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黒の烙印  作者: 猫宮三毛
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第二十九話〈よりどころ〉

 ルシアたちはバルムークの森を抜けてすぐの三叉路で立ち止まっていた。一方は自由都市ラーゼへと続き、もう一方は宗教都市アステリオへと続く。


「ルシア、シーナ、君たちとはここで一旦お別れだね」

「一人で良いの? シオンさえ良ければ、私たちはついて行っても構わないのよ?」

「アステリオへは相当な距離があるから付き合わせられないよ。それに教皇として戻るからには色々とね、君たちの相手もできないと思うんだ」

「そう……分かったわシオン、くれぐれも気をつけて」


 シオンは笑顔で頷くとルシアたちに背を向けてアステリオへと歩きだした。二人はシオンの背が見えなくなるまで見送っていた。


「シオンに頼まれたのでしょう? 私のこと」

「そうね。それもあるけれど、私もあなたのことは心配よ」

「ありがとうシーナ。サーライトがラーゼに潜んでいる可能性はあるわ。でもラーゼにはそれ以上に頼りになる人たちがいるの、私は平気よ」


 そう言いながらルシアはシオンの向かった方角を見つめていた。

 シーナは深く息を吐くと少し飽きれた顔をしてルシアに言った。


「もどかしい人たちね……シオンのことは任せて、必ず無事に連れて戻るわ」

「シーナお願いね、あなたにしか頼めないの」


 シオンの後を追うシーナを見届けてから、ルシアはラーゼへと向かった。


* * *


 ルシアがラーゼの北門でお決まりの検査を受けていると詰所からキースが現れた。

 彼は相変わらずのボサボサ髪に着崩したのか適当なのか分からない格好でルシアの元へやってきた。


「ルシアはじゃねえか、久しぶりだな。すぐに立つのか?」

「必要なことは済んだから、またしばらくお世話になるわ」

「世話になるのはバルドーだろうが、俺たちの世話にはなってくれるなよ」


 キースはボサボサの頭を掻きながら面倒臭そうに答えた。ルシアも笑いながら答える。


「確かにそうね。でも厄介事は向こうから勝手にやってくるのよ?」

「違いねえ……確かにそうだな」


 キースはそう言うと検査担当の肩を叩いて彼女を行かせるように合図をした。

 ルシアは感謝を伝えると門を抜けて街へと入った。


〈故郷ってわけでもないのに妙に落ち着くわね〉


 検査を受けていたときから金属を叩く小気味良い音が聞こえていた。北門の近くにはゼラの鍛冶場があるからだ。

 煤で汚れたゼラが真剣な表情で刀身を鍛えていた。


「商売は繁盛してるかしら?」

「ちょいと手が話せねぇんだ、後にしてくんな」


 ゼラは顔も上げずにぶっきらぼうに答えた。


「愛想のないおじいさんね」

「あぁ!? 誰が爺さん──」


 振り上げた金づちが空中で止まりゼラが顔を上げる。ルシアだと気付くと吊り上がった眉尻が下がり、目を丸くして嬉しそうな表情に早変わりした。


「ルシアじゃねえか! 爺さんはひでえ言い草だ!」

「忙しそうね」


 ゼラは『まあな』と答えながら置いてあったタオルで額の汗を拭った。


「あれを全部鍛え直すの?」


 ルシアが無造作に樽に差し込まれている数十本はあろう剣を指さすと、ゼラはそちらに目をやってから額に手を当てて首を左右に振った。


「ルシア、リリア様に余計なことを言っただろう?」

「リリア様? 余計なこと?」

「ラゼリオ紹介の当主だよ会っただろう? もう忘れたのか?」

「リリア……そんな名前だったわね。それと余計なことってペンダントのこと?」


 ルシアは細剣の柄頭部分を見せながらゼラに言った。

 ゼラは細剣に元々付いていた魔石をペンダントにしてルシアに渡していた。その魔石はリリアと亡くなった護衛の思い出の品だった。

 ルシアがリリアにペンダントを返したときに少しだけゼラの話をしたのだ、腕利きの鍛冶師だと。


「それだよ。その件でリリア様が直々に来られてな、親友の恩がどうだとか言って警備隊の剣の手入れを一手に任せたいと言われたんだ」

「あら、本当に商売繁盛で良かったじゃない」

「そんな簡単な話じゃねえよ! 警備隊の剣が何本あると思ってんだ、一生鍛え直しに追われることになるぞ!」

「腕は良いんだから弟子でも取れば良いじゃない。余計なことを考える暇も無くなって良かったわね」

「全く、おめえはよお……」

「どちらにしても私には関係のない話しね。他に寄らなきゃいけないところもあるから行くわね」

「まあいい、時間のあるときにまた来いよ。ゆっくり話がしたい、ゆっくりな!」


 ゼラが言い終わる前にルシアは笑いながら鍛冶場を後にした。

 シアやタリアにも会いたかったが、バッカラの巣穴へと向かっていた。キースにも言われた通り、この街に来たときから最も世話になっているのは宿屋のバルドーだった。無骨で無愛想な男だが誰よりもルシアを気にしてくれていた。


〈いつ見ても酷い店構えね……〉


 相変わらずのくたびれた木造の外観に傾いた看板、窓から見える薄ら明かりは廃屋に盗賊が住み着いていると思われても不思議ではなかった。

 扉をくぐるとしかめっ面をした店主が顔を上げる。


「部屋なら空いてねえぞ」

「それは残念ね、それなら他をあたってみるわね」


 ルシアが(きびす)を返して閉じかけた扉を押し開くと背後でもの凄い音が響く。


「おい! ちょ、ちょっと待て、おい!」

「あら部屋は空いていないんでしょう? それならこんなボロ小屋に用なんてないわ」


 ルアシが振り向くと慌ててカウンターを乗り越え損ねたバルドーが床に倒れてすがるようにルシアを呼び止めていた。


「待てって言ってるだろうが! 貸してる部屋は空いてねえだけで、お前の部屋はそのままだ!」

「知っているわ、からかっただけよ」


 ルシアは後ろ手に扉を閉めながら言うとバルドーに手を振って自分の部屋へと向かった。


「ふざけんな! 夕飯用意するから後で来いよ!」

「起きていたらね」


 部屋は掃除が行き届き、いつでも使えるように整えられていた。

 ルシアは鎧とブーツを脱ぐとベッドの端に腰を掛ける。枕元に置かれたお気に入りのぬいぐるみを手に取ると抱きしめて目を閉じた。


「ただいま……ちゃんと大切にしてもらってたのね」


 ぬいぐるみからは太陽の香りがした。

 ルシアはそのまま横になると深い眠りに落ちて行った。


* * *


 それから数週間の間、ルシアは穏やかな日々を過ごしていた。

 ギルドの依頼をこなし、タリアの店でお茶をしてゆっくりと過ごす。夜はずっとやりたいと思っていた読書に耽った。

 しかし決まって良いところで邪魔が入る。

 自室のドアがノックされバルドーが扉の外から声をかけてくるのだ。


「嬢ちゃん、もう遅えから寝ろよ。油もタダじゃねえんだ」

「だからお金を払うって言っているじゃない」

「金はいらねえし、そういうことじゃねえ。とにかく寝ろよ」


 ルシアは本を閉じて伸びをすると机に頬杖をついて窓の外を眺めた。

 汚くて物騒な狭い裏路地、隣の建物との壁が近いせいで空を見上げることもできない。


〈父親がいたらあんな感じなのかしら……迷惑な話ね〉


 ひとり鼻で笑うとベッドへと潜り込み眠りについた。

 翌朝、いつものようにバルドーのやかましい声で目が覚めた。いつもであればルシアが返事をすれば戻っていくが、その日に限って部屋へと入ってきたのだ。


「朝から勝手に女の子の部屋に入り込むなんてどういうつもりよ」

「それどころじゃねえ、お前知っていただろう?」

「何のことよ」

「アステリア教のことだよ。昨日、新教皇が即位されたらしい」

「へえ、そうなのね。興味がないからどうでもいいわよ別に」


 ルシアはベッドから起き上がると大きく伸びをする。


「シオン・ルベリオだってよ。二十一歳の教皇なんて聞いたこともねえよ」

「シオンが? それは驚いたわ!」


 バルドーはわざとらしく驚いたふりをして答えたルシアの顔に自分の顔がくっ付くほど近づける。


「だが本題はそっちじゃねえ。黒髪の伝承が偽物で、お前は魔王どころか勇者の末裔だってことだよ」

「そんな単純な話じゃないから喜んでいないのよ」

「何か問題でもあるのか?」

「そうよ大あり。あなたにはちゃんと説明しておかないとね、朝食でも食べながら話しましょう。もう着替えるから出て行って」


 ルシアはそう言いながら両手でバルドーの胸を押して扉の外へと追いやった。

 部屋に一人になると寝間着を脱ぎながら、これからのことをぼんやりと考えていた。

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