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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第三話〈気まぐれ〉

「やめてくれ! ここにある物は全部持って行って構わんから、命だけは」

「へぇ、全部……ねぇ」

「も、もちろんだ。命さえ助けてくれるなら……」

「そりゃありがてえ! それなら俺はこれを貰うぜ!」


 そう言うなり盗賊は近くで怯えてうずくまっていた娘の腕を掴み無理やり引っ張り上げると抱き抱えた。

 恐怖と嫌悪の入り交じった悲鳴が響き渡る。


「娘に何をするんだ! 話が違うじゃないか!」


 父親は叫んで立ち上がろうとするも、首にあてがわれていた剣が食い込み立ち上がるのを阻止した。


「違うだ? 全部持って行って良いって行ったよな?」

「そ、それは。ここにある品物や金のことだ、娘と妻は許してくれ」


 茂みから飛び出したルシアが目にしたのは、横転した馬車を背にした商人とその妻と娘が十人ほどの盗賊たちに囲まれ脅されている姿だった。


「何だてめぇは!」


 ルシアに気が付いた盗賊が声を上げた瞬間、その男の右目をルシアの細剣が貫いていた。

 男は悲痛な叫びを声を上げながら地面をのた打ち回る。


「人の痛みは分からなくても、自分は痛みを感じるのね」

 

 汚い物を見るような目で盗賊たちを見ると、痛みで小さくうずくまる男の背を刺し貫いて止めを刺した。

 一瞬の出来事に盗賊たちがたじろぐ。

 ルシアはその瞬間を見逃さず二人三人と盗賊たちの急所を的確に貫き息の根を止めた。


「無抵抗の人間相手じゃないと何もできない?」


 ルシアが商人と盗賊たちの間に立ちはだかり、目の前の盗賊に剣先を突き付ける。

 気圧された盗賊たちは一歩引くが、正気を取り戻したのかのように一斉に剣を抜いて構えた。


「舐めやがって! こんなことをして生きて帰れると思うなよ!」

「笑わせないで、それはこちらの台詞(せりふ)でしょう?」


 ルシアは背後で怯える家族を横目で見ると盗賊たちに視線を戻す。


「舐めやがって……死んだ方がマシだったと思わせてやる」

 

 一人が飛びかかったのを皮切りに盗賊たちが次々と躍りかかる。

 しかし振り下ろされた剣はどれもルシアを捉えることはなく空を切る。盗賊たち無暗に剣を振るうが巧みに動き回るルシアには掠りもしなかった。


「反撃をしないでおいてあげたけど、もう良いかしら?」


 侮辱された盗賊たちの顔が怒りでみるみる赤く染まる。その様子をルシアは鼻で笑い、その行動が盗賊たちの怒りにさらに油を注いだ。


「ぶっ殺して――」


 そう言いかけた盗賊の首をルシアは一瞬で切り裂く。血が吹き出す首を押さえて盗賊はそのまま倒れ込んだ。


「お喋りしているほど余裕があるのかしら?」


 唖然とする盗賊たちを次々と切り伏せる、ほんの数秒の出来事であった。

 ルシアの回りには四人の死体が横たわっていた。


「やるじゃねえかよ」


 一歩引いた位置でルシアを見ていた頭目らしい男が口を開く。落ち着いた様子を装ってはいるが、驚きを隠せてはいなかった。


「あら落ち着いているのね。腕に覚えがあるのかしら」


 初めて剣と剣が交わる音が響いた。

 ルシアの放った斬撃を頭目らしき男が辛うじて受けていた。しかし、二度三度と放たれた突きは男の頬と腕を掠め切り裂いていた。


「クソッ何なんだよ! お前らもボサッと見てんじゃねえ、とっととかかれ!」


 ルシアの攻撃が止まることはない。男は何とかルシアの攻撃を受け流しているが反撃に移れないでいた。

 手下たちはルシアの動きに付いていけず踏み出せずにいた。


「役立たずどもが!」


 男はそう言いながらルシアの攻撃を受け流すと、近くにいた手下の襟首を掴みルシアの方へ投げ飛ばした。


「お頭!」


 ルシアの方へ投げ飛ばされた男の胸に深々と細剣が突き刺さり、ルシアに覆い被さるように倒れ込んだ。


「役に立てるじゃねえか! 死ね小娘が!」


 もたれ掛かってきた男はすでに絶命していたが、深々と刺さった細剣を引き抜けないルシアに男と手下が切りかかった。

 しかし攻撃はルシアにもたれ掛かっていた死体を切り付けただけだった。

 そして男の悲鳴が響き渡った。


「お前、何なんだよ」


 ルシアの手には盗賊の使っていた剣が握られていた。

 地面に両膝を付き太股から血を流す男の横で、両腕の先を失った手下が錯乱して喚き散らしていた。

 ルシアは先ほどもたれ掛かってきた死体を足で仰向けに転がすと、自分の細剣を引き抜きながら答える。


「私は細剣(これ)しか使えないわけじゃないわ。使わないだけよ」


 そう言うと両腕を失い錯乱している男を一突きにする。怒りに満ちた目で頭目がルシアを見つめる。


「手下は一人もいなくなったわね。虚勢を張る必要も無いわ、命乞いでもしてみる?」


 男の足元には大きな血溜まりができていた。太股への一撃は動脈を寸断し大量の出血を引き起こしていた。男は意識を保っているのがやっとのようだった。


「誰なんだお前は……」

「関係ある? 死ぬだけの人に」


 ルシアはそう言うと怯え寄り添う商人一家を一瞥(いちべつ)し、頭目の首を一瞬で切り裂いた。


* * *


「あ、ありがとうございます……」


 頭目の死体の前に佇むルシアの背中に向かって商人が声をかけた。その声は震え怯えているようだった。

 ルシアは何も言わずに商人の方へ振り帰り歩み寄る。フードから覗く瞳には何の感情も感じ取れない。


「ひっ……」


 振り返ったルシアの姿に商人の妻が声を上げた。

 ルシアの外套は血に染まり、沈みかけた夕日がフードから覗く顔を赤く染め、まるで全身が血まみれのように見えたのだ。


「何もしないわ、そんなに怯えないでよ。でも〝これ〟の替わりだけは貰っていくわ」


 ルシアは自分が着ていた血まみれの外套を摘まんで見せると脱ぎ捨てた。


「黒髪!?」


 商人が驚きの声を上げ、慌てて自分の口を押さえた。妻と娘は抱き合い先ほどよりも怯えた顔でルシアを見ていた。

 その姿を見てルシアは鼻で笑う。


「盗賊に襲われたじゃ大した話にならないけど、良い土産話になったわね」


 ルシアはそう言うと地面に散らばった積み荷の中から上等そうな外套を取り上げて森の中へと姿を消した。

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