を空けろ! しょっぴくぞ! 散れ!」


 それはキースの声だった。姿は見えないが必死になっているであろう彼の姿を想像してルシアは吹き出した。


「ルシアっ!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 前方の人混みが開けると怒りに満ちたキースの顔が覗き、その後ろには上等そうな法衣に身を包んだシオンがルシアに向かって手を振っていた。


「何をしているのよ……」

「〝何〟じゃねえんだよ! こいつが変な格好で来やがるからこんなことになってるんだ! お前も手伝え!」


 親指で自分の後ろにいるシオンを指差しながらキースが叫んだ。


 シオンの一歩後ろにいたシーナと目が合う。彼女は呆れたように首を左右に振るとお手上げだと言わんばかりの仕草をして見せた。

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